第2話 現地人との出会い
ーラスカル視点ー
俺は男だ。
いや、いきなり何を言ってるんだ?と思うかもしれないけど、これは重要なことなのだ。
俺はよく女と間違われる。見た目が女っぽいと言われているんだ。だから口調は男らしくしてるつもりだが、自分ではわからない。
俺はラスカル。どうしてこんな荒野に来ているのかと言われると、口ごもってしまう。
この荒野は未成年が入っていい場所ではないのだ。
俺はまだ15歳だから後1年は入れない。この国では16歳で成人だからな。
でも、そのルールを破って荒野に来た理由はちゃんとある。
父さんは街の警備隊に入っている。
街の警備隊は街の男手の中で腕っぷしのいいやつを選ぶ。
誰が選ぶのかと言えば街の人間だ。
この街は珍しく領主がいないから全て街の民に任されている。もちろん、代表の人はいるけれど。
街の人間に選ばれた父さんは警備隊に入った。断ることもできるけれど、そんな人はいないのだ。だって、警備隊に選ばれるのは栄誉なことだから。俺も成人したら入りたいと思っていた。
そのため、毎日父さんの訓練を受けている。父さんは本当に強くていつまで経っても軽く流されてしまう。
1年後、成人したら父さんに勝てる気がしないけれど、いつまでも俺の目標としていてくれるならそれはそれで大歓迎だ。誰にでも自慢できることであるし、俺も誇りに思う。
そんな父さんが一昨日の警備から帰ってこないのだ。
警備隊は5人で1班組まれている。
全部で14組あって、1週間に一度だけ警備があるのだ。
警備隊員にも普段の仕事があるからあまり抜けることが出来ない。仕事の掛け持ちというやつだ。
一昨日の夜の警備を担当することになった父さんたち6班は月に一度の荒野に危険がないかの確認が仕事だったのだ。
昨日、父さんが帰ってこない時、母さんに言って探させてほしいと言ったが却下された。
でも、その日は警備隊員が総動員されて捜索されたらしい。
それで一日待っても見つけることが出来ずにいたのだ。
荒野を探しに行った警備隊は人の影も形も見えないと言っていた。
でも、そんなはずはないのだ。
俺はちゃんと探して!と頼んだのに、今日は誰も探さないということになった。
どうして誰も探してくれないの?
みんなが今日中に帰ってこなかったら父さんたちは死んだと判断する、と言っているのが街の集会所の横を通った時に聞こえた。
たった二日しか経っていないのに判断が早すぎるんじゃないか、と抗議したけれどそれは叶わなかった。
だから、俺が自分の足で荒野に来ているのだ。
まだまだ一人前ではないとは言え、毎日父さんに訓練させてもらっているのだからそれなりに戦えると自負している。
もし、『欠片』が出てきても対処できるはずだ。
俺が荒野に来ている理由はこれで全てだ。
でも、荒野に行くと自分で言っておきながら今は物凄く後悔している。
荒野に入って2時間くらい探して今に至るのだけど、さっきから聞いたこともない音が荒野の向こうから聞こえているのだ。
それも、だんだん音が大きくなっている。きっと近づいて来ているのだと思う。
どうやら、俺はここで死んでしまうらしい。
そう思うと自然と涙があふれてきた。
どう頑張っても涙が流れ続ける。
その間にも、俺のことなんて知らないというように音は近づいている。
「っそうだ!こんなっ、泣いてる場合じゃないっ!」
言葉を口に出すだけで嗚咽が混じってしまう。
立ち上がっても足が竦んでしまって動けない。震えてもいる。
早く、街に戻って危険を知らせないといけない。
早く、街のみんなを避難させなくてはいけない。
早く、速く、疾く。
俺が少しでも早く街に戻ってみんなに伝えて批難させる。なんとしても。
「っうおおおおお!!」
声を出せば恐れから解放してくれる、と父さんから聞いたことがあった。
父さんの教えはこんな状況でも俺を守ってくれるらしい。
そのことに俺はまた涙が出てきてしまった。
視界がぼやける。でも、荒野に障害物なんてないから問題なんて何もないはずだ。
一歩、踏み出せた後は早かった。
それからどれくらい走ったかわからない。けれど、街は未だ遠い。あと1時間くらいかな?
