第弐話 馬鹿とヲタクと水族館と
夏子の思い出話は、すらすらと果てしなく、真央は ちょっとだけ戸惑うのであった。
第弐話『馬鹿とヲタクと水族館と』
宗像神社のある峠を越えれば 街まではなだらかに続く舗装道路だ。
したがって 私のママチャリでも楽チンに漕がずに 一気に下ることができる。
とは言っても、ブレーキで頻繁に加減しないと かなりのスピードが出ちゃって、ありふれた遊園地のジェットコースターなんて目じゃない スリル満点のアトラクションと化してしまうんだけどね。
まぁ、小学生の頃は そのスリルを味わうために、この坂を 二時間以上かけて 自転車で登ってきたんだけど。
子供ってのは ほんとに怖さ知らずだと つくづく思うよね。 そう思わない?
考えてみれば、この曲がりくねった長い坂を ノーブレーキで駆け下りてたんだから、きっと最高時速は 軽く50㎞は出てたはずなんだよね。 いや、もしかしたら もっと出ていたかも。
で、よせば良いのに 友達の中では ブレーキを掛けるのなんて根性なしだってことになってたから、ほんとは 怖くて仕方がなかったのに 意地を張りあって 全速で下りてたんだよね。 この おっそろしい坂を…。
一種の度胸だめしだったんだけど、不思議なことに コースアウトして ぶっ飛んだ友達は誰もいなかった。
ほんと、今 思うと幸運だったんだなって思うよ。
気まぐれで悪戯好きな運命の女神様も 呆れ返って 見てるだけしか出来なかったんじゃないかな?
ん? なに?
誰と そんなことしてたの?だって?
そりゃ、近所の友達と一緒にだよ。
勿論 これだけの坂だから そんなバカなことをしているのは 親に内緒だし、友達の中でも 特に悪ガキって言われている馬鹿な奴ばっかり4~5人だったかな。
んん?
その中に 洋平君はいたの?だって?
あの馬鹿に 『君』なんて付ける必要ないって!
真央も 洋平っつって 呼び捨てにするべき……
あ、無理ですか…。
てか、そうじゃなくて?
あぁ、勿論 あの馬鹿もいたよ。
洋平は 私の友達の中でも 馬鹿中の馬鹿! 天然記念物なみの馬鹿なんだから、そんな馬鹿なことやる悪ガキ連の中にいないわけないじゃない。
で、洋平の奴 ほんとは怖がりのくせしてさ、女に負けるのは 男として我慢ならないって言って、ほかの奴は 途中の急カーブで ビビって何度かブレーキを掛けるんだけど、アイツだけは 私に張り合って いつも ぴったり後ろに着いてくるんだよね。
え? なに驚いてンの?
勿論 あんな馬鹿に 私が負けるわけないじゃん!
いつも私が 一等賞で 麓の駄菓子屋前のゴール地点へ、
で、洋平が いつも二等賞で 悔しそうな顔してたな。
結局、私が全戦全勝! 洋平は 万年二位という成績だった♪
あら? なんで笑ってンの…、真央…。
だってっ…て?
一番…馬鹿なのは……、ってぇえ!?
あーーー!!? ひっどい! 真央!!
だ~か~らー…、そんなに笑わなくたって、
そりゃ、否定は……できないけど…さ。
*****
私だって 昔ほどの馬鹿じゃない。 この会話は 神社で小一時間ほど休憩してから、真央と二人で ゆっくりと安全に 子供の頃に 馬鹿な度胸だめしをしていた坂を下って来ながら話したことだよ。
この日も 七月も終わりに近づいた夏休み直前の午後3時近くの炎天下だったから、せっかく神社で涼んだのに 汗だくになっちゃったものだから、これまた懐かしの駄菓子屋さんへ 数年ぶりに立ち寄ってみようかなって。
うん、真央が 夏子の子供の頃に よくお小遣いを握りしめて駄菓子を買いに来たお店も 案内してよって言ったからでもあるんだけれど、なにより 喉がカラッカラだったのが一番の理由だったんだ。
そりゃ、毎日 通る通学路の脇に在るから 駄菓子屋があるのは知っていたけれど、神社の近くまで宅地化された今では 駄菓子屋までの途中にも 二軒のコンビニが出来ているから もう何年も立ち寄らなかったのも無理ないと思うんだよね。
でさ、せっかく立ち寄るんだから コンビニでは売っていないラムネかニッキ水を飲みたいなって 冗談半分で 真央に話しながら あの駄菓子屋に入ったんだよね。
まぁ、あんまり期待してなかったけれど。
え? アンタは知ってたの?
