第6話 奇術職
お待たせしました。
夜に入って間もない頃合いに街の外れにある荒野側の、あまり人気のない門でクスクスと笑っている少女がいた。彼女から気配は一切感じられず、その事から斥候職の系統であり、最上位職の一つである隠密職を使用していることが窺い知れた。
「それにしても⋯⋯100位が最初だなんて運が良いわね」
闇に包まれた、陽の明かりは数時間前に消え去った月明かりも星明りも無い――文明が未発達なため街灯もない――ところへ1人の、これまた少女が足を踏み入れた。彼女は全身を真っ黒な衣装に身を包み、夜闇と見事に同化していた。
「曇りか⋯⋯」
空を見上げ、月や星が全く見えない事から曇りだということがわかりポツリと漏らす。その少女の名前はリーディであった。
「こんなことなら夜目スキルがある職業を入れればよかったかも」
誰にも聞こえないような声で呟き、歩みを進める。その足は迷いなく荒野へと向かっていた。門で待つ、とは言われたけれど荒野で待っている可能性が高いことはわかりきっていることだ。
彼女が門をくぐろうとした時、もう1人の少女はにやにやと笑い堪えていた。
「もう少し⋯⋯いや、もしかしたら罠?油断させようとしているとか⋯⋯仮にもトッププレイヤーだしね」
もう少し様子を見てみようと零して闇の中に姿を隠した。
その少女の気配には気付くことなく、リーディは無警戒のまま門をくぐる。
「―――ッ!?」
咄嗟に身を捩らせてどこからか飛来してきた投げナイフを躱した彼女は無警戒の状態から警戒へと切り替える。直感だけで躱した彼女に対して内心舌を巻く少女は次の攻撃へと移った。
次々と四方八方から飛来する投げナイフを己の直感とこの闇に慣れてきたことで視認と、また風をきる音を逃さず耳を澄ませて回避に集中する。リーディは完全に後手に回っていることに唾を吐きながらも現状打破を試みる。
『スキル・多羅蜘蛛』
多節棍職のスキルで全方位攻撃であるこのスキルはリーディに飛来する全ての投げナイフを弾き飛ばす。その様はまるで風に守護されているかのようだった。そして彼女はこれまでの攻撃と敵の姿が見えないことから暗殺職であることを見抜いていた。完全に姿を消すには暗殺職でなければ出来ないのである。
これを見た少女は次の手を発動させる。投げナイフは言わば前菜であり、これで終わるとは当然思っていなかった。
『スキル・奇突』
少女がスキルを発動した直後、リーディの頭上から拳が落ちてくる。文字通り、拳であったがその材質は実態のないものであった。
「暗殺と⋯⋯もう一つは何よ!」
その叫びを聞いてほくそ笑む少女は依然として姿を見せず暗闇から攻撃を続けていた。
少女のことを知らないリーディは悪態を吐きながらも、実態のない攻撃への対処して棍魂職のスキルで弾き飛ばした。
『スキル・魂突』
これに驚いたのは少女の方であった。かつてのフェアリーリーディングでは、対プレイヤー戦と言えば同系統の職業をセットするのは自殺行為であるからだ。確かに攻撃力が上がるけれど、それだけのためだけに占術の幅を狭めることはしないだろう。
「100位は所詮新参ってことね」
言葉に嘲笑の類が混じりリーディを嘲笑う。対してリーディは次の攻撃が来ない事を疑問に思いながら敵がどこに潜んでいるのか、だいたいの当たりをつけようと必死に頭を回転させていた。
少女は新参と決めつけ、その時点で多いに油断をしていた。
『スキル・奇天烈』
これで終わりよ、と心の中でせせら笑い少女は勝利を確信した。しかし、油断はしても姿は見せない。それだけは絶対にしない少女であった。
攻撃を受けたリーディは対処に困りながらも、相手が早々に奥の手に類似する奇天烈を使ってきた事に安堵していた。セットしている職業が分かれば対処の仕様があるというものだ。
「奇術と暗殺か。相性はまぁまぁってとこかな」
とは言っても、中々厳しいものがある。相手は徹底して暗殺職のスキル・隠密を常時展開し姿を全く見せない上に、パッシブスキルの夜目が働いているのか正確無比に攻撃を当ててくる。幸い、今のところダメージを負っていないけれどステータスに差があるだろうことはわかっている。なにせリーディは1,5倍がないのだから。
