第4話 アラス自治区
「漆黒の魔女…」
誰かがつぶやいた言葉にリーディは思わずピクリと耳が反応してしまう。
漆黒なんていうのはこの場において1人しかいないであろう。それも魔女。騎士ではなく魔女というところに、漆黒というのは褒められていると勘違いして思わず笑いだしてしまいそうだ。
聖剣職スキルの『スキル・居合』を使ったというのに魔女と呼ぶのだ。漆黒の騎士の方が先に思い浮かぶはずなのだが、騎士よりも魔女の方が嬉しいのもまた事実。女の子であるのに騎士というのは抵抗感を感じていることだろう。
因みに、リーディが頭にしている装備はニット帽だ。
マリカ―に乗ったり、馬に乗ったりするときはしっかりとヘルメットをかぶるけれど、普段はニット帽にしている。
髪をニット帽に隠したりしているわけではないため、腰まで伸びた黒髪も風にゆらゆらと揺られている。また顔も丸出しで、この人たちからすれば中学生ほどに見えている。リーディは日本でも小さい方だし、容姿は元の世界でもトップランク。ただ、胸が小さいことを本人は気にしているようだが、それはまるで気にならないほど整った顔立ちをしている。
そしてここは異世界で外国人風の堀が深い人しかいない。リーディは今出会った現地人4人しか知らないけれど、薄々感づいているだろう、この世界に日本人のような黒髪黒目の人種はいないということに。
だからリーディは余計幼く見えている。下手をすればラスカルよりも下に見られているかもしれないが、ラスカルはリーディよりも年下でリーディもそれに女の勘によって気づいていることだろう。
ラスカルたちが再会できたことと、犠牲になってしまった人はいたものの無事に帰ることが出来ることで互いの体を抱きしめたりこれからのことを思って悲壮感もちらちらと見えている中、リーディは早くこの場から去りたいと考えていた。
それは一重に、ここは先ほどの『結晶』が作り出した空間であり、殲滅した今となってはいつ崩れるかわからないのだ。
「早く出ないと、ここは崩落する危険がある。急いで階段を昇った方がいい」
流石にここまで面倒を見て置いて見捨てるということはしない。
しかしラスカルの父親であるララシークは、息子が『結晶』を余裕を持って屠れるほどの実力を持つ見知らぬ少女と一緒に助けに来たとあれば、首を捻らざるを得ない。それほどの強さを持つ者であればどこかで噂されていたり、知名度が高い者がほとんだからだ。それは悪者も例外ではない。だからこそ、ララシークは戸惑っていると言える。
「助けていただいてありがとうございます。えっと、ラスカルとはどのような関係で?」
ララシークは首を捻り、「ラスカル?」とつぶやいたが、直後にラスカルの方を見て納得した。名前は男っぽいけれど、日本にもそういう人がいるので気にしない方向にしたようだ。
「私はリーディ。ラスカルに助けを求められたから来た、それだけのこと」
ララシークはラスカルに本当かどうかの確認を取り、もう一度礼を言った。
「それよりも早く出ないと今度は生き埋め。私だけなら大丈夫だけど全員は助けられない」
その言葉を皮切りに一行は走って階段を昇っていく。途中でラスカルが倒れるかと思われたが、ララシークが背負うことによって危機を免れた。階段を駆け上がってすぐに崩落を始め、間一髪だったと胸を撫で下ろした。
リーディは辺りを見渡し、『欠片』が近くにいないことを確認してメインに土木職、サブに建築職と聖剣職をセットしてラスカルを保護した時と同じようにする。その光景をただただ茫然とラスカルたちは見ていた。
「今日はここで野宿する。入って」
ラスカルだけはリーディの後をついて行く。一度見たからか特に疑問は感じなくなっていた。
「ら、ラスカル。これは大丈夫なのか?囚われたりしないか?」
「大丈夫。俺もここで寝かせてもらったから」
一言二言言葉を交わし、警備隊の3人も後をついて行く。
最後に入った者が扉の閉め方がわからずにいると自動的に閉まった。このことに驚いて声を少しだしてしまった警備隊の3人は少し恥ずかしそうに周りを見た。
