嫌われるは簡単
陽陰暦2007年、人界大都市アシハラでは一年で最も街が賑わう年中行事が開催されていた。
英雄杯・魔導杯・武闘杯、この三大大会が開催される日だ。
この日優勝した者たちは、後日、魔王討伐隊に加入することを認められる。つまり勇者パーティーという名誉を与えられるのだ。
今年の三大大会では優勝者は決まっていると言われるほど人気の三名の猛者がいる。
英雄杯最有力株、現勇者であるマスタング・ロックナイト。三十代ではあるが、容姿端麗、文武両道、まさに物語の主人公のような男である。
魔導杯最有力株、歴代最強と言われる若手魔道士スペチアーレ・ジオメトリー。一八になったばかりの女ではあるが、魔法に関しては右に出る者はいないと言われる豪傑である。
武闘杯最有力株、現勇者パーティーメンバーであるフォード・トルク。マスタングと同時期に勇者パーティーに加入した実力者である。
誰もがこの三者が優勝すると信じて疑わない。そんな中、一人の男が大波乱を巻き起こした。
この街で一番の嫌われ者、サナ・ターゲットである。実績は無く、経歴も不明。昨夜までこの国の殆どの人々から認識すらされていなかった青年である。しかし、彼は、大会の前日に現勇者であるマスタングに宣戦布告し、更には、マスタングが、四人いる魔王を未だに一人も倒せていない事を罵り愚弄した。この事件が街全体に広まり、彼は一夜にしてこの街一番の嫌われ者となったのだ。
英雄杯では、国民の予想した通りマスタングが悠々と決勝進出を決めたが、もう一人の決勝進出者は誰もが予想できたかった。サナである。
嫌われて者のサナと人気者のマスタング。国民達はマスタングの応援一色である。
「マスタング様ーー!、そんな奴ぶっ殺してくださーい!」
「消えろー!クソ野郎!」「神聖な大会に出るなー!」
観戦席にいる全員の村人から敵意と罵声を浴びせられるサナは、どこ吹く風である。ただ一点、現勇者であるマスタングだけを見つめている。いや、睨みつけていると表現するのが正しいだろう。
「すごい嫌われ様だね、サナ君。僕を愚弄すれば、国民を敵にまわすことぐらい愚かな君でもわかっていたんじゃないか?いや、愚かだからわからなかったのかな。」
「愚かなのはお前だよ。俺がそれぐらいの事わからない訳ないだろ。」
「いや、やはり君は愚かだよ。わかっていてこのような愚行をするのだかね。」
「愚行だったかどうかは、俺に負けた後に気づけばいい。」
街の端から端まで聞こえるのではないかと言う爆音が鳴り響いた。開戦の合図である一発の花火である。
開戦の合図が鳴ると同時にマスタングが先行で一撃を入れた。その瞬間に観客から大歓声が鳴り響いた……が、その歓声をかき消す轟音が会場に鳴り響いた。サナの拳がマスタングの頬にめり込んだ音である。
マスタングは一瞬グラついたが、地を踏み締めサナにまた攻撃を仕掛けた。勇者の名は伊達ではないのだろう。ダメージを感じさせない動きを魅せる。
互角。今起っている現象はそう表すしかないのだろう。両者ともに攻撃を受けては返し、受けては返し、数分がたった。マスタングが攻撃を決めれば歓声が上がり、サナが攻撃を決めれば罵声が飛ぶ。
会場の空気が影響したのだろうか、試合前よりもマスタングの好感度は上がり、サナの好感度はより一層下がり続けていた。
しかし、ここで戦況は一変した。サナがマスタングを圧倒し始めたのである。
常人であれば、人からの罵声、嫌悪、敵意に晒され続ければ本調子など出るはずがない。だが、サナは試合中に動きのキレが上がり続けていた。最初は互角だった戦いが今では、唯の公開処刑に変わっている。
膝をつき、辛うじて意識を保っているマスタングにサナが回し蹴りを放つ。マスタングは数メートル吹き飛ばされ意識を失った。
サナの優勝が決まった瞬間である。
会場は静まりかえり、サナに対する怨嗟だけが渦巻いていた。
英雄杯が終了した後には、魔導杯・武闘杯が行われる。この二つの大会は下馬評通り、スペチアーレとフォードが全試合で対戦相手を圧倒し、二人の優勝で幕を閉じた。
表彰式が始まり、アシハラの国王であるカマロ・ピニオンギャが三大会の優勝者の表彰を始めた。
「サナ・ターゲット。英雄杯優勝おめでとう。これからは第四一代勇者として頑張りなさい。
「スペチアーレ・ジオメトリー。魔導杯優勝おめでとう。これからは、勇者パーティーの一員として勇者サナと共に頑張りなさい。」
「フォード・トルク。武闘杯優勝おめでとう。勇者パーティーでは君が一番の古株だろう。勇者サナのサポートをしてやりなさい。」
国王の表彰式が終わり、閉会式が始まった。国王が閉会の挨拶をいい終わると同時に、夜の空に幾千の花火が打ち上がる。街はより一層盛り上がり、日が変わるまで賑わいが収まることはなかった。