しかし、奇天烈を塞がれた少女は内心焦っていた。新参だと思い込んで奥の手に準ずるスキルを早々に使ってしまったことよりも、それを対処されたことにこそ。
奇天烈は四方八方⋯⋯ではなく、術者が全てを決めることが出来る。
何で攻撃をするか、どのようにどこからどうやってダメージを与えるかを自身で考案して組み立てる、このゲーム唯一のオリジナルスキルとでも言えるものだ。この少女の場合、初手に地面から土の塊――泥団子――が上空へと飛びあがる。これは男性プレイヤーに対しては効果抜群で、女性プレイヤーに対しては威力が半減するけれど上空へ体を浮かび上がることは間違いない。
リーディはその初手を受けて上空へと吹き飛んだ。その軽い体は思った以上に高く飛び、本人はこのスキルを知らないことからすぐさま奇天烈だと結論付けていた。そしてその体の下方を何かが高速で通り過ぎた。そして衝撃が響いて彼女の頭で警鐘が鳴った。
けれど、そのことに衝撃を受けたのはほかでもない少女であった。少女は手応えがあったにも関わらず思った以上に吹き飛び、またその下方を矢が高速で通り過ぎたことから躱されたと判断したのだった。実際にはダメージが入っているけれど、どうやってか回避したのだと納得しながら難色を示す。
「あれをあんな風に避けるなんてどんな反射神経よ⋯⋯」
見事に勘違いしているのだが、それを訂正するための敵は今彼女の前で様々な攻撃に四苦八苦していた。でも、彼女の目には余裕を持って躱しているように見えたのだった。それだけ初手からのコンボが続かなかったことがショックだったのだろう。
それも無理もない話で、この技はモンスター相手にも非常に有効であったし、今までコンボが続かなかったことなどなかったのだ。一度食らえば必殺とも言われているこの技を、彼女は最強のスキルだと自負していたのだから。
「これはもしかして、彼女かもしれないね」
次々と終わらない攻撃が飛来し、それを危なげなく躱しているリーディはそう口を零した。
こんな出鱈目なスキルは彼女しかいない。と少女の正体を看破した彼女はその名前を呟いた。
「必殺の奇術師⋯⋯夜月」
因みに前者は二つ名で後者がプレイヤー名である。
「彼女もこれに参加していたとは⋯⋯当然か。奇術職の最高位プレイヤーなんだから」
リーディに二つ名は無く、名前もあまり広まっていない。そのため古参の仲間からは密かにダークホースだとか呼ばれている。
相手が誰かもわかったことにより、更に潜んでいる場所に見当がついてきた彼女は奇天烈が止んだと同時に攻勢に出ることにした。危なげなく攻撃を回避しながらも幻弓職のどのスキルを使うかを思案する。
「全然当たらない⋯⋯どこが必殺よ。こんな新参に避けられるなんて⋯⋯」
少女⋯⋯リーディによって夜月と看破された彼女は、看破されたことにも気付かずに歯をギリギリと鳴らしていた。
そうして初手以外――夜月からすれば全て――の攻撃を回避された直後、リーディの手元が光何かの武器を持ったことに気付く。
「でも、確か多節棍職と棍魂職は中距離と近距離だったはず。なら問題は無い!」
そう判断して夜月は暗殺職の最高位スキルである『スキル・暗殺』を発動した。瞬時に爆発的な瞬発力を得てリーディの元へ音も風もなく、全てを置き去りにした遠距離攻撃である一本の投げナイフ。スキルによって消費アイテムである投げナイフは効果が変わるため、先ほどまでの量産スキルとは違い、この暗殺というスキルはナイフの存在を感知出来ないまま敵――リーディ――へと迫る。
『スキル・霊手』
幻弓職のスキルを発動したリーディはその目標をとある場所へと定めた。
直後、霊手と呼ばれる手の形をした矢じりはとある方角へと飛んでいく。このスキルは捕獲スキルとして有名であり、決してこのような使い方は対プレイヤー戦ではしないのだが、リーディはお構いなしに使用した。その目的は相手の姿を視認すること。一度視認すれば視界に収めてしまえば隠密のスキルは発動出来ないからである。
『スキル・隠密』には、発動時誰の目にも映っていないことが条件としてあり、敵以外の住民に見られることでも使用できなくなる。そのため、一度街の外に出て、尚且つ夜にしか使用できないこれはゲームの頃では使い道がほぼなかった。それがここに来て使っていて、自身が身をもってその強さを確認したことから一刻も早く姿を捕えたい。そう思うリーディだった。
