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リタイアヒーロー

人の欲は業を食らう。化け物の姿に形を変えて。発生した彼らはグリーガーと呼ばれている。

日常を脅かす化け物と戦うのは想像力豊かな少年少女達。

頭の中でイメージしたものを具現化し戦う彼らはクリエイターと呼ばれている。

主人公である幾渡は10才の頃に能力が開花し、15才まで最前線で戦っていた。

天才や神童と呼ばれた彼だったがある戦い後、ヒーローを引退した。

ヒーローを引退した彼に待っていたのは映画やアニメとは違う過酷な現実だった。

ある日、引きこもりになった彼に人生の転機が訪れる。


少年はベランダに出て久々に外の空気を吸った。

 マンションの上層に位置する部屋からは街を一望できる。

 幸いにも大都市ではないので、このマンション以外に高い建物は数えるほどしかない。

 部屋に人のざわつきや車の走行音が届かず1日の始まりを静かに迎えれる。夜は夜景をゆっくり楽しめるし、夏には数キロ先の湖の花火大会の花火を誰にも邪魔されずに楽しめる。空を眺めても電線や看板などが目に入ることはない。

 少年はベランダ用の合成樹脂でできたスリッパを履き、手すりに肘を乗せ腕を前に放り出して空を眺めていた。

 平凡な描写に違和感があるとすれば、少年の横に狙撃銃がたてかけてあること。

 濃紺の狙撃銃は金属にしては軽く見えるが玩具にはとても見えない威圧感を放っていた。先台から伸びた銃身は銀色をしていて細かな装飾が施されおり、銃口付近は何故か"ねじれ"が加わっておりチタンが焼けたような色をしていた。


 ーー久しぶりだと疲れるなーー


 少年は空を見上げるのをやめ、先端が熱気を帯びている狙撃銃を持ち上げ、地上に向かって構えた。

 目の前の建造物は倒され、道路に巨大な足跡がついている。

 数十台の乗り捨てられた車と数えきれないほどいる人達、所々から泣き声や叫び声が聞こえる。

 少年の構えた狙撃銃にスコープはついていない。しかし、少年が覗き込む仕草をすると銃の上部に光が集まり、少年の目と光の距離が5mmも無くなる頃に光は紺色のスコープに変わっていた。

 

 ーー平常心平常心ーー 


 唇は乾燥し、トリガーにかけた指先は震えている。

 銃口は上下左右に振れ、瞬きが増える。

 スコープの中心に男を捕らえる。


「いたいた」


 少年は自分にも聞こえないくらいの小さな声で呟き、そしてトリガーを引こうとした。


 しかし、トリガーを引く前に少年の足から力が抜けベランダに倒れ、狙撃銃は少年の手から離れベランダの外へ落ちていった。

 少年の部屋の最高のロケーションは最悪のシチュエーションによって破壊されてしまった。



 

 ベランダにて倒れる数時間前。

 この1ヶ月、少年は外に出ることなく過ごしていた。

 半年ほど前から学校を欠席することが多くなり、この1ヶ月、全く登校していない。

 キッチンには洗いかけの皿とゴミが溜まり、部屋の四隅にはホコリが集まっている。

 この少年、如月 幾度は高校2年で引きこもりとなった。

 ただ、だらけきった生活を過ごしているわけではなかった。

 参考書を片手に勉学に励み、ルームランナーやダンベルを用いて体を鍛える。

 食事は出前を頼むこともあるが、基本的には自炊していた。簡単なものばかりだが。


 そんな彼の道楽はゲームであり、ちょうど至福の時間を満喫していた。

 6帖ほどの薄暗い部屋の中では、モニターの明かりが床と天井とベッドをぼんやりと照らしている。

 キーボードを叩くカタカタ音と部屋の片隅でコソコソと動く生き物のカサカサ音、かすかにヘッドフォンから漏れるアップテンポのBGMと戦闘の効果音。

 「よしっ、よしっっっ」

 戦闘が終わり、モニターの中のキャラクターは勝利のポーズをしている。戦闘後の報酬受け取りの場面が表示されたところでモニターはOFFになると同時に部屋の電気も消え真っ暗になった。