どこにも存在しないような出来のいい家。これほどの家を見たことはなく、リーディが当たり前のことにように出したことに対して畏怖を感じ始めていた。
「じゃあ、このリビングなら好きに使っていいからね。私は上の寝室で寝るから何か用があればノックしてくれればいい」
二日前から捕えられており、空腹しかない中で寝られるかどうかわからないため警備隊は食料を分けてもらうことにした。
「それなら今から作るから待ってて」
リーディは台所に向かい、冷蔵庫に入っているこの世界での食材を取り出した。この冷蔵庫も本体の大きさと中身の量が釣り合っていない、マジックボックスから食材だけを取り出せるようにしたものだ。これも機械職とは別の魔導職という、魔術職の更に上にある職業で使うことが出来る『スキル・魔導具生成』という上位スキルで作り出した自家製冷蔵庫である。
魔導職は魔法職のスキルはスキルクールタイムが更に長くなるもののSP消費がほぼなしで発動でき、魔術職のスキルではスキルクールタイムが長くなるけれど膨大なSP消費からちょっと消費が多いかな、というところまで落ちる。
この世界に来て魔導職を使っていないのは、魔導職は道具を作ることが出来るスキルが多いためで、攻撃できるスキルは準備が必要なものが多く使い道がなかったからだ。
台所から取り出した食材でクリームシチューを作るのだと窺えた。リーディは家の中のため、攻撃されることは無いと確信してメインに調理職、サブに味見職と聖剣職を入れた。味見職というのは調理職の前段階の職業で、基礎的な部分である野菜を切ったり鍋に水を入れたりということをこれですることになる。調理職は火を使ったりする時に使用する。これらの職業を習得していなくても料理は出来るけれど、味にばらつきがあり素材の味を引き出せないのでリーディは取得した。それも、この世界での生活が日常に近くなっていたからだ。
因みに、調理職と味見職はパッシブスキルで常時発動型で、料理をするときに自動的に発動されている。他にもこのような職業があり、パッシブスキルとアクティブスキルがある職業もある。
この世界でのクリームシチューを作り終えると、人数分の皿とコップを持ってリビングへ向かう。
机はラスカルに頼んでおいたので綺麗に拭かれており、そこに置いて行く。スプーンも用意して、流石に米は無かったのでパンを代替物として置いた。
机の中心には湯気を出しているアツアツの鍋が置かれ、そこから鼻をくすぐる良い臭いが嗅ぐことが出来る。それに我慢できずにラスカルはリーディの方に向いた。
「どうぞ食べてください。料理をして私も気分がほぐれました。さっきまでは失礼な態度をとってごめんなさい」
そう言って頭を下げるリーディに謝罪は不要だと慌ててララシークたちが立ち上がった。
ラスカルは突然雰囲気の柔らかくなったリーディに対して若干違和感を感じたが、今はそれどころではないとシチューが給仕されていくのを黙ってみていた。
「これはなに?」
ラスカルが目をキラキラと光らせて問いかけてきて、思わずリーディも頬が緩んだ。
「それはクリームシチュー。熱いから気を付けてね」
リーディも席に着き、シチューをふぅふぅと少し冷ましてから口に運ぶ。
調理職199レベルは伊達ではないようで、ほっこりとした気持ちに包まれた。
警備隊の1人がリーディを真似て咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。
「うまい!こんなの初めて食ったぞ!」
その言葉につられて他のメンバーも次々に口に運んでいく。それまで空腹が続いていたのもあり、シチューは残さず空となった鍋を残していた。
「改めて、助けてくれてありがとう。リーディ…だったか?是非うちの街に来てくれ、歓迎する」
警備隊の隊長であるララシークが誘い、街に入ってゆったりと過ごしたいとも考えていたリーディは迷わず承諾した。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったな」
リーディから見て左から順番に自己紹介が始まり、最後はララシークだった。
「お風呂も一応あるから入りたければ入ってもいいですよ」