その2人の思惑は期せずして外れることとなった。偶然二つの攻撃が重なり相殺し、スキルが無効化されることとなった。
「今のは暗殺⋯⋯?助かった⋯⋯」
ホッと安堵の息を吐くリーディとは対照的に、驚愕に染められ憤怒に収まった表情をした夜月がいた。
「なによ今の!しかも遠距離って⋯⋯それにあんなスキル見たことないんだけど!?」
もしや今のが敵の切り札なのかと思ったが、それはないと首を振った。
「多節棍のスキルでも遠距離は絶対にない。まして棍魂のスキルはもってのほか。じゃあ何のスキル?まさか3つ目?あの噂は本当だった⋯⋯?」
苦渋の表情へと変わった彼女は現状を把握するために、彼女のことを知るために考えに耽る。幸いなことに攻撃がぶつありあってこちらの姿は割れていない。ならばじっくりと考察できるという物だ。
この時、彼女は自身のいる場所を相手に知らせたことに気付かず、場所を移動しないままその場に居座った。
「にしても、あそこらへんにいるのは間違いないってことか。ここから打つか⋯迷うけれど近づいて攻撃した方がいいのかな?でも相手にはこちらの動きが見え見えだから光矢で速攻⋯⋯」
リーディはぶつぶつと独り言をごちりながらどうするか考えていた。その考えも、夜月のように長い時間ではなく短時間の即決であった。
『スキル・光矢』
光の速度で飛翔する矢じりが目標地に向かって飛んでいく。その様子を見ながらリーディは場所を移動しないことをただただ祈っていた。
「うわっ!」
リーディが放った光矢に対して軽い悲鳴をあげて足元付近に着弾した何かをまじまじと見つめる少女――夜月がいた。油断していた彼女はその攻撃に気付かずに掠ってしまったことからHPゲージが多少なりとも減少し、そのことに辟易した。
「どうやってこの場所を⋯⋯隠密が解けた?そんなわけない。まだ見られてないはず。じゃあなんで?」
攻撃が飛来したことに動揺し正常な思考が出来ない彼女は、攻撃することも忘れて防御態勢に入った。周囲に警戒の網を巡らせて五感を最大に機能させ、その二つの瞳は鋭い炎を灯してリーディを見据えた。
リーディは非常に小さかったけれど、この静けさの中ではやけに響いた悲鳴を聞いて敵がいる場所を確信した。逃げられないうちに仕留めようと思った彼女は広範囲に渡って攻撃出来るスキルを発動させた。
『スキル・雨矢』
そのスキルが発動したかと思うと、突然空模様が変化した。
空に無数に浮遊している多数の矢を見て夜月は絶望に顔色を染めた。彼女の防御力は決して高くない。暗殺職と奇術職と言えば紙装甲で有名な職業であり、必殺のスキルがあるが故にその職業は使われている。奇術職の中で、奇天烈はプレイヤーが作った最強スキルだとすればもう一つの奥の手は運営が作成した最強スキル。しかしそのスキルは使えない。このスキルにおいては下位互換である偽術職をセットしていなければ発動することが出来ないからである。
そのスキルさえ使えればこの攻撃を無傷⋯⋯いや、HPを半分使用して切り抜けられただろう。
しかしそのスキルを今は使えない。すぐにセットを組み替えてもこのスキルが発動する前に終わる気がしないし、ゲームでは戦闘中に職業の入れ替えは出来なかった。
夜月は紙装甲であるけれど、約4倍となっているステータスに命運を預けてそのスキルが終わるのを待った。
ゲームではなかった、攻撃を受ける度に感じる痛みを堪えながら視界の端にあるHPゲージを見て歓喜に震えた。
「所詮新参だったってことね!HPがまだ3割は残ってる!これならまだ⋯⋯!」
そう結論づけて、矢の雨が終わった頃に雲が晴れ月と星が姿を現した。
月明かりに照らされる自らの姿を見て苦笑を禁じ得ない夜月は「油断大敵ね」と呟いたと同時に敵であるリーディの元へと悠然と歩き始めた。
対面しているリーディもまた、その夜月の行動を計り知れなかったけれど同じく歩みを進めた。武器を弓から多節棍へと持ち替えて。
2人は10数メートル離れた位置で止まり、おもむろに夜月が話しかけた。
「初めまして、と言ったほうがいいかしら?」
「そうだね。私はあなたのことを知っているけれどあなたは私の事を知らないみたいだし」
夜月の問いかけに肩をすくめて答えるリーディの間に和やかな空気が流れる。
