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第5話 初陣

 リーディが目を覚ましたのは昼前だった。それだけ疲れがたまっていたのだろう。現実となったこの世界では疲れも同じように感じられるため、以前と同じゲームのような動きはあまりしないほうがいいのでは?と思い始めていた。


「さてっと。今日は冒険者ギルドに行って~あとはどうしようかなぁ」


 別にクリア目指さなくてもいいし、と思うリーディだった。

 簡単に朝食兼昼食を済ませると家を出てギルドの方へと向かう。特に何をするでもないが、どのような依頼があるのかを見ておくのは常套手段だろう。


 街を歩いているとリーディを遠巻きに見るように誰も近づくことはなかった。それだけSSSランクということに恐縮しているのだ。そんなことにも考えが及ばなかったのかと更に追い打ちをかけられたリーディであったが、そのリーディに声をかけてくる存在がいた。


「あ!リーディ!どこ行くんだ?」


 それはラスカルだった。今は1人でお使いしている最中で偶々リーディを見かけたため話しかけたのだ。


「ちょっとね、冒険者ギルドに」


 素っ気なく返したリーディだったが、その内心ではとても喜んでいる。なにせ誰も話しかけてこないどころか周りの人間と1メートル以上離れているのだから、そこへラスカルという可愛い女の子が来たら心が安らぐというものだ。ラスカルの性別は男なのだが、リーディは未だに気付いていないで女の子だと思っている。


「そうだったのか!俺もついていっていいか?」


 リーディはまた男っぽい口調に表情を険しくしたが、そのお願いの仕方は一級品で上目遣いという破壊力抜群のものだった。一瞬で口調のことは忘れて了承をする。


「そう言えばラスカルはいつも何してるの?」


 道中ずっと無言はまずいと思い、合流してすぐに話題を上げた。その話題がラスカルのことであったことにより、少しだけだが赤く頬を染めていた。


「子どもは家の手伝いとかが基本的だな。でも警備隊の子どもは訓練とか外で薬草とか取りにいったりするな。俺はもうすぐ警備隊に入るから『欠片』が現れたらついていくようにしてる」


「へぇ、そうなんだ。女の子でも訓練とかするんだね」


 リーディも女の子で、それもSSSランクなのだが本人はそんなことを気にせずに話した。


「え?いや、女は流石に違うぞ?家で手伝いが基本だな」


 これに驚いたのがリーディだ。リーディはラスカルを女の子だと思っているため、家での手伝いを蹴ってまで強くなりたいと思い、街を守ろうとしているんだなぁと1人で納得した。

 うん、うんと頷くリーディに違和感を感じたラスカルだったが、それを口には出さずお互いに勘違いしたまま歩みを進めた。


 少しして冒険者ギルドに着き、昨日はよく見ていなかったため、昨日とは違う景観に感嘆の吐息をした。

 冒険者ギルドというだけあって昼すぎであるのに中からは騒がしい声が聞こえている。この声は併設されている食堂から漏れているもので、朝は流石にいないけれど昼を過ぎると少しずつ飲み始める冒険者や街の住人がいる。扉は暖簾が上半分にかかり、その少ししたに申し訳程度の開閉する板がある。その済には鈴が設置されており、入るとカランカランと鳴るだろう。

 扉に少し上には冒険者ギルドを表している剣と盾の木彫りの板が張り付けられ、一目ですぐにわかる。建物の大きさは一般家庭の家よりも大きく、2階建てで1階の広さは一般家庭の家の倍ほどであった。

 これらは全ての街にあるギルドも同じだ。


 カランカランと鈴の音が鳴り、扉を開いたリーディとラスカルに視線が集中した。食堂にいる者たちは一切気にせず飲み続け騒ぎ続けているけれどギルド内で座って依頼の確認や完了を済ませていたりする人や、依頼に応じてパーティを組むソロの冒険者も雑談をしている人はリーディを見ていた。

 ラスカルはこの街の住人だから何も感じなのだろう。だが、リーディは違う。この街には昨日来たばかりで誰も知らない謎のSSSランク冒険者。

 リーディはよくある絡みイベントが起こらないなぁと思っているが、昨日の騒ぎの後代表の人やその場にいた住人によってリーディのことは既に周知されている。だからこそ、一度見ただけでは飽き足らず凝視してその動向を観察しているのだ。しかし、この少女がSSSランクだと信じられない者のほうが多く、やはり絡みイベントが発生した。


