伝えたいことは伝わらない。
2年前を語りはじめた佐脇は、幾渡を病室に案内し終わるまで当時のことを話し続けていた。
黄金期と誰かが噂していた2年前。幼い頃から訓練を受け才能を開花させてきた逸材達が、前線で主戦力となっていた。技術革新により科学は著しい成長を続け、クリエイターの能力の発揮率は80%を超えた。戦死率、負傷率ともに下がり、能力を持っている子供の中には、クリエイターになりたいと志願者も出てきている。
しかし、数十年前までクリエイターは"人柱"とも呼ばれていたこともある。それほど死亡率が高かった。女の子なら12~17歳、男の子なら15~20歳くらいが最も力を発揮できるとされていて、成人もしていない子供達を戦わせることは供犠だと異議を唱える者もいた。
佐脇はふと足を止めた。IDパスで開くタイプの自動ドアが佐脇の目の前にあるが佐脇はカードに手を伸ばさずに静かに口を開いた。
「それから数年……たった数年で自分たちの生活を守るために子供たちを戦かわせていることを何とも思わない者が増えてきた。 最近ではクリエイターとなった子供たちを恐れ、偏見の眼差しを向ける者までいる。 さみしいことなのだよ。 それ、は悲しいことなのだよ。」
そう訴える彼の眼差しは暗く寂しげだった。彼は胸元についているIDカードに手を伸ばし、読み取り装置にカードをかざす。ドアが静かに開き向こう側が見える。自動ドアの先には右手に窓があり、左手に木目のドアが並んでいる。床は相変わらず白く、空気中には病院の消毒液が漂っている。ほとんど変わりない景色だったが幾渡は妙に薄気味悪さを通ってきた道に感じた。
「君はクリエイターになることを望んでいたかね」
「選択肢はありませんでした。 クリエイターにならなければいずれグリーガーになってしまう。 怯えながら生きるのが嫌だっただけです」
「そうか。 私のよく知っている子も、同じことを言っていたよ。怯えるだけは嫌だと、戦いたいと。」
快晴の空に薄く薄く雲がかかっている。ちょうど窓の外には葉桜の緑がいっぱいに広がっている。
「ある日、君がここに運ばれた、それが2年前。 もう2年も経ってしまったんだね」
窓の外を仰ぎ見ながら佐脇は言った。佐脇は腕を組み、考える素振りをした後に振り向いて幾渡に質問した。
「ところで所属はどこだったかな?」
幾渡は歩き出しながら答えた。
「所属はフラットマンド、です。」
「あーーそうだったね。 あの精鋭揃いの」
中部を中心に防衛を行うフラッドマンドカンパニー。
大手製薬会社であったフラットマンドは、グリーガー討伐を国が民間に委託する前から目をつけていた。
クリエイター養成及び派遣会社として事業を拡大し、日本で行われていた対グリーガー戦闘技術の中で最も進んでいた。
幼い頃に幾渡はスカウトされ、クリエイターとして教育を受けてきた。
部屋の前につくと佐脇は「さぁさぁ」と言いながら部屋へ招いた。真っ白なカーテンとベッド、少し旧型のテレビ、テレビ台の中に小さな冷蔵庫。一般的な病院と同じような造りした部屋だが使われている形跡はほとんどなかった。
幾渡が部屋の中に入りベッドに座ると、佐脇も続いて入り椅子に腰かけそっと口を開く。
「2年前の事件で君は変わった」
幾渡はその言葉に眉がほんの少し反応しただけでベッドに座りながらうつむいたままである。
「私は再び君を必要としている。 」
「僕は……僕は力のなさを恨みました。 ただの能力を使えるだけの平凡な子供ということ、僕の能力は限界に達していたこと、そして」
幾渡は下を向いた。こらえきれないわだかまった感情が漏れないように口を固く結ぶ。再度口を開きかけた時、佐脇は腰を上げた。
「君は太陽を直接見たことはあるかい? ふん……私はもう一度君に力を与えることにができる」