でも、正体不明の音は1時間も待ってくれなかった。
ブオオオオオオオン
もうすぐそこまで来てる!
咄嗟に後ろを振り向いてしまった。
咄嗟に後悔した。見なければよかった、と。
それは真っ黒な姿をしていた。天辺は太陽の光が反射していてとても眩しい。
僕はここで死ぬんだな。
目を瞑ってその時を待っていると突然音が鳴り止んだ。
その代わり、荒野を滑るような音が聞こえたのだ。
恐る恐る目を開けると、目の前に『欠片』のレベルを大きく逸脱している『結晶』レベルの真っ黒な化け物がいた。
―リーディ視点―
私が一番好きな色である黒で塗りつぶされたマリカーに乗っていると荒野の先に人影を発見した。
その人影は私から逃げるように全力で走っているように見える。
何故逃げるように走っているのかはわからないけれど、とりあえずその人に街がどこにあるか聞いてみたい。
私はこの「フェアリーリーディング」に飛ばされてステータスを確認した時から少しだけ口を尖らせている。
「フェアリーリーディング・オンライン」の時にはあった機能がなくなっていたのだ。それも超の付く万能機脳が。
その機能とはずばりマップ。
マップ機能があればどれだけ楽か計り知れない。
何故マップ機能をなくしたのかはわからないけれど、ここが「フェアリーリーディング・オンライン」の元となる世界であれば少なくとも地形は同じだと判断した。
因みに、方位を示す北を指す矢印も消えていたので方角すらわからない。
私の記憶が正しければこの荒野は中層ゾーンのプレイヤーが狩場にしている「アラシナ荒野」というマップだったはずだ。ここは昼は『欠片』は出ないけれど、夜になると中層ゾーンのプレイヤーの狩場になるほどの『欠片』が現れる。
『結晶』は滅多に出ないけれど、出た場合は中層ゾーンのプレイヤーがレイドを組んで討伐に当たっていた。
レイドというのは6人パーティを4組までの人数で組むことが出来る、大型パーティのようなものだ。
最大24人で討伐に当たっていたけれど、上層ゾーンのプレイヤーなら1パーティで倒すことが出来る。
プレイヤーのゾーンには6種類ある。
初心者ゾーンは1レベルからだいたい50レベルほどの人のことを言う。
下層ゾーンは50レベルほどから150レベルほどの人のことを言い、中層ゾーンの人は150レベルほどから200レベルに合わせてサブ職業50レベルの人のことを言う。
上層ゾーンはと言えば200レベルのメインが一つにサブ職業が150レベルを超えている人のことを指す。
ここまで来れば十分強いと言えるのだけど、まだ上がある。
上層ゾーンの上は超層ゾーンと言われ、メインとサブ職業が200レベルで更にもう二つの職業を取得し尚且つ150レベルを超えているひとのことを指している。
上層ゾーンと超層ゾーンのプレイヤーの間には埋められないほどの差があるけれど、スキル制のゲームなのでそこまで理不尽なことは無い。
上層と超層が離れているとは思うけれど、超層ゾーンの上にある極層ゾーンはメインとサブ、更に二つの職業と言わず、特定の条件が存在する。この条件をクリアできない者は案外多いのだ。
極層ゾーンは戦闘職4つ以上が200レベルでその他の職業、ゲーム内では生活職と言われいる職業を3つ以上取得しうち2つは200レベルであることが条件となっている。
これらの基準は運営が公式に記載しているので誰にも覆されない絶対のルールとなっているのだ。
そのため、私は極層ゾーンに一番近く、また下層ゾーンでもある。ということになる。
なんといってもカンストしている職業がないのだから仕方ないだろう。
また、メインとサブの職業というのは何かと言うと、取得した職業を全ていつでも使えるわけではない。
取得した職業の中から二つ選び取り、どちらかをメインにしもう片方をサブにセットする。
そうすることによってゲームバランスを保っているのだとか。
ついでに言うとおまかせ機能もあるので初心者にも面倒臭がりな人でも楽々セットできる。
私はもちろん自分で選んでセットしている。
ただ、私は3つの職業をセットすることが出来る。裏技のようなものだけど、運営も発見しているのに放置しているのだから通報されたりはしない。