「君、SSSランク冒険者なんだってね。そんなに小さいのに本当かい?何かの伝手でなったんじゃないの?」


 この男はSSSランクの人物を1人知っているがためにそう声をかけた。

 男の知っているSSSランクは老齢の如何にもな雰囲気をした男性なのだ。その圧倒的強者である雰囲気を醸し出していない小さな少女であるリーディのことはどうにも信じられないのだ。


「うん、ほら」


 既に広まっていると察したのか諦め、軽い調子でステータスカードを差し出した。


「これが偽物かもしれないだろう。もし君が王族ならそのくらいできそうだしね」


 実物のカードを見ても信じられないのかそういう男を見て嘆息した。リーディは一番手っ取り早いであろう方法を提案する。


「なら、模擬戦でもする?」


 ここで叩きのめせばこの街ではもう絡まれることはないだろうと思っているのだ。しかし、この男はSランクであり、それなりに強い。この街にいるリーディを除けば最強と言っていい人物なのだ。


「わかった。ちょいと模擬戦場を借りるぜ」


「は、はい!」


 Sランク冒険者の男がSSSランク冒険者の少女に絡んだことに少し固まっていた受付の女性が再起動し、模擬戦場まで案内をする。

 そこは結界で守られており、外に影響が及ばないようになっているそこそこ広い場所だ。広範囲魔法スキルを使っても問題がないようにとの配慮である。


「それでは、始め!」


 受付嬢が開始の合図を送ると同時にSランクの男はスキルを使った。そのスキルは剣職の『スキル・真打』だ。これはパッシブスキルである『スキル・無音』を使い相手に接近し、横一文字に斬るというものだ。

 しかし、それは見事に防がれる。男が持っている剣は大剣で、リーディが持っている剣は細剣だったが、それでも力量差と性能差が露わになり見事にカキンという音を残して弾かれたのだ。

 男の職業は剣職の派生職大剣職を納めた聖剣職が最高職となる。剣職の派生職は双剣職、大剣職、細剣職、短剣職の4種類があり、男は大剣職の他に短剣職も収めているが、それは戦いでは使わず欠片を倒した時の素材を剥ぐために使っていた。だから短剣職は素材取り専用としての認知度が高い。


 派生職はとは言っても、少ししかスキルの違いは無くそれのどれか一つを持っていれば聖剣職を得ることが出来る。ただし、派生職を1つしかとっていない場合と2つ取っている場合でも聖剣職のスキルの威力に違いが出る。

 それがもし、リーディのように全て習得していたとすると1つの派生職と比べると4つの派生職は2倍近い威力となる。

 因みに、派生職はセットしなくてもそれのスキルを扱うことが出来る。でもセットした方が威力が上がるし、セットしていなければ威力半減という相当なペナルティがあるのだ。剣職の派生職である大剣職をセットしていれば、剣職のスキルも扱うことが出来る。そこにペナルティは無く、1倍という至ってステータス通りの威力となる。


 男が今セットしているのは聖剣職がメインで大剣職がサブだ。

 大剣職メインで戦うならそちらがメインの方がいいのだが、それを知らない人も多い。


「うおおおおおっ!!」


 男が雄叫びを上げてスキルを発動させずに再度リーディに切りかかる。別にスキルを発動させなくても自信で培った技術で切ることも出来る。武器を持つ職業はSP(スキルポイント)を消費せずに攻撃を出来、反対に魔法職などであればSPが切れれば攻撃手段がなくなりただの的となる。そのことからも武器を持つ職業を一つはセットしておくのが全プレイヤー共通の認識だ。


 リーディはそれも弾き、見事にいなし続ける。

 戦いが始まってから一度もスキルを発動していないリーディだが、それには理由がある。リーディほどのステータスでSランクの男をスキルで切ってしまえば絶命する可能性があるからだ。だから普通に剣技で斬りつけるしかない。

 リーディが今セットしているのはメインに魔法職、サブに魔術職と聖剣職だ。魔法職や魔術職のスキルを使えばそれこそ原型を残さないかもしれないのでいつも以上に慎重になっている。剣で斬りつけるにしてもあまり深く斬りつければ圧倒的すぎる攻撃力でこれまた絶命の恐れがある。

