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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

朝の電車の彼女

作者: よう

青戸駅1番線ホーム。

毎朝7:42の始発列車御崎口行きに乗るのが、私の習慣です。

この列車で30分程、美田駅まで乗り、駅から5分ほどの会社で事務をしています。

会社では『事務の女の子』と呼ばれ、毎日同じような仕事をこなし、仕事ももはや習慣となっています。


朝の電車は同じように習慣に基づいた行動をする人が多く、毎朝『いつもの顔ぶれ』を見ながら通勤していました。

1番線には始発待ち専用の列があり、私はいつも4号車の真ん中のドアの前に並んでいます。

この列には毎朝眠そうにしながら大きなヘッドホンをつけているおじさま、フクロウのアクキーをぶら下げたリュックを前に抱えた学生風の女の子、そして、いつも真橋駅で降りるOL風の女性が列の先頭を競うのでした。

私もそんな中に混じって、今日は先頭だった、今日はおじさまの後ろだった、と思いながら、列に並んでスマホでニュースを読んでいる毎日です。

おそらく、周りの皆さんも同じように私を見て『あ、またこの女の人いる』なんて思いながら並んでいるに違いありません。

かと言って、話しかけることも無く、ただただ毎朝一緒に並ぶだけ、それだけの関係です。

たまに出張なのか、病気なのか、誰かが欠けるとなんとなくみんなの中に不安な空気が流れますが、座席に着席する頃には忘れてしまいます。


ですが、私はそんな日々の中で、どうしてもOL風の女性が気になっていました。

私は会社で色々言われるのが嫌で実に地味な服装にするようにしています。まだ20代後半なのに、なんとなく会社のおばさま方と一緒にいても違和感の無い感じ、と言えばイメージしてもらえるでしょうか。

ですが、彼女はいつもビシッと決めています。

鋭い目つきですが、それでいて優しげな表情。手を抜くことなくメイクされていますが、濃くもなく違和感がありません。

そして決して派手な色は使っていないけれども、どことなく華を感じる服装。

ロングの髪の毛であまり見えませんが、たまに耳が見えるとピアスがきらりと光り、アクセサリーまで手を抜いていないのがわかりました。

たまにパンツスーツで登場する時があり、『やり手のOL』を感じさせる姿はしばらく見つめてしまいました。

きっと私より少し年上と思いますが、もしかしたら同年代の可能性もあります。

ファッション系の仕事でもしているのかな?と思っていますが、真橋付近は色々な会社もあるし、他の路線に乗り換えているかもしれません。

毎朝の列に彼女の姿を見ることが、朝の楽しみになっていました。


さて、始発列車がホームに入ってきて、ドアが開くと並んでいる人たちは次々車内に飛び込んで席を確保します。

通常であればドア脇の席が一番安心なのですが、ここの列車は混雑率が高く、ドア脇はいつも無理やりに乗り込んできた人たちが座席上まで覆いかぶさってきます。

なので、私はできたら真ん中付近の、席と席を仕切る板、または棒の辺りに座るのが一番落ち着く気がしています。

そこに座ると、隣に女性が来る事をいつも願うのです。

男性は体が大きいのでなんとなく狭くなる事や、朝は居眠りする人が多く、私の肩に寄りかかって寝てくる事があり、重くて辛い思いをするのが嫌で、できたら女性が隣に座ってくれるほうが良いのです。