一度通報された時は正直焦った。でも運営の対応に逆にこちらが驚いたのだ。
「運営側としましては、そういった運営が用意した抜け道を存分に活用していただきたいと思っています」
とメールが送られてきたのだ。
これらの抜け道は他にもあるらしいけれど、私は知らない。抜け道は言わば隠れステータスのようなものなので誰も情報を公開しない。
だから、これを知っているのは私のフレンドと自分で気づいた人数人と言ったところだろう。
少なくとも、「フェアリーリーディング」に来ているトッププレイヤーの中に知っている人はいないはずだ。
この裏技の仕方は、メインとサブを同時選択する機能があるのだけれど、メインだけをセットしてから同時選択が押せないと思わせるように光を失うが実は押せるのだ。
押せるところは全て光っているのが常識なのでこれはたまたま見つけたと言っておく。
その光を失った同時選択を押すとサブ職業を二つ選ぶことが出来たのだ。
だから私はソロでも十分にこの荒野を抜けることが出来る。
ちなみに、何故メインとサブがあるのかと言えばメインに魔法職をつけてサブに魔術職をつければ魔法攻撃力が上がったり、と言った相乗効果があったり魔法職のSP消費が少ない魔法を使って敵に通用しない時は魔術職のSP消費は激しいが通用する魔法を使ったりすることが出来る。
ただ、メインにセットした職業は1,2倍の効果があり、サブ職業は0,8倍の効果となる。
私がこのゲームを気に入っていたところはこういうところも含まれている。
ああ、それから『欠片』や『結晶』は他のゲームで言えば魔物や魔獣と言った存在だ。
その名の通り、『欠片』は倒せば何かの欠片を落とし、『結晶』であれば何かの結晶を落とす。
何かの欠片や結晶というのは装備品に使うものだ。
例えば欠片を100個集めれば結晶にすることが出来たり、結晶を50個集めたら水晶にすることが出来る。更にその上にするためには水晶の他にもそれぞれ必要なものが加わってくるためここでは省く。
物思いに耽っていると、私から逃げているように走っていた人のすぐそばまで来ていた。
通り過ぎてしまいそうになり、急いで急ブレーキをかけたが慣性もあって荒野を滑っている。
マリカ―から降りてその少女の前に行くと、「結晶…」とつぶやいたのが聞こえて次の瞬間には気絶してしまっていた。
相当怖がらせてしまったのだろう。どうしてかな?と思い自分の姿を見てみると「あぁ…」と妙に納得してしまった。
私は真っ黒なマリカ―に乗って真っ黒な衣装に身を包んでいたのだ。そりゃあ私でも警戒するし逃げたくもなる。
マリカーという存在をしっている私でも逃げたくなるレベルなのだからこの世界が現実の人からすればおもらしでもしそうなものだ。
でも、私の装備は基本黒しかない。
黒が好きだからね。黒以外はあまり使いたくないのだ。
話は少し逸れるが職業をセットするのと同じように、装備もセットを作ることが出来る。
例えば魔法職の装備をセットしていたとして、剣職の装備に変えたいと思うと全ての装備を変えなくてはならない。そうなってくるととても面倒くさいという運営の気配りだ。
装備のセットは職業の数だけ作ることが出来るので私は他の人よりも相当多く持っている。
その装備品のための『真水晶』という水晶のワンランク上の最高級のアイテムをとるのに相当苦労した。
『水晶』が10個と作りたい職業の装備に合うものを得なければならない。そこに着色させるための素材も必要になってくるのだから相当に苦労した。
例えば、魔法職であれば魔法の聖地の神殿に赴きそこで神に祈りを捧げると取得できるアイテムを手に入れなければならない。魔術職になると聖地の神殿の奥にある迷宮をクリアしなければならない。
こうして、最高の装備を作るだけでワンランク下の装備が5つほど作れるのだ。
それでも私は妥協せずフレンドに頼み込んでお手伝いをしてもらった。対価は例の裏技だ。
ちなみに私の場合は黒なので『黒真水晶』という名称になる。
私は機械職のマジックボックスにマリカ―を戻してから、一度メインにセットしていた操術職とサブにセットしていた機械職と念のためにセットしておいた聖剣職も解除することを忘れない。