ん、そうそう!
有ったんだよね。 あの毒々しい色をしてるけれど 何故か魅力的なオーラを発散しているニッキ水が!
それどころか、ラムネも置いてあったんだよね。 まぁ、勿論 昔のままの あのラムネ専用の押すヤツ…、
あれって なんて名前だっけ? ほら あれ…、栓抜きじゃないよね?
どちらかと言うと、栓押し込み?
いや、ビー玉押し込みか ラムネ玉押し込み?
とにかく わかるでしょ? あのラムネを開けるヤツ!
え? 馬鹿か おまえ?
分からなかったら ググってみろって?
馬鹿に 馬鹿って言われたくないね!
なに あんた スマホ出してんのよ?
もう いいよ! そんなことは!
ちっとも 話が進まないじゃない!!
とにかく ラムネの蓋がプラスチックのヤツに変わってたということが言いたかっただけなの!
で…、どこまで話したっけ?
あ、そうそう! 驚くとこは そこじゃなくて…、居たんだよ……
そんな、まさかっ!?って…
うん、そう。 いやぁ… まさかね…。
でも なんか予感がしたんだよね。 こう背中が ゾクゾクって……。
そうなの…、あの駄菓子屋の店番の婆ちゃん……、まだ婆ちゃん やってたの…
私たちが 小さかった頃に あの駄菓子屋に居た婆ちゃんがぁ!!!!
って、なに 驚いた振りしてんの?
あんたは 知ってたんでしょ?
さっき ちょくちょく(頻繁に)寄ってるって言ってたじゃんよ。
まったく…、あんたと話してると疲れるは 話の腰は折るは、ノリツッコミするはで、
お前だって、なに稲川淳二やってんだよって? あ♪ 似てた?♪
じゃないッ!!
もう!ほんとにィ!!
まあ、そんなわけで 喉の乾きも癒したし 真央を連れて 街中を案内したんだけど、よく考えたら こんな田舎街じゃない。 私たちの街って。
駄菓子屋を案内したら、あとは たいした所がないから 結局 我が街の唯一の観光施設。 『松島水族館』に 真央を連れてったんだ。
*****
我が街が(唯一)誇る 日本でも最も小さいんじゃないかっていう水族館。
『水戸浦和市立 松島水族館』は 小さいと同時に、日本でも かなりというか 最も建物が古い水族館じゃないかと思われる 弱小水族館だった。
うん 過去形なのが重要。
でも過去形なのは 建物が新しくなって大きくなったからじゃない。 今でも 相変わらず 小さくて古い。
そして、来客数の減少に歯止めが かからなくて 閉館の憂き目にあいそうな状況だった。 つまり財政的に最悪だったわけだ。
その最悪の状況だった時に、小さいなりに 他の水族館には無い特色を出していかないと生き残れないだろうってことで、予算が無いけど 創意工夫して 少しだけリニューアルしたんだ。 もうずいぶんと前になるけど。
時刻は もう4時近くになっていて、松島水族館の閉館時間は5時だから、あまり時間は無い。
それでも 真央を案内出来たのが ショボい駄菓子屋だけでは 格好がつかないから、急いで チケット売り場の真希ちゃんに 軽く挨拶して入館した。
「ちょ…、ちょっと! 夏子。 チケットは?」
チケットを買わずに チケット売り場を素通りして さっさと入ってしまったから、真央は スゴく焦って 私に追いすがってきた。
「あ、いいの。 私は 年間パスを持ってるから」
「でも、私のチケット代…」
「あぁ、今日のところは 大丈夫。 私は 顔パスも持ってるから」
