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第3話 アラシノ荒野の『結晶』

 リーディが目を覚ました頃、既にラスカルは目覚めていた。



「ここは…どこだ?」


 男とは思えない若干高めの声を出し、きょろきょろと周りを見回してみるも、彼がいる部屋にあるのはベッドのみ。

 そこはまるで、寝るためだけの部屋のようだった。それも一人用ベッド。

 しかし、そのベッドの質は驚くほど良く、これまでにラスカルが味わったことのない質感を持っていた。


「すげぇ。こんなものがあったなんて…」


 ふにふにとベッドの反発力を確認しつつ周囲の警戒は怠らない。周囲を警戒してもこの部屋に仕掛けがないことは素人であるラスカルにもすぐに気付くことが出来た。


「ここの家の人に礼を言わないと…」


 そう言ってベッドから立ち上がる。

 ラスカルは見たことのない金属の取ってを持つと、その冷たさにびくりと方を震わせた。そのまま押して、または引いて扉を開こうとするが開かない。


「どうなってんだ…?やっぱり俺は捕まっている?」


 途端に苦虫を噛み潰したような表情に打って変わり、扉を開くことを断念したラスカルは自身を捕えることによって相手にどのような利益があるのかをすぐに考え始めた。これほど早くに対処できる子どもも少ないであろう、その点で言えばラスカルは非常に優秀な子どもだということが窺えた。


「第一目標は扉が開かれた瞬間に開けた奴を捕まえること…。こういう時は確か尋問っていうやつをするんだ。父さんが言ってた」


 確かに、ラスカルの父親は「犯罪者から何かを聞き出す時は」と前置きをしてから言ったことは間違いがない。

 しかし、今回のラスカルは助けられている。例えそのことに気付いていなくてもその事実は変わらない。


 そして、タイミングが合わされていたように金属の取ってが回転した。

 その時の音を聞き、ラスカルは戦闘態勢に移る。


 ギィ、と鈍い音を立ててリーディが回した取ってを引いて扉を開いた。


 瞬間、ラスカルがリーディに覆いかぶさるように行動した。


「うわっ!」


 リーディが小さく驚きをあげ、その可愛らしい声を聞いたラスカルは自身の耳を疑いながら、押さえつけたであろう人物を見る。


「………え!?」


 女の子!?という顔をして、それも押さえつけているところが犯罪者級だ。


「ちょ!どこ触ってんの!」


 案の定、その手は払い除けられ、ラスカルはそのまま後ろに尻餅をつく。

 リーディの胸を押さえつけていた当の本人であるラスカルは、その感触を思い出すかのようにくにくにと手を動かした。その様子を見ていたリーディもまた、更に顔を赤くして今度はビンタをお見舞いすることとなった。



