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私の英雄

 

 桜色のアーマーが視界を覆う。

 「あなたは戦える。」

 そう呟いた彼女の正面には彼女の背丈ほどの壁、障害物ができていた。

 壁というよりも小さなドーム。障害物の中には幾渡が手を伸ばしても届かなかった隊員がいた。

 桜色のアーマーを着た隊員は幾渡の方を見つ続けていた。

 一歩も動かない幾渡を見ていた彼女だったが、不意に前を向くとそっと呟いた。

「クソが」

 インカムから罵声が聞こえた。

 幾渡は自分の耳を疑ったが、たしかに目の前の桜色のアーマーの彼女が発していた。

 親指を下に突き立てている。

 目の前のドーム状の障害物が消えていく。

 グリーガーと化したヒナは次の攻撃をする姿勢をとっていた。

 壁の中で倒れていた隊員は起き上がり「彼方ありがとう」と桜色のアーマーを着た彼女に声をかけ、ヒナから遠ざかるように走っていく。桜色のアーマーの彼女は彼方という名前であり、幾渡には聞き覚えがあった。

 彼方は隊員の言葉に小さく頷き、親指を立てていた手を広げた。

 彼女の手に光が集まる。強く発光し、かなり高い密度で光が集まっていく。

 槍の第二波。

 ヒナはテニスやゴルフなどのテイクバックのように勢いをつけるために後ろに大きく腕を引く。

 その動きに合わせて槍の塊がヒナの後方に流れていく。

 「如月幾渡、何のために力をつけた!あんたの力は何のためにある!」

 彼方は強く言葉を発した。インカム越しでも声で空気が震えるのが分かるほどに。

 手の平に集まった光は地面に向かい伸びていく。

 雨の上がった曇り空から太陽の光が差し込み、彼女を照らす。彼女の能力でできた剣は、ゲームやアニメで描写されるような輝きを放っていた。それが能力を形成する際の光の輝きなのか、太陽の光を反射したものなのか、神々しいまでに煌めく剣と桜色のアーマーが幾渡の目に焼き付いた。

 「私の力はっっ。私の力は仲間を守るための力だ!」

 彼方が再び叫んだ時、ヒナが振りかぶった。溜めていた力が解放され、槍の塊が空を切り飛んでくる。

 彼方が地面を蹴り前へ飛び出す。彼方は猛獣を模すかのように力強く、しかし軽やかに突き進む。

 幾渡は思い出した。

 過去に自分が投げかけていた言葉を。グリーガーに屈しそうになる時、自分に言い聞かせていた言葉。

 ーー俺の力は何のためにある。俺は何のために力をつけた。俺はーー

 心の中で言葉を反復させる。彼女の声が頭の中で反響する。

 「戦うために力をつけた。俺の力は全てを守るための力だ」

 幾渡は呟いた。

 

 彼方の剣がヒナの槍と対峙する。無数とも言える数の槍を交わしながら切り落としていく。

 何本か体に突き刺さったが彼女は一歩も退くことはない。むしろ、確実にヒナとの距離を縮めていた。

 周りの隊員たちも陣形を変えて戦闘態勢を整える。対物ライフルを構えた隊員が数名、配置に並ぶ。

 「合図を待て」

 難波の力強い声がインカム越しに聞こえてくる。

 接近を試みていた彼方が大きく後ろに下がりつつ、自分の身体より少し大きい壁を形成した。

 「撃て」

 対物ライフルのズシッと重い銃声が5発、辺りに響いた。

 銃撃によりヒナの身体が後方に吹っ飛ぶ。

 グリーガーの皮膚とほぼ同じ強度になっていると思われるヒナの肉体が粉々になることはなかった。

 ヒナの形成していた槍の動きが止まり、ヒナは自分の身体を見つめていた。

 腹部に大きく穴が2つ空いている自分の身体を見つめたまま動きを止めている。

 その一瞬を突こうと彼方は一気に距離を詰めた。攻撃の時とは違い素早さだけを重視した移動に難波を含め隊員が驚きを見せた。

 手には剣ではなくステンレス製の筒のようなものが握られている。

 彼女の行動を見て隊員たちは止めることができないことが分かっていても「待って」と言わんばかりに手を伸ばした。「まさかっ薬を打つ気か」難波は思わずに声に出した。

 病気とされているグリーガー化は進行度がある。人間として助かる保証のある第二ステージ。

 彼方は戦いの中で彼女の皮膚が完全にグリーガー化していないと目測し、神経剤を打ち込むという行動をとったのだった。

 しかし、元クリエイターのグリーガーの危険度は高く、接近は非常に危険であった。

 --イケるーー

 彼方は心の中で思った。

 彼方とヒナの距離が1メートルほどに縮まったとき、ヒナの槍が動いた。

周りで見守っていた難波と隊員の1部が彼方のもとへ駆け出した。彼方は槍に気づいたが手を伸ばした。

ステンレスの筒がヒナの首筋に刺さり、注射針が刺さり中の液体が流れると同時にヒナが大きくジャンプした。

槍が彼方の方を向いた。

 彼方が切り落としたため槍の数は減っていたものの、数十本ある槍が彼方に襲いかかる。

 ーーヤバい。ガードも避けるのも間に合わない--

 彼女は恐怖で目を閉じた。瞼の先が暗くなる。

 金属がぶつかり合う音が何十回も響いた。

 彼方は自分が死んだと思ったが、掌の汗にジワリとかいた汗を実感し生きていることを実感すると目を開けた。目の前には幾渡が立っていた。

 

 幾渡は呟いた。目に光が戻る。

 手の震えが収まっていることを確認すると、能力を確認するように丁寧に光を集めた。

 対物ライフルの音が響き、前を向く。

 彼方がヒナに向かって走っていくのを見た幾渡は手を突き出し集中する。

 直感だった。彼女がこのまま接近すると危ういと感じた幾渡はおおよその距離を目で測り能力を使う。

 絶妙なタイミングで彼方の周りに壁を形成し、さらに肩にジェットエンジン、右手に銃剣付きのライフルを形成して急接近する。

 

 彼方の目の前にいたのは英雄であった。

 



 

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