聖剣職を解除しなかったらメインしかセットできなくなってしまうのだ。
私はメインに土木職、サブに建築職と聖剣職をもう一度セットした。
まず私はこの荒野を『スキル・整地』という土木職のスキルを使った。土木職と建築職は下位上位互換なので効果は上がっている。メインにセットしているのは下位互換の方なのでSP消費は少なく範囲も狭いけれど、今はそれで充分だ。なにせ、メインセット効果と相乗効果で1,5倍の効果があるのだから。もし反対にセットすればサブセット効果で0,8倍となるので相乗効果で1,1倍となる。
土木職が1倍とした場合建築職は1,5倍の効果なのでもし建築職をメインにセットしてスキルを使うとSP消費は激しいしそこまで広さは必要ないし、ということになって結局土木職の方が扱いやすかったりする。こういうことがよくあるのでおまかせ機能に任せておくことは出来ないのだ。奴は上位互換を必ずメインにセットするから。
ここに、建築職で作っておいた小さめの家をマジックボックスから取り出した。
建築職はその名の通り家を建てるスキルが増えるのでマジックボックスもそれなりに広い。
そして、それぞれの職業で作ったものはその職業のマジックボックスでしか取り出すことが出来ないからわざわざセットする必要があったとも言える。
ちなみに、スキルクールタイムというものがある。
これは下位互換の方が長く、上位互換の方が短いということになっている。上位互換はとことん燃費が悪いことで有名だ。
土木職での『スキル・整地』のスキルクールタイムは3時間ほどだったはずだ。199レベルにしてからはあまり使ったりしないので詳しく覚えていたりはしない。
もちろん戦闘職ならスキルクールタイムはとても短い。長いものだと30分や1時間というものがあるけれど、それは最後の手段で使うようなものだ。普通は1分もかからない。
スキルを使いすぎるとスキルクールタイムが長くなることがある。
これは私が気を長くして検証したから知っていることなのだけど、10個のスキルを20秒以内に使うと状態異常に『遅延』というものが現れる。それの効果は「スキルクールタイム1,2倍」というものだ。
それはさておき、何故家を建てたのかと言うとこの少女が気絶したからだ。
私が本気装備をしていると『結晶』と間違われると確認したのでひとまず家に招待して黒以外のおしゃれな服を見せてからまた移動すればいいと思ったからだ。
「ほんと…この子かわいいなぁ。癒される」
緑の髪に整った顔立ちをしている。身長は私より少し高いくらいで160センチほどだろうと思う。私は150センチ後半だからね。
私は少女をベッドに寝かせた後、自分の真っ黒な装備から街を歩くための装備に変えた。
ゲームではおしゃれも楽しむことが出来てとても楽しかったのだ。
ここで、私は一つ失念していた。
それは、私が現実の姿だということ。
とてもゲームキャラとは似ても似つかない容姿だ。身長設定は動きやすさを重視して同じ身長に設定したから服のサイズは大丈夫だろうと判断した。
一つずつおしゃれ装備をアイテム欄の装備欄にあるものを見ていくけど、しっくりくるものがない。
外国人風の外見をしたゲームキャラと日本人な私の両方が着ることが出来る服など一つしかなかった。
でも、これを着るのは少々憚れる。
だって…これは寝間着だもの。
しかし、このままではどのみち怖がらせるだけだと思い寝間着を取り出した。何故か着替えは実際にしないといけないという謎仕様だ。リアル感を追求しているのだとは思うけれど、この仕様は不満の声が多い。
運営はそれを軽く無視しているが。
渋々乗り物に乗るときの能力を最大限に引き上げる真っ黒装備を脱ぎさると、寝間着を手にとった。
「そういえば!この家は確かお風呂をつけていたはず。ゲームでは使わないからつけるか迷ったけどつけてよかった…。とりあえずお風呂に入って転移の疲れを癒すとしますか」
私は入浴を1時間ほど楽しみ、ベッドでまだ気絶状態の少女を一瞥してから夜まで起きなさそうだと判断する。
転移初日に現地人に会えたのは行幸だと思わず表情が綻んでしまった。
私はベッドの置いている部屋を出てリビングにあるソファで睡眠をとることにしたのだった。