 何故ここまで慎重になっているのかというと、この世界はこの人たちにとっては本物の今を生きている世界なのだ。そしてリーディも今ここで生きている。そのことをわかっているからこそ悩んでいるのだ。


 こうして、リーディは手加減の方で苦悩しており、男は攻撃が全て躱されたりいなされたりしているためイライラが溜まっていく。


「攻撃しねえと終わんねぇぞ!」


 我慢できないというように声を張り上げた男だったが、その直後膝が崩れる。


 リーディは普通に斬っただけなのだが、それは一般人から見ればスキルを発動しているように見えるほど素早い動きで男に大ダメージを与えたのだ。

 リーディは結局「死ななかったらどうにでもなるか」と思い切って膝から下を切断したのだ。

 文字通り、男は膝下と膝上で体が分かれ地面に落ちた。

 男は一瞬何が起こったのかわからないというように周りを見ようとしたが、既に地面に倒れているため顔を動かすことが出来ない。そして、立とうとした瞬間足に、膝に激痛が走る。


「うあああああああああああああああああああああ!!!」


 そして、その痛みを認識した直後、更に悲鳴を上げ続けた。

 周りで見ていた観戦者である一般人や冒険者、そして受付嬢ですらその光景に唖然としている。


「私の勝ちだよね?」


 リーディが声をかけたことによって意識が戻った観衆は口々に何やら言っているが、そこに受付嬢の声が響いた。


「勝者!リーディ様!⋯急いで救護室へ!回復スキルを使える人いましたら来てください!」


「待って待って。私が治すから大丈夫」


 リーディはそう言うと、スキルを入れ替えた。

 メインに癒術職、サブに魔法職と聖剣職だ。

 癒術職とはそのままの意味で傷を癒したり状態異常を回復するための職業だ。これは人気が高く、中堅以上のプレイヤーなら誰でも習得しているであろう必須職となっている。


『スキル・治癒』


 癒術職に上位下位互換はないため補正効果がなく、メイン効果の1,2倍だけになる。この職業で1,2倍になる部分は回復力ではなく効果範囲でもなく、回復速度だ。

 回復力とほぼ同じなのだが、それは攻撃職で言うところの威力となり、回復速度はスキルを発動させてから効果が現れるまでの時間だ。回復速度は攻撃職で言うところの敏捷さとなる。


 見る見るうちに怪我が治っていく。あと少しで傷口が消えると周囲がホッと安堵したが、次の瞬間に驚愕に変わった。

 リーディが途中でスキルをやめたのだ。しかし、この判断は正しい。


『スキル・接合』


 一定まで『スキル・治癒』を使い止血をして傷口を綺麗にし、その後『スキル・接合』を使うことによって完全に回復する。これは一種のシステム外スキルとなる。とはいっても、『スキル・接合』は普通に手に入る。ただ、いきなりそれを使ってしまうと後遺症が残るのだ。ゲーム内だというのに後遺症が残るということでその時はだいぶ荒れたが、運営が本来の使い方を説明して皆納得した。そして、その後遺症が残ったプレイヤーに関しては運営が特別に元の状態へと戻したのは有名な話だ。

 しかし、この世界の人間はそんなことは知らない。

 最初に『スキル・接合』を使っていないことに気付いていた者は少なく、その者らは『スキル・治癒』を使った時既に「え!?」と驚いていたが、その後に続くスキルでホッと安堵していた。


 観衆の喜怒哀楽に気付かずさっさと終わらせたリーディは何事もなかったかのように男に言い放った。


「これで信じてもらえたかな?」


 男はSランクだというのにコクコクと何度も頷き、周りの人間はもうその辺にしといてやってくれと視線を送っている。

 全てが解決したと思ったリーディはギルド内へと戻っていった。


「化け物かよ⋯」


「漆黒の魔女⋯」


「そうだ、漆黒の魔女だあれは」


 残っていた人が口々に「漆黒の魔女」と言っていたが、それはリーディの与り知らぬところで急速に広まっていくこととなった。



「あっ、リーディ早かったね」


 ギルド内で待っていたラスカルがギルド内にある依頼板の前でどのような依頼があるか見ていた。

 リーディは模擬戦場に行く前に「すぐ終わるから」と言ってラスカルを待たせていたのだ。その判断は間違いなく合っていただろう。あの無慈悲な一撃とそれに続く治療スキルを見れば如何に警備隊を目指しているとは言え精神状態が不安定になっていたはずだ。