指を指して場所を教えるた後、リーディは寝室ですやすやと穏やかな寝息を立てて寝始めた。既に日は昇り、夜を超えているため前日に仮眠したとは言え、ずっと眠気に襲われていたのだ。ベッドに入るとすぐに寝息を立て始めたことから精神的な疲れもあったのだろうと推測できる。
リーディが寝息を立て始めた頃、階下ではラスカルが質問攻めに会っていた。
「ラスカル、あの子とどこで出会ったんだ?ていうかなんであんなに強いんだ?まだラスカルと同じかそれより下じゃないか?」
「ちょ、ちょっと待って!俺もあった時はびっくりしたんだから」
それから、ララシークを探しに荒野へ来たこと、来てみると漆黒に包まれたリーディがいたことなどからここに至るまでの経緯を説明した。
「このバカ息子!荒野には入るなと言ってるだろう!?夜になると『欠片』が大量に出るんだ。もし日中に帰れなくなればどんなことになるか…わかったら次からは入るな」
いつにもまして厳しい口調に、ラスカルは怖気づいてコクリと頷く。
それから各自風呂に入るのは流石に忍びないと思い、リビングに寝転がって寝ることになった。ラスカルだけはリーディが寝ていたソファーで寝息を立てることになった。
昼頃に全員が目を覚まし、軽い朝食をリーディが用意してそれを食べるとすぐに出発ということになった。
「これ以上皆を待たせるわけには行かない。心配してるだろうし、ラスカルの捜索隊が出ているかもしれない」
ララシークの強い口調にラスカルは項垂れ、リーディはなるほどと頷いた。
「じゃあ行きましょうか」
家を収納した後、メインを魔法職、サブに魔術職と聖剣職をセットしてその場を去った。
今は荒野側から街に入るための門に来ており、リーディは門を見上げていた。これまでに何度も訪れていて、記憶の中のものと違うことに気付く。
「ここが?」
「そうだ。ここがアラス自治区と言われているこの国唯一の自治権をもった街だ」
名称に違いは無いことにホッと安堵の息を吐いた。
門と言っても誰かが見張りをしていたりするわけではなく、自由に出入りできるようになっている。ただ、この門の周りにある民家は警備隊の家がほとんどで、子どもが来たら追い返すようになっている。
門はこちらともう一つ反対側にあり、その門が通常使用しているものだ。
「ここからはどうするんだ?よければ案内するが…」
ララシークが続きを言おうとした時、周囲にはいなかったはずの住民が駆け寄ってきてララシーク達の帰還が街中に報じられた。そのため、ララシークたちは身動きをとれなくなり、リーディもそれに巻き込まれる形となった。
すぐに代表の男が来て、集会所の方に案内されることなる。
「ララシークたちを助けてくださりありがとうございます」
代表の男、イワンが自己紹介を済ませて礼を言う。リーディは既に何回も聞いており、そろそろストレスに変化すると言ったところで切り上げられた。絶妙なさじ加減だとほめるべきだろう。
「いえ、ラスカルが私に頼ったから助けたまでです。頼られなければ助けてなかったかもしれません」
リーディはとにかく頼られるのが好きで、それは老若男女問わずだ。だから、いつも自身とやる気に満ち溢れている。
「ところで、この街にはどういった御用ですか?」
直球すぎる問に思わず顔を顰めた。
「あぁ、勘違いしないでほしいのですが、出て行ってもらいたいというわけではありません。むしろずっといてほしいくらいなのです」
リーディは周りにいる人を見てその言葉に偽りがないか確認した。
「えっと、ここを拠点に旅をする、という形でよければ住まわせてほしいです」
と言っても、土地さえあれば家は建築職のマジックボックスから取り出すだけなのでどこでも住めると言えば住めるだろう。しかし、それでは人の繋がりは育たないし拠点はないよりあった方がいい。
「それでは空き家を手配します。え~っと、リーディさんは冒険者か何かですかな?」
あぁ、とリーディは心の中で思い、フェアリーリーディング・オンラインのプレイ開始直後に貰ったステータスカードを見せた。そこに書かれているのは名前と年齢と二つの職業、冒険者ランクが書かれていた。