そうすると、なんとなく似たような事を考えるのでしょうか。週のうち半分くらいは、例の彼女が座ってきます。

彼女はいつも背筋を伸ばし、座った姿勢で目をつぶっているか、スマホで経済新聞を読んでいる(つい、覗き込んでしまいました)ようです。

私も彼女に倣って背筋を伸ばして座るのですが、スマホで見るのはSNSばかりだったりします。

そんなところも、彼女に惹かれているところなのかもしれません。


そうそう、夜更かしした翌日は、私もついつい電車の中で居眠りしてしまう事があります。

隣の男性に寄りかかってしまったときは、意識が飛んだ瞬間肩で思い切り頭をはじかれた事がありました。

それ以来、男性には寄りかかるまい、と決めているのですが、実は彼女に一度だけ寄りかかって寝てしまった事があります。

私は無意識に(まぁ、寝ている時はだいたいの人が無意識だと想いますが)彼女の肩に寄りかかってしまい、数駅寝ていたようです。

気がついた瞬間起き上がり、彼女に『すみません!』と謝りました。

その時、彼女は素敵な笑みを浮かべ、想像していたより高く澄んだ声で

「大丈夫ですよ。」

と言ってくれました。

今思えば、あの瞬間、私は彼女に惚れてしまったのかもしれません。


それ以来、私は彼女を見れる角度にいるときは盗み見るように彼女の服装や顔を見つめ、隣にいるときは長い足やひざの上に置かれた手元を見ながら、彼女と知り合いになったら何をするか、と言う妄想をしながら通勤するようになりました。


時には帰りに待ち合わせをして、おしゃれなお店で乾杯。彼女の服装は、きっとどんなお店でも映えることでしょう。

彼女は赤ワインを注文します。私はあまりお酒は得意ではないので、アルコールの弱めのカクテルをお願いします。

乾杯した瞬間、彼女はあの笑みを浮かべてくれます。


時には高層ビルに登って夜景を見下ろします。夜景が綺麗だと言う彼女を見ているだけで、私はきっと幸せな気持ちになれます。

あちこちを指差しながら、彼女は何か説明してくれますが、私はきっと指先よりも、彼女の唇を見つめている事でしょう。

照明の暗いスペースで、彼女の唇が私の唇に重なる瞬間を想いながら。


ある時、駅で彼女の靴が見えたとき、彼女の裸足はどんなものだろう、と考えました。

この列車は御崎口行き。このまま二人で降りる駅をそのまま乗り過ごして、海まで行くのはどうでしょう。

一度調べた事があるのですが、2時間ちょっとで御崎口にたどり着くようです。そこから海岸へ向かい、二人、靴を脱いで砂浜を歩きます。

彼女の指にはきっと濃い色のネイルが施されているに違いありません。白い砂浜の中に踊るその色がきっと私の視線を捕らえ離さないでしょう。

お昼になったら海鮮を食べに行きます。マグロの街ですから、きっと美味しい料理が楽しめます。

夕方まで過ごしたら、そのまま二人で泊まってしまいたい。

私も彼女も着替えも何も持っていません。でも、それでもいい。彼女と一緒なら、身につけるものなど関係ないと思います。


今日もそんな事を考えながら、彼女が降りる真橋がやってきました。

電車が停車した瞬間、彼女は立ち上がり、降りていく。そんな姿を毎日見送っていました。


ですが、今日は彼女が降りません。今日は出張か何かなのでしょうか?

私の鼓動が早まります。今日は私が降りる姿を、彼女に見送られるのかもしれません。


1駅、過ぎましたが彼女は隣に座っています。真橋で大勢降りて、人数が少なくなった車内では反対側のガラスに私たちが写っていました。

彼女は居眠りしているわけでもなく、まっすぐ前を向いて座っています。

隣に座っている私の姿も写っているので、二人が並んで座っている姿が良く見えました。

いつもならいない彼女が、隣に座っている。そんな事を感じながら、私が降りる美田の駅がやってきました。

真橋駅での彼女と同じように、列車が止まった瞬間、立ち上がって降りようと思います。

それは、彼女の降りる姿がかっこいいと思えるから、真似する事で、私が彼女を見ていることを気付いて欲しい、そんなちっぽけな企みでした。


駅に到着し、列車は完全に停止しました。さぁ、立ち上がろう、そう思ったとき、私の手が掴まれました。


「?!」


振り返ると、彼女が私の手を握っています。そして、あの声で私にこう言いました。


「降りないで。」


ああ、今日は一体、どんな一日になるのでしょうか。


[了]

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