「う~ん。あまり変わらないか⋯」


 そのつぶやきは誰にも聞こえず、虚空へと消えて行く。リーディが見ていたのはゲームだった頃との違いであり、依頼内容自体に興味はなかった。

 依頼の内容がほぼ同じだということがわかったのでリーディはその場を後にしようとする。


 その時、小さな声をかけられた。


「夜8時、荒野側の門にて待つ」


 その時、リーディとすれ違った者はいない。しかし、リーディの耳にしか聞こえていないことからリーディはスキルを使ったのだと推測した。その推測は合っていて、食堂から一連の騒動とリーディのことを見ていた1人の男が声をかけたのだった。


 今、癒術職がメインでサブに魔法職と聖剣職という状態なので索敵をすることも出来ず、リーディはギルドを後にした。


「そう言えばラスカルは帰らなくていいの?」


 リーディに時間を確認され、ラスカルは見る見るうちに顔は青くなっていく。

 既に時間は夕方の6時少し前。ラスカルの家の門限は6時半なので今から帰れば歩いて帰ろうとも間に合うのだが⋯ラスカルは母親に重要なミッションを託されている。


「やべぇ!リーディごめん!また今度な!」


 ラスカルは家とは反対方向へと走っていく。それに首を傾げたリーディだったが、すぐにまぁいいかと放置する。

 リーディはかわいい子が好きではあるけれどそれぞれの家庭の事情に突っ込んでいくほど非常識ではないのだ。例え黒づくめで傍から見れば不審者であっても非常識ではない。本人はそう思っている。


 リーディは家に着くと服を自宅用に着替え、そのまま夕飯を作っていく。

 今日の夕飯は肉じゃがとこの世界で取れる魚を塩焼きしたものだ。リーディが一番好きなのは味噌煮なのだが、手間がかかるため作ることは極稀にしかない。


 夕食を終えると次は風呂に入る。いつも食事は先で風呂に入るのは後となっている。これは風呂に入る前に歯磨きをして口の中もすっきりさせられるという観点からだ。


 歯磨きをして入浴しているリーディは思う。

 さっきの奴はなんだったのか。姿は確認できなかったけれどきっとプレイヤーに違いない、と。


 プレイヤーだった場合これが初めてのプレイヤー同士の戦いとなる。

 リーディは緊張していた。初めてのプレイヤー同士の戦いではあるが、それ以上に人殺しをしなければならないかもしれないのだ。人殺しは地球ではしたことが無い。これは当然のことだろう。まだ高校生なのだし、法律を遵守していた至って平凡な、平凡すぎる生活を送っていたのだから。


 意を決したように風呂を終わると、次に何をセットしていくか迷う。

 相手がこちらに気付かないように囁くというのは盗賊職や奇術職で使うことが出来る。まさか本命の職業でスキルを使うことはないはずなのでこれはあてにしてはいけない。

 となると全くの手がかりなしとなる。

 職業にはそれぞれ良し悪しが多少なりとも存在している。そのため、相手の職業が分かれば大人数での戦いではそれぞれの相性の良いところへ行くし個人同士であれば相手の弱点である職を持っている方が少し有利になる。

 基本的に魔法職は中距離、剣職は近距離なので魔法職の方が少しだけ有利になる。

 それに、今回は時間も場所も指定されているため相手はそれなりに準備をしているはずだ。準備期間が必要となる職業はそれほど多くないけれど、戦闘職での準備が必要となると陰陽職しかない。しかし、相手がもし遠距離系の敵ならば戦術的な準備が必要となる。


 ここまで考えたリーディはメインに幻弓職(げんきゅうしょく)、サブに多節棍職(たせつこんしょく)魂棍職(こんこんしょく)をセットした。

 幻弓職は弓職の最上位職であり、多節棍職は棍棒職の派生職、魂棍職は棍棒職の最上位スキルとなる。これにより、幻弓職はメイン効果で1,2倍となる。多節棍職と魂棍職は上位下位スキル効果によって1倍に引き上げられる。

 幻弓職はもちろん遠距離対策だ。そして多節棍職は中距離もカバーでき、魂棍職は近距離戦闘用だ。武器は同じものを使用できるので武器所持制限にも引っかかることはない。

 武器所持制限というのは全く違う系統の武器は装備出来ないというもので、同じ系統の武器ならばこれには引っかからない。


 そして、リーディは初陣に向けて家を出た。

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