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『お月様の月への手紙』  作者: 朔太郎
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『東京の街をひとりあてもなく』

拝啓

 梅雨らしさというと風情がありますが、肌寒かったり少し汗ばんだりと、気候が安定しない日々が続いているこの頃、君は元気でお過ごしでしょうか。

 サアア、という雨の音がアスファルトを静かに濡らし、夏の植物たちがその恩恵を体全体に受けているとき、僕は東京の街をひとりあてもなく歩いていました。左手には手提げ鞄、右手には小さな青い傘。傘と傘がぶつからないようにゆっくりと歩いていると、雨色に染まった街の風景がいつもと違ってくっきりと見えます。この街で暮らすことは正直苦手だけれど、こうしてただ並んだ高いビルや、舗装された歩道や、その横に均等に植えられた柳の木なんかを横目に見ながら歩いていると、寂しくてどうしようもなくなった僕の心が何故だか癒やされる気がします。それはそろそろ帰ろうかなと考えていた、あまり好みの味ではなかったレストランの中で、たまたま好きな音楽が流れ始めたときくらいの癒やしに少し似ています。

 歩くのにも疲れると、適当にその辺のコーヒーを飲める店に入ります。僕はもちろんホットの普通のコーヒーを飲みますが、アイスコーヒーを注文している人を見かけるとやはり君を思い出さずにはいられません。ミルクはひとつ砂糖は入れなかったと記憶しているけど合ってるかな? 今も隣りのお客さんがアイスコーヒーを注文していました。からんからんという小気味の良い音が、モーツァルトの室内楽に溶け込んで優しく僕を包んでくれているようでした。例えばこの向かいの席に君がいて、いつもの穏やかな笑顔で「美味しいね」と優しく微笑む。それを僕も笑顔で返す。こんな小さな幸せが今の僕にはたまらなく恋しいと思うのです。アイスコーヒー。今度僕も挑戦してみます。

 雨足も細くなった頃、僕はまた街へと戻りました。またあてもなく歩きながら世界情勢のことを考え、消費税増税の延長のことを考え、健康診断の結果のことを考え、ドイツの医療費のことを考え、総合保険の保険料のことを考え、家で待っている猫たちのことを考え、そして君のことを考えました。君のことを考えると、あらためて人と繋がる幸せだったり、偶然だったりを実感し、ほんのちょっぴり不安になったりもします。もちろん、その不安というのは出会えてなかったときのことを考えた結果なんだけど、こんなにも人を想う気持ちが自分の中にあったということの驚きなんかもあり、少しばかり混乱するときもあります。人を想う気持ちが強すぎると、それを失ったときの気持ちも同じように強く考えてしまうためなのかもしれません。


 君は今日も、何処かで楽しく笑っているのかな。それとも同じ空を見上げて、僕のことを少しでも考えていてくれてるのかな。会っていないときの寂しさが、次に会ったときの喜びに変わることを祈って、もう少し遠回りしてお家に帰ることにします。 敬具

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