事故物件
裏野ハイツ203号室は事故物件。
ま、狭いけどあがってよ。
今日も現場キツかったあ。暑いし、雨まで降るし。タオル使って。悪い、エアコンなくて。扇風機だけなんだ。あんま荷物は持たない方だから。ま、飯場から移ったから私物がほとんどないってのが正直なとこ。
独り暮らしは年期入ってるよ。高校出てからすぐスタートして八年かな。アパートはここで三軒目。
多い? そうかな。途中同棲もあったから引っ越し回数は多いほうかもな。
アガタさんは?
あ、言いたくなかったら別に言わなくていいよ。飯場に入る奴の中には、大なり小なり口にしたくないことがあるもんだから。
オレも親のこととか話したくない。
ここ安かったんだ。敷金ナシの四万九千円。助かった。もう現場監督と同じとこで寝起きなんてムリ。目の敵にされてるし、仕事の時だけだったらまだガマンできるけど、一日中一緒だよ!? 限界だったからさ。
ここ古いけど、いいっすよ。ユニットバスじゃないし、脱衣所まであるから。1LDKで寝るとこと食うところ別にできるのはいいよ。隣はいるんだか居ないんだか、留守のことが多いみたいだし、下の人もそんなに口うるさくない。
実はね、ここ表向き四万九千円ってなってるけど、この203だけ安かったんだ。
……うん、事故物件てやつで。
つっても、殺人とか自殺じゃなくて。おじさんが亡くなってたのずいぶん気がつかないでいたんだってさ。でも畳もふすまとか壁紙とか全部とっかえたって説明されたし。
あ、ちょうどアガタさんが座ってるあたりにあったらしいんだけど……なんてねー。
オレ? ぜんぜん平気、霊感とかゼロだし。ああ、夜中に台所のほうでなんだかガタガタ音がしたり、寝てると誰かに起こされたりってあるけど、それって気のせいでしょ?
気にならないんだ。オレ、霊とは縁がないの。
でもさ、なんでか知らないけど、「殺人事件」には縁があるんだ。
縁ってのもへんな話だよね。
あ、ビールしかないけど、はい。
高校のとき本屋でバイトしてたんだ。
そのときのお客さんに変な人がいてさ。雑誌の定期購読してたんだけど、最初に住所とか連絡先とか聞くじゃない。そしたら、「自分は字が書けないから」って代筆させられた。
……へんだよねー。字が書けないって言ってて、本は買うんだから。何だったかな、あんまり他の人が買わないような本だったけど。わざわざ版元から取り寄せしてたんだ。
若い男の人でさ。いま思えば無職だったんろうけど。
なんどか店には来たけど、いきなり大声出したり、他のお客さんに説教したりして、しょうじき困った人だった。店長、女の人だったからその人来るだけでもう警戒態勢。店員全員に警報が出るって感じ。半年くらいは通ってきてたと思ったけど、あるときからパタリと来なくなって。
店長が連絡先から調べたら……母親に殺されていたんだ。あ、母親もそのあと自殺したんだけど。
ひゃー、だったよ。
その人の本が取り置きしてあったんだけど。
どうする? 夜の閉店まぎわにふらっと来たりしたら……なんてみんなでザワザワ。
もちろん、その本は返品したけどさ。
母親が息子から暴力ふるわれていたって。それで思いあまって殺して、納屋の床下に埋めて。自分はそのうえで首つってたって。
後から色々と聞こえてきて。その母親、弁当の仕出し屋に勤めてたんだけど、死ぬ前あたりからすごくミスばっかりするようになったって。弁当を何個たのまれても毎回、十一個だけ作るんだってさ。いくら注意しても直らなくて、そのうち「もう来ません」ってぷいって会社休んだから心配した同僚が家を訪ねたら首吊り自殺の現場に遭遇。どうやら息子を殺してからしばらくは会社に来ていたらしいんだ。で、息子を殺したのが十一日で、その数が頭から離れなくなってたらしいってさ。ちょっとゾクッとくる。
でも、もう一人いる。そっちはお婆さん。自分の別れた元亭主に殺されたってのもその一年後ぐらいにあった。手芸の本を買ってく人でさ。編み物とか、刺繍とか、料理とか。品がいいんだよ。娘さんも美人で、孫も可愛くて。
そんな人の元旦那が人殺しするくらい凶暴だったてのも、どういう組み合わせなんだろ。すげぇ不思議。夫婦の組み合わせって謎だわ。
うわ、雷!?
