第2話 感じる気配
「あら、思っていたよりも可愛らしい子だったのね」
教室に入るなり聞こえた、大人っぽい声。室内は暗幕で覆われているようで、扉を閉めてしまうと何も見えない。でも、明らかに先ほど話した男子生徒の声ではないことは分かる。
ということは、声の主は誰なの?
そんなことを考えていると、カチッという音がして、教室が明るくなる。突然の眩しさに、目を細めながら私は声の主を探す。
それにしても、埃っぽいなぁ……。ハンカチで口と鼻を覆いたくなるほどだ。油断すればすぐに、くしゃみが出てしまいそう。
使い古された机は無造作に積み上げられ、古びた教材や紙などもあちらこちらに置かれている。倉庫のようなものか。
「あのっ」
先ほどの男子生徒に話しかける。冷めた表情は変わらない。
「さっき声がしたんですけど、誰かいるんですか?」
「いるよ」
「──あなたの後ろにね」
背中から頭の先にかけて、ゾクゾクッと寒気が走る。先ほどは、遠くで聞こえたその声が耳元で聞こえ、背中に感じる冷たい空気。自分の右肩にかかっている、知らない長い黒髪。
「だっ、誰っ!?」
あまりの恐怖に、駆け出した私は男子生徒の背中に隠れるようにしてその声の主を確認する。男子生徒が嫌がっているのも今は気にする暇なんて無い。
「貞花、遊ぶの止めて。迷惑」
「フフフッ……だって久しぶりのお客さんなのよ?もっと楽しみたいじゃない」
「そっちが楽しくても僕は楽しくないんだよ」
「あら、ごめんなさいね」
楽しそうに会話をするのは、先ほど私の後ろにいた……幽霊……だよね?白いワンピースに、長い黒髪。髪の隙間から覗くのは真っ赤な唇と、黒い瞳。
「そろそろ離れてくれる?」
冷たくそう言い放つ男子生徒。慌てて離れる私。それを見て笑う、貞花とか言う幽霊。
「あらー、冷たいのね琉斗。」
「名前で呼ばないでくれる?」
「どうしてー?私たちの仲じゃない」
「殺すよ」
「もう死んでるもーん」
だ、駄目だ……!全くついていけない。琉斗とか言う男子生徒は、本当に人を殺してしまいそうな目付きで、幽霊さんを睨んでるし……!
か、帰りたい……。
「お姉ちゃん……」
「……へっ」
帰りたいと思っていたところへ、追い討ちをかけるように聞こえた子どもの声。そんな私の様子に気づくことなく、二人は火花を散らし続けている。
「お姉ちゃん……帰っちゃうの?」
か細い声。耳元で聞こえているのか、頭の中に響き渡っているのか、はたまた部屋の外からなのか……それすらも正常に理解できない。
「お姉ちゃん……遊ぼうよ……」
ふと感じる違和感。服を引っ張られる感覚。左の袖を何かが引っ張っている。何かって……何っ?
恐る恐る左下へと、視線を落としていく。見たくない。でも見ないともっと怖い。何がいるのか、どんな姿をしているのか、確認しないと……。
バチっと目が合う。
大きな瞳は、私が目を反らすことが出来ないようにバチっと捉えてくる。そして、その子の口角がゆっくりと上がっていくのが分かった。
「ちょっ」
「──お姉ちゃん」
私が二人に助けを求めようとしたのが分かったのか、その子はフワッと浮かび上がると小さな両手で私の頬に触れる。目の前にある大きな瞳に、吸い込まれそうな勢いだ。
あまりの恐怖に私がガタガタと震えていると、女の子は再び微笑む。
「お姉ちゃんのお名前教えて?」
そこまで聞いたところで、私の意識は遠退いた。