「鑑定があるけど⋯⋯自己紹介するわ。私は必殺の奇術師、夜月。87位よ」
「私はリーディ。100位」
「無名にしては強いわ。それに⋯⋯さっきのは弓だった。その前は棍系で今の武器も棍系。どうなっているのかしら?」
「君に答える義理はないね」
夜月は一言「そう」と言ってスキルを発動させた。
『スキル・偽奇身』
彼女は念の為、もし生きていたらと一縷の望みをかけて、またゲームとは違うことを祈って暗殺職から偽術職へと変更していた。そのため、奇術職の最高スキルを発動したのである。彼女の姿が掠れ、二つの影が出来たと同時にその同じ姿をした2人が口を開く。
『ここからが本番。負けやしない』
どこまでも透き抜ける薄い声にピクリと反応し、リーディは咄嗟に距離を開いた。しかし、その後退は意味をなさなかった。
『スキル・入れ替え』
それは夜月が初めて戦闘での使い道を示したスキルであった。入れ替えというスキルは初期の方に手に入れられるものの戦闘では使えないというレッテルが貼られてお蔵入りしていたスキルである。そのスキルを見事に引き上げたのが夜月だったのだ。今彼女は使用している偽奇身と呼ばれるスキルはSPとHPを現存の半分を消費して瓜二つの自分の姿を作り出すもの。そして『スキル・入れ替え』は自身と対象の位置を一定時間入れ替えられるものである。
この二つを組み合わせることによって新しい戦術を考え付いたのが彼女であり、これもまた彼女の名声を高めるための一助となっていた。
刹那、1人の夜月とリーディの位置が入れ替わり、既にその場へ振り下ろしていた奇術職専用武器『マジックロッド』と呼ばれるスキルレベル制限なしの最高位武器がリーディへと振りかかった。
唐突に立ち位置が変わったことに驚き、行動できなかったリーディの頭上をパコーンという音と共にマジックロッドが衝突する。直後、またリーディの視界が切り替わり気付いたときにはもう1人の夜月と入れ替わり元の位置へと戻っていた。
「どうなってるの⋯⋯」
痛む頭を押さえながらそうぼやくリーディの元へ2人の夜月が駆けてくる。それを見た彼女は多節棍を構えて『スキル・地揺れ』を発動させた。これは棍系統職の共通スキルであり、SP消費も抑えられた良スキル。
これにより2人の夜月はややバランスを崩し、スピードを抑えられてしまったがために顔を歪めた。
『疾ッ』
2人で1人の夜月が同時に声を張り上げて加速する。地揺れ如きでは抑えられないと判断したリーディは次の手を打った。
『スキル・霊魂』
陰陽職との共通スキルを発動すると同時に無数の青白い炎のようなものが周囲に出現し、それらが次々と2人向けて飛んでいく。彼女らは一切気おされることなく、むしろ更に加速し続けてその攻撃の中を掻い潜った。あり合えない速度で、到底人とは思えない速度で近づいてくる脅威に向けてもう一度距離を取ろうと足に力を込めた。
すると、夜月はふっと笑みを浮かべてリーディを嘲笑した。それを見て、彼女は距離を取るか否か、一瞬の迷いが生じてしまった。先ほどのよくわからない攻撃が脳裏を過ったため、また同じことされると防ぐことが出来ないからである。
夜月の方はその迷いを見て一気に距離を詰めた。先ほどの笑みはブラフであり、まだまだクーリングタイムが終わらないため使用できないのだが、そんなことはリーディの頭には無かった。
リーディは咄嗟に多節棍を構え直して、片方だけでも倒そうとそれを振るった。と、同時に夜月が1人に戻り、その攻撃は空振りに終わる。
対して夜月はその結果に満足し、リーディの心臓向けてマジックロッドを突き刺した。
「ぐふっ⋯⋯」
ごぼっと口から血が零れ、くらくらする頭を押さえて突き刺されたところを見た。そこには刃物が刺さっており、いつかのマジックロッドは無かった。
「偽術職の騙し討ちっていうスキルよ。ま、これから死ぬあなたには関係ないけどね」
聞き覚えのある初期スキルに耳を傾ける。体に痛みが走るものの、そのHPは未だ半分以上残っていた。しかしこのままでは出血多量で死んでしまうに違いない。死の恐怖が間近に迫りリーディの顔色は更に青くなった。
それを見た夜月はにやりと笑い、まるでゲームでの対プレイヤー戦と同じような軽い感じで、本物のマジックロッドを振り下ろした。