そう言うと、夏子は 目を白黒して驚いてた。
「アハハ、驚かせてごめん。 いいよ、夏子は 別にタダで入館ってわけじゃないから。 ちゃんとわけは有るから 安心して」
「そんなこと言われても…、ドキドキしちゃう」
「大丈夫だって、訳は あとで説明するから。 それよりも見て! 周りの水槽を」
私に そう言われて、はじめて夏子は ちょっと照明を落として薄暗い館内の壁面に埋め込まれた水槽に 目をやった。
「……え!? なにこれ?」
夏子が 驚いていたのも無理はない。 壁に埋め込まれていた水槽は、どれもこれも 普通の水族館にあるような水槽じゃない。
どちらかと言うと、あまりお金を掛けられない普通に魚の飼育が趣味という人が 持っているような小さな水槽が殆どで、大きい水槽でも せいぜい差し渡し二メートル程度という 水族館の水槽にしては かなり小型の物ばかりだったから。
そして、その水槽の周りの壁には その水槽で飼育されている魚や蟹や海月たちについての紹介と解説文を 事細かに、そしてユーモアたっぷりに 手書きされたポップが 所狭しと貼りまくられていたからだ。
そう、 はっきり言って貧乏だった松島水族館は、お金が無いなら お金を あまり掛けない方法で集客し、来てくれたお客さんを 出来うるかぎり楽しませようとして こんな奇策を編み出したのだった。
「まあ、苦し紛れの ヤケクソだったとも言うけどね♪」
私が そうやって偉そうに解説を垂れていたら、背後から 聞き慣れた声が物言いをつけてきた。
「人聞きの悪いことを言うなよ夏子!」
ビクッとしたのは 真央だけで、私は いつものように シレッとして聞き流していた。
「奇策だとか、苦し紛れのヤケクソだとか その子が 本気にしたら どうするんだよ。
これらは ちゃんとした計算のもとに 我が松島水族館が 独自に編み出した集客のためと お客様に より海の生き物に親しんでいただくための方策なんだからな」
「…ま、そうとも言うね♪」
事態を うまく呑み込めない夏子は、突然現れた 長身のインテリメガネをかけ 繋ぎの作業服を着た飼育員に 私の代わりに頭を下げて謝っている。
「ほらぁ、兄貴が 脅かすから、すっかり私の真央が怖がっちゃってるじゃない!!」
「えっ? えっ? えっ!? 御兄様!!?」
「私の市内観光が 退屈極まりないまま終わっては 申し訳ないと思って ちょっとしたサプライズ。
ごめんね…、黙ってたけど さっき顔パスで真央のチケット代を払わなかったのは、コレが この松島水族館で働いているからなんだ。
ちゃんと 真央のチケット代は 来月の兄貴の給料から天引きされるから安心しておいて」
「夏子…、お前なぁ、ただでさえ 安月給なのに…
って…、あ ごめん。 気にしないで!
入館料は 学生は300円だから。
年パスでも1,680円という あっと驚く格安。 なんなら 年パスにしとこうか?」
兄貴が いつもの澄ました顔を かなぐり捨てて焦りまくってる。
私は これが見たかったんだ♪
一方、夏子は ますます恐縮して 年間パスポートまで 甘える訳にはいきませんとかなんとか、一生懸命 抵抗している。
あらら! と…
これは、ちょっとやり過ぎたかなと 少し反省する私だった。
tobecotinued……
GOいんぐまいうぇいな夏子に振り回されながらも、真央は 少しずつ この町に とけ込めてきた気がするのであった。