職業の表示が二つなのは一般的には二つの職業しか同時に使えないと言われているからだ。これも任意で変更が出来るためリーディは魔法職と魔術職を選んでいる。
それを見たイワンと街の住民は驚愕に目を見開き、その場に凍結したように止まった。リーディをもってして死んだのかと思わせるほど微細な動き一つない。
辛うじて意識を取り戻したイワンが口をパクパクしながら声を出した。
「こ、これはこれは。えっと、いらっしゃいませ?落ち着け儂!落ち着くんじゃああああああ!!!」
突然の咆哮にリーディは瞬時に警戒をし、周りにいた住民は意識を取り戻した。
「そんなバカな…」「有り得ないだろ?」「この子がSSSランク…?」
住民の言葉に耳を傾けていたリーディはしまった、ともう遅いけれどカードを虚空に溶けさせた。
ラスカルでさえ目を見開いているところを見てリーディは更に焦燥感に刈られた。
それもそのはずで、SSSランクと言えば冒険者の最高ランクであり、並大抵の者ではたどり着けない。
冒険者ランクは一番下がDランクでこれは見習いと呼ばれ、Aランク以上の冒険者について回り野宿の仕方などを学ぶ。その次はCランクで1人で簡単な依頼をこなせると認められた者たちだ。次のBランクはAランクに上がる準備段階と言った感じで、簡単な依頼と、Aランクに届きそうな少し難しい依頼をこなすことが出来る。Aランクに上がると、そこそこ難しい依頼を受注できこのランクまでが努力でなることができると言われている。Sランクからは才能が必要となり、更にSランクはメインとサブの職業以外にも一つは別の職業がある。SSランクは更にその上でここまで来ると天級と呼ばれる『結晶』の中でも上位の者を単独撃破することが出来る実力を持っている。SSSランクとなれば実力は未知数で、この世界出身の人間ならばたったの4人しかいない。
そんな中、ララシークだけは納得していた。
「なるほどな、『結晶』をあれだけ楽な倒すから何者かと思っていたがそういうことだったのか」
ララシークのほかに二人、あの場にいた者がそれに同意している。
「『結晶』を楽に倒す…?では本当にSSSランクなのか…。こちらとしては願ったり叶ったりですが、本当に拠点にしていただけるのですか?」
先ほどとは打って変わり、リーディに畏怖と敬意を持った瞳で見ていた。
リーディとしてはさっきまでの接し方の方がいいのでそれを伝える。
「う、うむ。そうか?じゃあ儂はこれで帰る。あとは任せたぞララシーク」
踵を返して集会所から去っていくイワンは「まさか生きているうちにSSSランクと会えるとは!!」と大声を出していた。
「それじゃ、ついてきてくるかい?」
「はい」
ひとまず街を案内してもらうことにしたらしく、ララシークの後ろをラスカルと共にリーディは歩いていた。
「まずはここがこの街の冒険者ギルドだ。そして向かいが商業ギルド。中に入るか?」
ララシークの提案に首を横に振る。リーディは落ち着いたら1人で見に来ようと考えていた。
しばらく歩くと、街の中心から少し離れた位置にある空き地にやってきた。
「ここならあの家でも十分入るだろう。中心からは離れていて離れすぎていないという割と無茶な要望に沿ったのがここしかないわけなんだが、ここでいいか?」
少し冗談を交えられるほどに仲が良くなり、リーディとして嬉しいことこの上ない。このまま好感度を上げていきこの街に受け入れてもらうのは案外いいだろう。
「ここで大丈夫です。じゃあ、早速出していいですか?」
「あぁ、いいよ」
了承を貰い、リーディは家を出す。リーディが出した家は周りより少し大きめで、あまり目立たないと思っていたのか少し落ち込んでいた。質が良すぎるため、その差が顕著に現れているのだ。
「じゃあ、今日はこの辺で帰るか。ラスカルも帰るぞ」
「わかった!じゃあな、リーディ!」
ラスカルよりも年上なんだけど、と思ったがリーディは思いなおす。たった1歳差なのだからそれくらい許容してやろうと。
「ふぅ~。久し振りの1人かな?昨日は大変だったし、今日は早めに寝よう!」
リーディは食事と風呂を済ませるとすぐにベッドに潜り込んで朝まで目を覚ますことはなかった。