電気つける。
こないださ、免許の更新に警察署に行ったらさ、あそこのポスターに指名手配のやつとか行方不明のやつとかイッパイ貼ってるじゃない?
指名手配の捕まってない奴、やっぱどこか逃げ回ってんのかなとか、行方不明のなかで生きているのはどれくらいだろうとか。もしかして、誰かに殺されて埋められてるとか、山道で迷って足滑らせて谷底に落ちてめったに人のいかないところで骨になってんのかな、とか。
そんなどうでもいいこと、考えちまったんだ。
よくテレビで金の使いこみとかニュースで流れると、他にまだ発覚していない使いこみした奴が「うわっ、次オレが見つかるかも知れない」って思ってたりするのかな。死体隠した奴も。「次、オレが……」とか。
ああ、どうでもいいことだったな。
あと? うん、あとは……実はうちの祖父ちゃんの従弟が奥さんに殺された……。
実際に殺したのは、ネットで裏サイト、あちがうか闇サイトとかいう……そうそう、殺人とか復讐とかそういうの代行というか請負つーかお金さえ払えばやってくれるみたいな。そこに頼んだらしい。
奥さん、パチンコにはまって家事も育児も仕事もしないで、旦那に隠れて借金までして。それで、アイソつかした旦那から離婚を突き付けられて。なんだかさ、その奥さん身寄りのない人らしくてさ。旦那と別れたら生活なんかできないから嫌だったらしいんだけど。でも、殺したら元も子もないよなあ。パチンコやめりゃいいのに、殺す方がカンタンって思っちゃったあたりダメだよ。
ああ、祖父ちゃん、すげ怒ってた。あたりまえだ。理不尽もいいとこだよな。
でも、オレがゾワッとしたのは、そこの息子が父親殺されてすぐにバイクを買ったって聞いたことだった。
ずっと父親に買うのを反対されていたらしいんだ。危ないから、バイクに乗るなって。
それで、よけいな口出しする父親が消えたら、すぐに。
ゾッとしねえ? オレはそっちのが怖いと思った。
犯人?
うん、それね。捕まってないんだ。
奥さんは捕まって今は刑務所だけど、犯人は逃走中。
そいつのポスターも貼ってあったけど、なんせモンタージュていうか似顔絵だからハッキリしてないのな。これといった分かりやすい特徴ないし。顎が長いとかさ目がつり上がってるとかさ、目立つもんがない。
平凡すぎて印象に残らないよ、あれじゃ。
それでポスターの説明をよく読んだら、うちの祖父ちゃんの従弟だけじゃなくて、他にも何人も殺した疑いあるって書いてあってさ。ゾワってきた。一人殺したら、どうでもよくなるのかね。それか、頼まれると断れないタチ? 律義だわー。アガタさんは、ない? なんかコワイ話。
借金? 裏切り? 病気?
は! そうだね、生きているニンゲンのがよほどコワイわ。
現場監督さ、ほんとウザイ。佐藤ちゃんとちょっと仲良くなっただけで目くじらたててさ。そ、事務のほうの佐藤真美ちゃん。知ってたけどさ、現場監督と付き合ってるの。でも彼女、話に乗ってくれたし、ゴハンに誘って、まあ、ね。
笑わないでくれる?
オレ、けっこう必死だったんですけど!?
あ、トイレはそっち。入って左のほう。
風呂とトイレが同じとこにあると落ち着かなくてさ。そこが……あ、片付けてなかったな、ははは、アガタさんに見られちゃったよ。歯ブラシ。真美のぶんだけど? もう何回も泊まりに来た。監督、ストーカーまがいなことやって真美ちゃんと付き合ったていうよコワイ、やっぱ生きている人間の方がコワイわ。
監督とは、そのうちゼッタイに分かれるっていってる。
アガタさん? タオル、いいよ使って。具合悪い?
頼まれたって、何を?
ガッっ……ア、アガ……。
……
…
終
殺人事件のエピソードはすべて私の周りで起きたこと、というのが一番のホラーか。
不謹慎にもほどがある。