 軽快な音と共にラスカルの意識は一時的に飛び、再び目を覚ました時にはすっかり忘れていたのであった。



「で、あんたはどうして荒野にいたわけ?」


 もちろん、リーディは覚えているわけであるから少し怒り口調なのは致し方ない。


「え、えっと…父さんたちが、警備隊が荒野に見回りに行って帰ってこなくなったから…」


「へぇ。それで?その警備隊を丸腰で探しに来たってこと?今何時だと思ってるの?」


「へ?今は昼だろ?そうじゃなきゃ俺が死んでるじゃねえか」


 リーディはぐっと奥歯を噛み締めた。

 リーディからすれば、このかわいい女の子がこのような男の口調をしていることが許せないのだ。

 それでも、今は優先することがある。

 それが警備隊のことだ。もし警備隊を探して恩を売ればひとまず街で生活できるかもしれない。そう思ってのこと。


「はぁ…。今は夜!そして荒野なう!わかった!?」


「…?何言ってんだ?夜?荒野?荒野にこんな家建ってるわけねえじゃねえか。それに、夜なのに家の中がこんなに明るいわけがないし」


 ラスカルの言い分を聞いて「あっ」と思い出したように声を上げた。

 リーディは今まで失念していたのだ。ここがゲームの世界の大本となる世界なのであれば、中世ほどの技術しかないということを。


「あー、そっか。そうだよね。じゃあちょっと見てもらったほうがいいかな?ついて来て」


「お、おう…?」


 リーディはラスカルを促して玄関にやってきた。そして、玄関の扉を開くだけなので装備は変更しなくてもいいと判断した。


「じゃ、その目にしっかりと焼き付けなさい」


 ゆっくりと玄関の扉が開かれていくと同時に、少しずつ外の風景が視界に移っていくラスカルは徐々に目が開いていった。

 その目は驚愕と焦り、それから恐怖も混じっていた。

 なにせ、玄関の扉を開くとそこは真っ暗な夜に包まれ『欠片』がこちらを見つめていたのだから。


 リーディはラスカルの反応を見て扉を閉めると、有無を言わせないという雰囲気を醸し出した。


「確かに、ここは荒野で夜みたいだな…」


「わかってもらえてよかったよ。それじゃ、お腹空いたし夕飯でも食べるよ」


 ラスカルはこくりと頷くことしかできなかった。




「それで、警備隊の人がどうのこうのってなんだっけ?」


 食事を食べている最中、流石に無言はまずいと思い話題を提供した。それはリーディも知りたかったことなので提供したというよりも情報提供を求めているのだが…。本人はあくまでも提供したと思っている。


「っそうだ!こんな呑気にしてる場合じゃねぇ!父さんたちを探さないと、でもどうやって…」


「その警備隊は夜に来てたの?」


「そ、そうだ。一昨日に出て行ったっきり帰ってこないから探しに来たんだよ」


「そう。じゃあもう死んでると思うけれど、それでも探してほしいと言うなら心当たりがある」


「何!?どこだ?教えてくれ!」


 ラスカルはリーディの両肩を掴み、揺さぶるように問い質している。リーディは「や~め~て~」と言いたげな顔でラスカルを睨んでいた。


 その睨みが通じたのか、少しひるんだラスカルは静かに席に戻った。


「はぁ。まぁいいけど、連れて行けば街まで連れて行ってね」


「そんくらい任せろ!」


「わかった。なら行くよ」


 契約は成立し、夕飯の後片付けを素早く済ませると玄関へと向かった。


「まさか、外に出るのか?『欠片』が大量にいたのに?死ぬつもりか!?」


 ラスカルが怒鳴ってしまうのも無理はない。

『欠片』と言えば警備隊でも勝てないほどの強さなのだ。それをたった二人、それもこんな自分よりも背の低い少女に何ができるというのか。


「私を誰だと思っているの?」


 リーディは不敵な笑みを浮かべた。

 勢いよくバンと扉を開け、外に出た。


「ほら、はやく出て来なさい。この家片付けるから」


「え?片付け…?」


 ラスカルは半信半疑で腕を引かれて外に出た。

 外には『欠片』が少なからずいるというのに、このリーディのせいで緊張感が完全になくなってしまっていた。


 ラスカルが完全に家の敷地から出たことを確認し、リーディは建築職のマジックボックスへと収納した。


「は!?家が消えた!?」


「いちいちうるさい!ちょっと黙ってて!」


 少し大声を出してしまい、リーディは舌打ちをして周りを見回した。

 残念なことにこちらに彼女らに気付いた『欠片』が一体こちらへ猛然と近寄ってきていた。


「あっ…アぁ…」


 ラスカルは完全に腰が抜け、涙を浮かべている。それを無視するようにメイン職に魔法職とサブ職に魔術職と聖剣職をセットしなおした。

 着替えも手早く済ませる。

 しかし、着替えを見ているラスカルはとても平常心ではいられなかった。

 あわあわと口を開けたり閉じたりと、とても忙しい。ラスカルは彼で男なのだから当然の反応であるが、リーディはそれに気づいた素振りも見せない。


 リーディが着替え終わると同時にラスカルが硬直した。

 その姿は昼に見た『結晶』ではないか、と。


「あ、そういえばこれ私の本気装備だから気にしないでね」


 昼間のことを思い出したリーディは先にラスカルに言ったけれど、ラスカルはそれを信じられないものを見たかのような目で見ていた。

 自分よりも小さい女の子が『結晶』並の強さを持っているということに。


 しかし、実際には『結晶』並ではない。

 彼女は古参プレイヤーの中でも最古参と呼ばれるプレイヤー。その強さは折り紙付きで『結晶』並と言うのは彼女に対して失礼にあたるというものだ。

 彼女は決して『結晶』級ではない。


 でも、ラスカルがそれを知る術はない。なにせ、ラスカルの知識では『欠片』と『結晶』しか知らないのだから。



「さ、行くよ。ついておいで」


 漆黒の装備に身を包んだリーディに先導され、そのあとを粛々とついて行く。傍から見るとその姿はまるで高圧的な主人が愛くるしい奴隷を強制的に連れまわしているように見える。


