『君と猫に囲まれて』
拝啓
今日はひんやりと冷房の効いた(効き過ぎた)オフィスの一角で、僕はこの手紙を書くことにしました。こうも冷房が効いていると、今が夏なのかそれ以外の季節なのか、曜日感覚の狂ってしまった炭鉱工夫のように、体調なんかも少しおかしなことになりそうです。湿度やら温度やらを調節してくれているのは嬉しいんだけど、いつの間にか脱水症状になりそうなので、君もくれぐれも気を付けて下さい。
午前0時。かたかたというパソコンのキーを叩く音は、24時間鳴り止まない電話の音と重なって、何やら自分が社会の歯車のひとつとして機能している気になります。話しをしながらキーボードを叩き、キーボードを叩きながらまた話す。そしてまたもくもくとキーボードを叩きお客さんと会話を続ける。ただその繰り返しだけなんだけど、君が前に言っていた、たまに言われる「ありがとう」という言葉が、小さな問題を解決していくだけのこの仕事の、ひとつの光明に僕も最近は思えてきました。誰のためでもなく自分のためだけに生きてきた自分にとっては、これは大きな成長ではないかと思います。それもこれも、君に出会えたことで「誰かのために」という気持ちが芽生えた結果なんだと思います。僕からも君に「ありがとう」を送ります。いつもありがとう。
そういえば「最近仕事に嫌気がさすの。それでね、実は前の仕事の上司に誘われてて、お給料も今より上がるし。もちろん今より忙しくはなると思うけど、転職しようかと考えているの。ほら、お給料も上がれば今よりずっと生活も楽になるのよ?」と君は言ってましたね。仕事を変えることのメリットだったり、そうではないことだったりは色々あると思うけど、自分が何が大事かを見極めた上でのことだったら、僕は特に反対はしません。ただひとつだけ知っていてほしいのは、僕はこれ以上の生活を望んでいないということです。君と向かい合って食事をして、他愛もないお話しをして、ときには意見が食い違って、足元には二匹の猫がいて、彼女(猫)たちはにゃあ、とご飯をねだってて、それを見て二人で微笑んで、抱き上げて嫌がる猫にほおずりをする。そしてまた二人で笑い合う。どう思う? とても素晴らしいことだと思いませんか?
過去に起こった出来事や、ふと出てくる不適切な発言だったりをいちいち気にしたり傷ついたりする自分にうんざりするけど。多分僕以上に君は面倒に思っているよね。でもね、僕も君も生まれてから現在に至るまで十分傷ついてきたし、十分裏切られてきてるのは同じだと思うから、もう少し僕の気持ちが通じてくれればいいな、と思います。おそらくこれ以上傷つくと、取り返しのつかない傷を負うことになるんじゃないかなと思うのです。あの、世界が一瞬で色を失って、呼吸が乱れはじめ、心臓がきゅうっとつかまれたような悲壮感。言葉にもならない絶望感。何を言っても深い井戸の底に話しかけているようで、何を言っても地平線の彼方に吸い込まれてしまうようで、僕はあの気持ちのことを考えると何処にも行けなくなるのです。
こんなこと言ってると、またまともじゃない、と思われるかもしれないけど、心から想う相手に想われる幸せが、いつかなくならないよう、僕はいつも祈ってます。何だかまとまりがなくなってしまったけど。。
それではまた。 敬具