会話
サイレントスパイダー討伐に加えて子どもの救出。歴代で最も嫌われている勇者が、勇者としての義務を最も果たしている。なんともおかしな話である。巡る世界の流れが、創り出した不自然さは、見るに堪えない。時間の経過のみでは成長はないことを今の世界が体現している。
「今日はここで野宿だ。ガキ、お前は俺の寝袋を使え」
旅に出る時、荷物は最小にするのが基本である。勿論ここには寝袋は3つしかない、サナは
自身の寝袋を少年に貸すようだ。
「お兄さんはどこで寝るの?」
「俺は地面で寝れる。それにお前はさっきまで寝苦しそうなベットで寝てたんだ。遠慮するな」
「ありがとう、お兄さん」
結論は出た、皆が温かい寝袋の中で眠るなか、サナは、地面に胡坐で座り、刀を支えとして眠りについた。
翌日
スペチアーレがまだ暗い中、目を覚ました。寝起きのため、未だ暗闇に目が慣れておらず、視界には闇しか映っていない。起床時間は朝日が昇る少し前の予定だ、もう一度就寝しようとしたスペチアーレだったが、空気の流れがおかしいことに気づき、すぐさま立ち上がった。
「だれ!」
「俺だよ」
動いていたのはサナだったようだ。スペチアーレの呼びかけに返事をした。
「なんでこんな時間に起きてるのよ」
「たまたまだよ。目が醒めてから眠れなくてな」
嘘ではないのだろう。サナは、何の苦もなく、就寝場所に戻ってきた。
「どこに行っていたの?」
「トイレだよ」
「嘘ね、さっき空気の流れがおかしかった。あなた魔法を使ったでしょ」
「余計なことを詮索するな」
話す気はないようだ。だが、サナは魔法を使用したことを否定していなかった。サナの謎の行動の理由は分からない。
「後30分ほどで起床時間だ。寝るなら早く寝た方がいいぞ」
「いえ、このまま起きておくわ」
先ほどのやり取りで、スペチアーレの眠気は吹き飛んでいた。このまま起床時間まで起き続けることにしたようだ。
「あなた、なぜ勇者を嫌うの?それにところどころ不可解な行動もあるわ」
「詮索するなといったはずだが」
「いいじゃない、それぐらい教えてくれても」
「自分の物差しで測るな、お前にとってはそれぐらいでも、俺にとっては譲れないことだ」
「それはそうね、悪かったわ」
「・・・ただ、何事も一つの視点からでは分からないことがあるってことだ」
サナは、スペチアーレに親近感を抱いていた。スペチアーレは昔の自分に似ていると。過去の自分は、希望を信じ崇拝してきた、今のスペチアーレのように。だがその希望が虚構の物だったと知った時、サナは変わってしまった。
スペチアーレに親近感を抱いたが故に、サナは、己の考えの一部を漏らしてしまった。だが、サナは自分だけが正しいと思っている訳ではない、きっかけを与えることで、スペチアーレ自身に選択の余地を与えようとしたのだ。
「なによ、それ・・・」
「そこからは自分で考えろ。話は終わりだ」
スペチアーレのサナに対する考えは、少し変化していた。彼は、態度や言動は酷いが、行動だけは立派だった。そのちぐはぐな姿が、サナに対する考えを複雑にしている。行動は勇者、それ以外は悪者。スペチアーレには、彼が何を目指しているのか分からない。
「わかった、でもあなたのこと、時期が来たら教えてほしいわ」
「そんな日は来ない」
無垢なる女性と闇を抱える男。二人の会話は、暗闇の穴に吸い込まれ、他の人間に聞こえる前にすべて無になった。




