家から出るのも一苦労
幾渡は不穏な動きを察知して振り向こうとした。
「動かないで」
声で動きを制止させられた。ハンドガンのコッキング音が聞こえたのならば命令に従うしかない。
幾渡は手をあげてからゆっくりと振り返る。
スマホから栗原の声が聞こえるが、何を言っているか分からない。
「電話を切りなさい」
振り返って見えた彼女の顔に笑みはなかった。幾渡は通話を切りスマホを足元へ落とす。
瞳孔が普通より開いている。能力使用中の症状の1つである。
「能力者」
幾渡は呟く。和田は無言のままインカムを装着し、誰かに連絡を取り始めた。
二人の間には3メートルほどの距離がある。
幾渡は体に痺れを感じた。意識が朦朧とし始める。
「そのまま動かないで」
「動いたら撃つのかい?」
「そうね、薬が効いていないなら撃つかもね」
立っていることが困難になるまで、時間はかからなかった。
その場に崩れる幾渡を見た和田は銃を構えたまま幾渡に近づく。
けたたましくヤカンが鳴った。
和田の目が左に泳いだ。その瞬間、幾渡は能力を使った。目の前に銀色の盾を形成する。和田は即座に幾渡の足を狙い2発撃つが弾は盾に弾かれる。和田はランスを形成するが盾のサイズは大きくなっていく。
幾渡は自分の側に小型のジェットエンジンを4つ形成、噴射し、窓の外へ飛び出た。瞬く間に光に変わり雲散霧消した。
衝撃で幾渡は意識が途切れそうになる。気絶は免れたが、地面に向かい降下中である。
ーーこの高さはやばいだろぅーー
意識が混濁して能力をうまく使えない。光が集まっては消えていく。薬の効果と焦りで能力が安定しない。
下は駐車場になっていて車が数台止まっている。
コンクリートに向かって落ちていく幾渡の下方に光が広がる。蜘蛛の巣のように展開した光は糸となり幾 を包み込んだ。コンクリートにぶつかることはなかったものの安心することはできない状況に幾渡は陥ってしまった。幾渡を救ったネットはまさに蜘蛛の巣であった。糸は粘着質で移動ができない。蜘蛛の巣は駐車場に生えている木や街路樹、他の建物につながっている。
その蜘蛛の巣は能力の訓練を受けている者でしか作ることのできない、規模と強度を誇っていた。幾渡に向かってスーツ姿の男が2人歩いてくる。1人はサングラスをしている。もう1人はベスト姿でフォーマルハットを深めにかぶっている。
サングラスの男はインカムで連絡をしているようだ。
ーー敵。まずい。能力は使えないし、身体も動かないーー
蜘蛛の巣の上で体を揺するが、ますます糸が絡みついてくる。
武器を形成しようとしても、光は集まっては消えていく。
崩れた部屋の壁が細かく散らばっていて、マンションの住民が各部屋から覗いている。あくまで無関係を保ちながら。
ベスト姿の男が蜘蛛の巣へ乗り、粘着力のない縦の糸を伝って歩いてくる。
1歩1歩近づいてくる彼はやっとかかった獲物に笑みをこぼした。
男は幾渡へ手が伸ばし、しゃがれ声で幾渡の目を見ながら不気味に言った。
「やっとだ。やっと捕まえた。」
瞳孔が開いていた。
すると1台のSUVが駐車場に入ってきた。
男達は車のほうを見て警戒し、ベスト姿の男は猛スピードで駐車場に入ってきた不審車に臨戦態勢を整えた。
SUVはスピードを落とすことなく走ってくる。
SUVのサンルーフから1人飛び出て、蜘蛛の巣の上の幾渡とベスト男の間に降り立った。
少女だった。帽子をかぶっているが長い黒髪が風になびく。少女は幾渡とベスト男を一瞥すると、手に光を集め一瞬で火を纏った薙刀を形成し構えた。
ププー!!
SUVがクラクションを鳴らすと少女は薙刀を振り上げた。
少女が薙刀を振り続ける。幾渡の目の前を覆うのは舞い散る火の粉と、薙刀の剣閃。
再び落下が始まる。燃え尽きていく蜘蛛の巣の中、薙刀を振る少女は燦爛として輝いて見えた。
幾渡の下をSUVがタイミングよく通過し、幾渡はサンルーフから車の中へ入った。少女は猛火を放ち、車の屋根へ飛び乗った。
「いいタイミングだヒナ」
運転をしている東城が車の屋根を叩きながら言った。
開いたままのサンルーフから少女が降りてくる。
サンルーフが自動で閉まっていく。空が隠れていくのを見ながら幾渡は気を失った。
病院とは違った雰囲気の白いベッドの上で目覚めた幾渡は周りを見渡した。病院独特の消毒液の匂いが漂っているがベッド周りにカーテン、テレビなどなく病室とは違う。
白いベッドしかない部屋は白い壁で覆われており、床にも汚れ1つなく真っ白である。
窓もない部屋の唯一の出入口である扉が開く。
「やぁ、おはよう。」
高年の白衣を着た太っている男が部屋に入ってくる。幾渡は目覚めた瞬間にタイミングよく入ってきたため、幾渡は不審に思った。
ーー見張られているのかーー
不審に思ったことが顔に出ているため男は幾渡の顔を見て察したのか、
「いやいや、怪しい者じゃないよ。 君の担当の医者さ。 気分はどうだい」
と言いながら幾渡に近づく。牽制するように幾渡は問う。
「ここはどこですか」
「あっはっはっは。 そうだね、白い部屋なんて怪しいよね。 よし、移動しようか」
と、男は言って立ち上がり部屋を出ていく。
「さぁ、部屋を変えよう。 この部屋は、んーー、 息がつまるから」
手をクイクイしながら、「さぁさぁ」と呼んでいる。
幾渡はベッドのすぐそばに置いてあった白いスリッパを履き、扉へと歩いて行く。
扉の外には白い部屋同様の扉が廊下の片側に並んでいる。
窓はなく人工的な光が廊下を照らし、床には左右を隔てる灰色の中央線が1本、壁には隙間からLEDの光が漏れるタイプの幅のある手すりがついている。
男は前を歩きながら幾渡に話しかけていた。幾渡の体調や、最近の出来事など。幾渡の返答は言葉足らずだったが適当に返していた。
「そうそう、僕は佐脇というんだけどね、君に会うのは初めてではないが、君は僕を覚えてなさそうだね」
佐脇は後ろを歩く幾渡に頻繁に目を向ける。むしろ前見ていないのではないかと思うほど首を回している。
急に辛辣な表情をし、話始めた。
「2年前かな。君が運ばれてきたのは」
佐脇は話を続けた。
「能力者は普通の病院では受け入れてくれないからね。 あの日はホントに忙しかったよ。休暇中だった先生方まで出て来てもらってね。私のことだがあっはっはっはっは」
佐脇は大笑いしているが、幾渡が真剣な眼差しを向けると佐脇はまた話を続けた。