「おい、おいおいおいおい」

 少年はモニターを両手で掴み揺するが反応はない。

 カーテンの隙間から僅かに漏れる日光以外に明かりは無くなり、手元のスマホが見えなくなっていた。

 雰囲気が変わったことに気付いたコソコソ動いていた生き物は存在を消そうと息を潜めた。

その時、巨大な震動が部屋を揺らした。

ヘッドフォンを取ると妙な騒ぎが耳に入ってくる。悲鳴とパトカーのサイレン。そして、ズン、ズンとビルが倒壊していく音。

 スマホを探そうと机の上を見たが部屋は暗く視認できない。音が近づいてきている。ぼんやりと薄闇にスマホの形が見えたとき、液晶が明るくなりトゥルンと音がした。


 特殊非常事態 危険生物


 とスマホの画面に表示された。避難時に必要なものとルールが記載されていて、さらに下には現在地の近くの避難所が表示される機能があった。


 少年はこの辺り一帯が停電になり、モニターと据え置き型ゲーム機の電源が落ちたのだと推察した。

 ついさっきまで名作ファンタジーRPGのリマスター版をプレイしていたところに停電だ。オートセーブ機能が実装されていたが戦闘直後のデータは保証できない。


 「ふぅ。」

 少年は静かに立ち上がり、ベランダへと歩いて行った。

 数週間開けていなかったカーテンと窓を開けた。以前に開けたのは、鳥が窓に激突したらしくドンッと音がして何事かと思い開けた時以来だ。

 久しぶりに外の空気を吸ったカーテンはキラキラして見えた。

 少年はベランダに出た。停電を引き起こした犯人に報復するために。

 目の前にはタンカーのように大きく、頭から墨汁をかぶったように黒いナメクジのような化け物がビルをなぎ倒しながら這っていた。

 少年が息を深く吸い込んで手を前に突き出すと光が集まり始めた。

 光は蝋燭の火のようにユラユラと宙を彷徨いながら一点に集まっていく。

 ぼんやりと燃ゆるような光の集合体は銃を模っていき、いつの間にか銀色の装飾のある濃紺色の狙撃銃になっていた。

 少年は銃を構え、巨大なナメクジを大雑把に狙う。片手を突き出して狙撃銃を構える姿は、祭りで見かける射的ゲームの玩具の銃でも構えているようだった。

 銃口に光が集まる。先ほどの光とは違い、溶接の時に散る火花のような激しい光。

 一方、巨大ナメクジは背中から触手のようなモノを出してビルを人を車を叩き潰していく。

 少年が眉間にしわを寄せた次の瞬間、熱く光った銃口からレーザー光線が放たれた。

 その小さな銃口から出たとは思えない直径1メートルはあるエネルギーの塊は銃口から離れるにつれて広がり巨大なナメクジの4メートルはある頭部を飲み込んだ。

 ナメクジの頭部を飲み込んだ光線は瞬く間に消え、残ったナメクジの胴体は灰色に変わり粉微塵となった。

 幾渡は銃をベランダの壁に立てかけて、深くため息をついた。 


 --さて、次は発症者を。おそらくは第三ステージまで進んでいるはずーー


 幾渡は銃を構える前に空を仰ぎ見た。




ベランダで倒れてから数時間後のことである。

 一人暮らしの高校生には不相応なリビング。11帖ほどある室内には日光が入り込み白い壁紙が眩しく、その中で黒を基調としたインテリアが映えている。カーテンはオーダーメイドのようで細い白黒の縦縞になっていて、テーブルクロスの柄と揃えてある。

 少年は頭を保冷剤で冷やしながらゲームをしている。

 リビングにいるのは少年とYシャツ姿の男の二人。


「で、ベランダに倒れていたわけか」


少年がゲームをしながらダラダラと経緯を説明したので、男はため息混じりに返事をした。

 男は長身で短髪の30歳くらいの男は缶コーヒーを片手にソファーの隣に立っている。顎周りに無精髭が生えているが、眼鏡と細身で筋肉質な体つきに、白のYシャツと紺のスラックスがマッチしていて不潔さは感じられない。


「力を使うときはセーブしろと言ってあっただろう。 前の君とは違うんだ。 聞いているのかイクト」


少年は白のソファに座り、ゲームをプレイしながら雑に「ぉぅん」返事をする。

黒いカーペットの上にある最新型のゲーム機は50インチのテレビに繋がっている。


「能力の使用は命の危険がある場合のみ許可していたはずだ。部屋にいたなら安全だっただろう。」


少年はまたも「ぉぅん」と返事をする。


「とにかく能力を使ったんだ。 引っ越しだ」


「ちょ、ちょっと待ってよ栗原さん」

 イクトは手元から男の顔に視線を移した。男の名前は栗原 洋一。

 

「ここにはもう住めないだろう」


「俺は人を救った」


「26人のクリエーターと自衛隊が向かっていた」


「でも、間に合ってなかった。グリーガーは30mはあった。俺が倒してなければ被害はこれじゃすまなかった!!」

 

「だが、周りは君を恐れる。 しかも今、君は一般人だ」


二人の間に微かな沈黙が流れ、栗原は一呼吸置いてから話始める。


 「それに、」


 栗原は幾渡の肩に手を置き、眼鏡をクイっとあげる。


「君は最近学校にも行ってないそうだなァア??」


 栗原は苦笑いで眉毛をぴくぴく動かしながら幾渡を見た。

 イクトは栗原がいる反対側に視線を向けた。


 「そ、それは。 。。行ってるよ、たまに」


 「学校は毎日行くものだ」


 栗原は眼鏡を外し、Yシャツの胸ポケットに入っているチーフで眼鏡を拭きはじめた。


「行きたくないのも分かる。 君は平和のために戦ってきた。普通の子達とは違う生活を送っていた。馴染めないのも分かっているが行かないわけにもいかんだろう」

 

 幾渡は答えずにゲーム画面を見つめている。

 栗原は部屋の隅にあるハンガーラックから自分のジャケットを取り羽織る。


「明後日には引っ越しを始める。 手続きはこちらで済ませておく」


 と言い残し栗原は部屋を後にした。

 幾渡だけが残った部屋は静寂に包まれ、西に傾いた太陽が白い壁をほんのりとオレンジ色に染めていた。




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