 リーディは迫りくる『欠片』の方へ向かいながら魔法職のスキルを使用した。


『スキル・爆炎』


 SP消費量は120と割りと高めなスキル。

 その攻撃力は『欠片』を一撃で屠るものであった。

 もし魔術職で『スキル・爆炎』を使っていたとしたら、オーバーキル判定され欠片がドロップしない。だからこその魔法職。しかし、魔術職でも『スキル・爆炎』より低い攻撃力のスキルを使えばよかっただけなのだが…リーディはこのスキルのエフェクトを気に入っていたのであった。


 その様子を後ろから見ていたラスカルは目をこすって「夢かな?」とぼやいている。

 まだリーディの力を信じられないようで、まじまじとその後ろ姿と『欠片』がいたところを見て、結局諦めたように溜息を吐いた。彼は「この子はこういうものなんだ」と思うことにしたらしい。


「この荒野はね、昼は安全だけど夜になると『欠片』が発生するんだ。そしてたまに『結晶』が現れる。きっと一昨日偶然『結晶』が出てきたんだろうね」


 不意にリーディが話始め、ラスカルはそれに耳を傾けて聞き始めた。


「ここの『結晶』はちょっと特殊で人を一人ずつ食べる習性があるんだ。夜に捕獲して昼の間にゆっくりと咀嚼してね」


 そこで説明を一旦切り、リーディは『欠片』が4体いるほうに指を指示した。


「あそこに恐らく『結晶』がいる。『結晶』の周りには『欠片』が必ずいるからまず間違いない」


 どうやら適当に歩いていたわけでないかったことにラスカルは安堵の息を吐いた。

 ラスカルはリーディについてきてはいるものの、街のある方角すらもわからない少女に疑問を抱いていたのであった。それはどうやって『結晶』を見つけるのか、というもの。しかし、それは解消された。場所はわかったのだ。これ以上、この子の世話になることはない。


「ありがとう。後は俺一人で行くから君は街に行ってて」


 ラスカルは素直に礼を告げる。が、それは悪手だ。

 リーディにとってラスカルは自分よりも背は高いけれど、ずっと弱いし頼りがいもない普通の少女。その少女が1人で行くというのは無謀であるし、彼女もまた彼に恩を売って街で静かに過ごしたいと思っているのだ。当然そんな彼女が1人で行かせてくれるわけがない。


「待ちなさい。あなた1人でどうやって『結晶』…その前に『欠片』すら倒せないでしょ?バカなの?」


「んなっ!バカはないだろ!?」


「バカ、大馬鹿に決まってるじゃない。私という存在がありながら頼らないなんて」


「それは…、これ以上、助けてもらうわけには…」


 リーディは私欲が混じっているものの、本心からも助けてやりたいと思っている。それは恩を売る売らないを抜きにしても同じことが言える。

 一方ラスカルは危険な目に合っていたところ助けてもらい、更にふかふかベッドとおいしい夕飯を貰えたのだからこれ以上彼女に頼るわけにはいかない。と逡巡していた。


「いいのよ。頼って。私が全て解決してあげるから頼りなさい」


 ラスカルの頭を撫でながら目標を鋭い眼光で貫き、そちらへ歩みを進めていった。


「お、おい!さっきのはすごかったけど、流石に4体同時は無理だろ!危ないからやめとけって!」


 リーディは注意を促すラスカルを鼻で笑い、先ほどと同じ言葉を言った。


「私を、誰だと思っているの?」


 その言葉には力が篭っており、もはやラスカルが何が言っても止まらない。

 ラスカルもそれに気づいたのか口を閉ざした。


『スキル・瀑炎布(ばくえんふ)


 爆炎の範囲攻撃バージョンだ。これは魔術職で取得出来るものであり、SP消費は180と先ほどの爆炎よりも多い。

 しかし、一体ずつに爆炎を使っていくよりも遥かに燃費がいい。ただ、『スキル・瀑炎布』は範囲攻撃になる代わりに単体攻撃力が若干落ちている。更に魔術職なのでサブセット効果と下位上位互換効果により1,1倍となっている。

