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ガーディアン  作者: 空井 純
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ガーディアン

「木村さん、ナミちゃんが吐いちゃった」

 受付で訴えているのは、西村さんだ。土曜である今日は、比較的混んでいて、順番を待合室で待っていたところその間に吐いてしまったようだ。

 看護師の木村が雑巾とスプレーを持って待合室に行くと、ナミちゃんのキャリーの扉の周囲に弧を描くように吐物が散乱していた。吐きそうな仕草に気が付いた西村さんが、キャリーを開けたところ外に向かって吐いたらしい。ナミちゃんはまだ少し気持ち悪そうによだれを両顎にぶら下げながら、キャリーの奥にうずくまっている。ぐったりしてはいなさそうだ。

「ナミちゃん大丈夫? ちょっと気持ち悪そうだけど、取り合えず落ち着いているようですね。もうすぐお呼びできますから、お待ちくださいね」

 吐物を片付けながら、三輪は西村さんに話しかける。動揺していた西村さんも、看護師が確認してくれたということで落ち着きを取り戻し、待合室にいた数人の飼い主さんたちに頭を下げて椅子に座りなおした。


「西村さん。どうぞ」

その前に1件順番通りに診察を終えてから、西村さんとナミちゃんが呼ばれた

「さっき吐いちゃったそうですね。それより前から調子が悪かったんですか」

雨宮の問いかけに、西村さんが答える

「いえ、昨日まで元気だったんですけど、ちょっと昨日新しい缶詰を買ったら、すごく喜んでくれて、ついつい主人と合わせて3缶もあげちゃって。そのせいか、なんだか今朝から気持ち悪いみたいで」

 そりゃそうだろうと思う。体重や体温も問題なく、先ほど吐いてすっきりしたのかナミちゃんの動きも悪くない。ヒストリーからして食べ過ぎなのだろう。一応、胃薬と吐き気止めを3日分処方して、今日明日の食事量を少なめにするように指示して診察を終える。

 獣医師である雨宮にも食べ過ぎという診断をもらい、西村さんは安心した様子で帰って行った。獣医師として力をはっきできるわけでは無いが、不安一杯で病院にくる飼い主の問題を解決するような仕事に雨宮は遣り甲斐を感じる。動物たちのガーディアンであるというのが雨宮の自負だ。


 毎日は劇的なことはなくても過ぎていく。雨宮はまだあの原稿を放置している、締め切りまでにはまだしばらくある。上手い文章が思いついたら先に進めようと思う。

 心配性の飼い主の三輪さんのクルミちゃんも1度体重測定に来たが、順調に成長している。常連の三宅マメちゃんは孫が遊びに来るたびお腹を壊し来院するが孫さえいなければすぐに治る。穏やかな日々が過ぎていく中に、悪魔は急にやってくる。


 その先駆けは安田ヤマトだった。

「先生、ヤマト風邪引いちゃったみたいなんですよ。なんだか食欲なくて」

いつもは肩に乗ってくるヤマトだが、今日は安田さんの腕に抱きかかえられている。いつもは誰にでも愛想を振りまくヤマトだが、だるそうな様子で上目づかいに見上げてくるばかりだ。

「どんな様子なんですか」

「そうですね。食欲がいつもの半分くらいしかないし、何となく熱っぽい気もするんだよ」

「ヤマトちゃんは外にはいかないですよね」

 雨宮が確認すると、安田さんは頷いてそうですという。診察台の上で触診すると、確かに熱っぽく感じられ、元気もないようだ。体重は変わっていないから、長いあいだ食欲がなかったわけではなさそうだ。熱をはかると40.1℃とかなりの高熱だった。

「同居の猫ちゃんはいですね」

3歳と若い成猫で急な発熱で比較的多いのは、喧嘩での受傷だ。しかし、外にもいかず同居猫もいないヤマトにその可能性は低い。

「食欲がない以外に症状はありませんか」

安田さんは少し考えてから

「そういえば数日前吐き気があって、うんちもやわらかい感じがしました」

 吐きや下痢は色々な病気で出てくる症状だから、それだけの情報では病気を特定できない。発熱もあり、具合も悪そうだから、これは細かな検査が必要と雨宮の経験が告げている。

「安田さん。ヤマトちゃんはなにか病気がありそうですから、まず血液検査をさせてください。そこで、何か気になる個所があれば詳しく検査を進めることにしましょう」

 安田さんはお願いしますと言って、ヤマトちゃんを預けて帰って行った。結果が出る夕方にまた病院へ来てもらうということにした。


 その後も数件の診察があり、昼の時間になってようやくヤマトの検査に行きついた。病院のケージに移動されていたヤマトは、ケージの奥にうずくまり、雨宮の気配を感じると僅かに顔をあげて小さく瞬きをした。立派なオスのキジ猫。胸元の一部にだけ白い部分があり、安田さんがツキノワグマみたいだろうと自慢げに言っていたのを思い出す。その胸元には細かうく編み込まれたお守りのような首輪がかけられている。どうか、ご加護がありますように、雨宮は無神論者だが、誰にともなく祈っていた。





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