高潔の使徒
アシハラ国王の城内に、一人の男が突如として現れた。高潔の使徒と呼ばれる存在、天が遣わしたメシアとして、数百年前から時折現れる存在だ。遣わされた人間は、皆例外なく特筆した能力を有しており、強力な戦力になる。またそれだけではなく、アシハラの世界にはない知識を持つ者も多く、アシハラの農業、建築、産業に至るまで、さまざまな分野で貢献してきた。そのような存在が、今出現したのだ。
「名を聞こう、私は都市アシハラの国王カマロ・ピニオンギャである」
「俺っちはムーン・ザ・リッパーだよん」
「貴様!国王に対し無礼であるぞ!」
「知るかよ、老人の話に付き合ってやってるだけでも感謝しろ」
リッパ―は、名を尋ねられた時のような陽気なものから、全てを切り裂く殺人鬼のように変化した。彼の雰囲気の変わりようは、寒気すら覚える。太陽の光のような温かさから、常闇の風のような冷たさ、この緩急は人々の思考を停止させるほどのインパクトがあった。
「兵士の物が出過ぎた真似をしてすまない。私は君のこれからについて話がしたい。私の直属の部下となり、壁内の中で豊かに人生を送るか、私を拒み、壁外で魔物との戦いに身を投じるかだ。ただ私の部下になることを拒んだ場合は、すぐに、このアシハラから出て行ってもらう」
「へぇ、おっさんの下に付かなきゃ、面倒くさいことになるってことか」
「簡素に言えば、その通りだ。だが、私の部下となるなら、金銭と安全は保障しよう」
「なるほどなるほど。おっけ~、決めた!お前らまとめて皆殺しにしよ~」
ところ変わって、小規模な森が広がる大地。勇者一行が現在進んでいる場所だ。サナたちは、森に巣くうサイレントスパイダーの討伐に向かっている最中のようだ。
「行きたくないわね、私蜘蛛って苦手なのよ」
「私もできれば闘いたくないな」
サイレントスパイダーは下位悪魔ではあるが、隠密性に優れており、頻繁に人間を攫い捕食している。隠密を得意としていることもあり、森の中での討伐は困難を極める。だが所詮は雑魚悪魔、勇者一行の前では、手も足も出ずに倒されてしまうだろう。
スペチアーレは常に索敵魔法を使い周辺を警戒している。スペースグラスプとは違い、魔力を多く使わないため常時発動が可能となっているのだ。この森に入って、1時間ほど過ぎているが、遭遇するのは、ゴブリンやオークと言った下級悪魔だけだ。その分経験値を多く稼ぐことが出来ているため、皆レベルが1上がっていた。
「何かが木の上にいるわ!」
スペチアーレの索敵に何かが引っかかったようだ、すぐさま敵の情報を二人に伝達する。3人はほぼ同時に、木の上部を見た。そこには巨大な蜘蛛が1匹と巣に捕らわれた少年がいた。子どもにはまだ息があるようで、小さな呼吸音が聞こえる。ただその音は弱弱しく、秋先の羽虫のようだった。
「俺が、糸を断ち切って子供を助ける。ついでにサイレントスパイダーを地面に叩き落すから、お前らで倒せ」
「わかったわ」
「いいだろう」
旅の中で、最低限のチームワークが確立してきている。互いに嫌悪しながらも、戦いという場面においては連携がとれるようになったのは、一つの成長だろう。
「炎迅!」
サナは妖刀の炎を使い、蜘蛛の糸を断ち切った。粘着性のある糸を無力化するには十分の火力である。サナは子どもを片手で抱えながらも、サイレントスパイダーを蹴り飛ばした。
垂直に地面に向かって落下していく巨大蜘蛛に、スペチアーレは炎熱魔法であるファイヤーボールをぶつけた。火達磨となったサイレントスパイダ―は、火を消すために、のたうち回っていた。この機を逃す必要はない。既に虫の息となったサイレントスパイダーに、フォードが止めの一撃を与えた。
サナは、サイレントスパイダーが絶命したことを確認すると、木の上から降り地面に着地した。
「このガキ、外傷はほぼなかった。おそらく飢餓状態で弱っているだけだ」
サナが携帯食料を与えると、少年は多少の元気を取り戻した。だが悪魔に対する恐怖から、言葉をしゃべれずにいた。
「安心しろ、俺たちがお前を送り届ける。どこに住んでいるのか教えてくれ」
この森は、サド村とドラム村の間にある。サイレントスパイダーの行動範囲を考えると、この少年の住む村は二つの内のどちらかだろう。
「ぼ、僕は、ドラム村に住んでます」
弱々しいが、はっきりとした口調で答えた。
「そうか、ドラム村までは後1日ほどでつく。それまで俺たちがお前を守ってやるよ」
少年は安心したのだろう、初めて笑顔を浮かべた。それはとても純粋で、綺麗な顔だった。そして、サナには今はもう作ることが出来ない笑顔だった。