 これにより、単体攻撃力は1倍となり通常通りの攻撃力を発揮した。それはオーバーキルにはならないギリギリの威力であった。


 あっさりと4体を灰塵へと変えると『欠片』が立っていたところに行った。


 因みに、『欠片』がドロップする欠片は全て自動的にアイテム欄へと移っているので、ラスカルの目にはドロップ品も無いほど一瞬で『欠片』を消滅させているように見えるだろう。こちらの住人にはアイテム欄などないのだから。


「お、あったあった」


 リーディが見つけたものはこの荒野に潜む『結晶』の元へと向かうための階段。

 その階段を二人で進んでいく。時折、ポロリと崩れそうな段があるけれど、リーディは意に介していないがラスカルは階段に入る前からびびりっぱなしであった。


 階段を降りている二人の間に会話は無く、ただただ真っ直ぐに降りて行った。


 階段が終わり、広い部屋に出た二人は辺りを見渡す。

 それは『結晶』がどこにいるかの確認と、本当に警備隊とやらが『結晶』に捕まったのかという確認。


 数秒後、それは無事に確認されることとなった。


 ちょいちょい、とラスカルの袖を引っ張り目標である『結晶』と3人の人間の方を指さした。


「父さん!よかった…無事だったんだ」


 ラスカルは自身の父親の無事を確認し、膝を地に付けた。

 しかし、その声のせいで『結晶』に感づかれることとなる。


『グォオオオ…』


 その『結晶』は警戒心を全面に押し出していた。


「へぇ、流石『結晶』とでも言うべきかな?実力差がわかっているようでよろしい」


 リーディは合格の判を押し、聖剣職のスキルを使うために腰に装備していた黒刀を抜き放った。

 その刀は黒いにも関わらず光輝き、その圧倒的な輝きにラスカルも、捕まっている3人も、そして『結晶』も見とれた。

『結晶』に関して言えば、その一瞬が命取りになったと言うべきだろう。


『スキル・居合』


 聖剣職の最上級スキル。聖剣職190レベルで取得できるスキルであり、その攻撃はどれほど高い防御力があっても直接ダメージを与えることが出来る。所謂、攻撃力がそのままダメージに繁栄されるのだ。0,8倍と言えども防御力を度外視した攻撃であれば『結晶』はひとたまりもない。


「ふぅ。ここの『結晶』は物理防御と魔法防御が高すぎて居合じゃないと長引くんだよね~。よかった、敵は何も変わってなくて」


 彼女自身、ゲームだった頃との違いを発見しようとしていたのだが、杞憂になりほっとしているようだ。

 しかし、直接通ったダメージではオーバーキルになってしまったらしく、結晶がドロップすることはなかった。

 リーディは少し惜しいことをしたと言わんばかりに口を尖らせている。


 リーディが一撃で『結晶』を倒したことに彼女以外は唖然とふさがらない口をパクパクしていた。ラスカルに至っては今日何度目になるかわからない。

 それでも一番に正気を取り戻し、彼の父親のところへ駆け寄った。


「父さん!」


「ラスカル!?どうしてここに!」


 二人の親子はお互いの体温を確認するように抱き合い、二人とも無事で会えたことで涙を流していた。

 それを微笑ましくリーディと他二人の警備隊は見ていた。


 少しして、親子の堅い抱擁が終わりラスカルによる説明が始まった。


 ラスカルが心配して昼から荒野に入ったこと。

 荒野でリーディにあったこと。

 夜になり家から出ると『欠片』がいたけれど、リーディが一撃で屠ったこと。


 彼ら警備隊はラスカルのいうことと先ほど一撃で『結晶』を倒した実力を鑑みて、深い礼を言うことにした。


「本当に感謝する。どうか街に来てほしい。そこで礼をさせてもらいたい。ここでは何も用意が出来ないのでな」


 代表でラスカルの父親が礼を言って、「わかった」とリーディは軽く頷いた。


 しかし、警備隊にとってまだ疑問がある。

 何故リーディが荒野にいたのか。

 荒野で家とはいったいどういうことなのか。


 最終的に、その疑問を口に出すことはなかった。

 今はここを脱出して一刻も早く街に戻り報告しなければならない。


 報告しなければならないことは夜になると『欠片』が発生したことと『結晶』が発生したことであり、リーディからすれば常識的なことであった。





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