佐脇はドアを見たまま動かず、そっとつぶやくように言った。
「太陽? え、力??」
幾渡は曇った顔を上げると彼はすでに扉の前でドアノブに手をかけていた。
「また会おう幾渡くん」
白い部屋で最初に会った時に見せた顔を残しつつ彼は部屋を後にした。
「タイヨウ。」
窓の外に鳥が飛んでいる。太陽は南の空に高々と上がっていた。
正午を過ぎ、鳥達は長閑な顔をし、優雅に空を舞っている。
誰かに体を預けるようにベッドに横たわった幾渡はそのまま目を閉じた。
幾渡の病室が変更されてから、退院までさほど日は経たなかった。三日後の昼に退院できた。白い部屋から普通の部屋への変更後の入院生活はいたって普通の病院と大差なかった。違ったところは回診がないことと、ある程度食事の希望が通ること。
それと、病室から出れないことを幾渡は退院手続き中に知った。
朝の九時に病室にやってきた看護士が、今日で入院は終わりですと笑顔で声をかけ、そのまま、手続きに移行した。最後の問診となった内容は「調子はどうですか」の一言で終わり、病院側が用意したのか戦闘前の服に類似しているパーカーに着替え、規約等の内容が書かれた紙にサインをして手続きは終了し病室を後にしようとした看護婦は「もう少し待っていてくださいね」と笑顔で言って去っていった。
……手続きは済んだのだから帰れるのだろう……
と、幾渡はドアに手を伸ばしたが、ノブが回らない。
ガチャガチャとノブから音がするほど、手首を回し捻ろうとしたものの回らない。
ノブに注目するとバーコードを読み取るような光が下に向かって伸びていて、下から覗き込むと小型の装置が組み込まれていた。
その最中、ドア開いた。
「え、」
看護婦は赤裸々な表情を浮かべたが、スカートをさっと抑えながら、
「じゅ、準備ができましたので、こちらへ」
と言って、案内を始めた。
後ろをついていき大きな扉を2枚くぐると大きなホールに出た。病室周りは人が少なかったが、ホールに近づくにつれ人気が増えてきて、ホールにはスーツ姿の営業マン風な男から、ベンチャー企業に勤務しているようなフォーマルを少し崩した格好の男、おしゃれなカフェが似合いそうな風合いの女性など、様々な人が集まっていた。
ホールは病院の雰囲気とは打って変わり大理石の床と白い明るめの照明は豪華なホテルのようで受付には顔で選び抜かれた女性がスマイルでサラリーマン相手に応対している。
その中から真っすぐこちらに向かい歩いてくる男がいる。
上下を紺のスーツできめているが、少し崩したようなオシャレをした栗原が歩いてくる。何日も仕事漬けだったのか無精ひげの濃さが以前より増している。
「イクト!!心配したぞ!!」
栗原は大きな声を出し、幾渡の肩をガッと掴んだ。
「あ、ああ、栗原さん、ども」
「ども、じゃない!!」
いかつい顔を作り、話しかけてくる栗原の迫力に幾渡は困惑してしまう。
「よう、無事で安心したよ」
栗原の後ろから、高身長の青年が優しい声で話かけてきた。
「東城さん。その、ありがとうございました。 東城さんが来なかったら」
「俺も間に合って良かったと思ってる」
東城 迅 は現在フラットマンドを代表するクリエイターであり、過去の戦いで何度も幾渡と共闘してきたため幾渡にとっては兄ような存在である。
現在二十歳の彼は若いながら落ち着きと気品があり、高身長で顔が整っているが高慢な雰囲気が一切ないため様々なところから一目を置かれている。
「そーいえば、買い物がまだだろう。 買い物ついでに何か食べに行くぞ」
栗原は用意していたかのように言葉を読んだ。
そう言い振り返った栗原についていこうとすると東城が、
「ここだけの話ね、彼は本当に心配してたよ」
幾渡のここ最近で1番騒がしい朝になった。