パブロフドール それぞれの命の重さ
「おい、大丈夫か、しっかりしろ」
俺は抵抗の無い肉の塊を必死に揺すっていた。
「死んでいるに決まっているだろ」
「何だと」
俺の後ろに立っていたのは7番の男だった。
そいつはまるでごみを見るかのような蔑んだ目で俺を見ていた。
「まさかだと思うけどお前、これが最後に何か言い残して息絶えるとでも思ってるの?」
「貴様!」
嘲笑うそいつの顔を俺は本気で殴った。だがそいつは顔の向きが変わっただけでその場所に立っていた。
「暴力ですか……やれやれ、やはり貴方はイレギュラーな存在ですね!」
肩に足を掛けられ片足で床に叩きつけられた。
頭を踏みつけられている。悔しさよりも目の前にある死んだ人間の顔から受ける恐怖の方が強かった。
「やめなさい、ジーベン。イレギュラーとは言え彼はフュンフをもつ。我々と生活を共にする者だ。いろんな因子がいるから実験なのだろ」
「俺がジーベンか…なかなか気に入った。フィアに免じてこれでチャラにしてやる」
足がどかされジーベンと呼ばれた男は部屋の隅に歩いていった。壁際にいるフィアという男4番は俺に微笑を向けて部屋中を歩いていた。
「大丈夫?フュンフ君」
俺のそばにしゃがみ込んできたのは3番の女の子だ。何故だろう、冷たい空気を感じていたのに彼女からは暖かい日の明かりを感じる。
「ああ、ありがとう、ええ、と……」
「ドライ、よろしくね。フュンフ君」
ドライ?それに俺のことをフュンフ?
「さっきから何?その呼び方」
「はぁ?おいおい、ただのドールは教育が足りんと聞いているがここまでかよ。傑作だな」
8番は俺を指さしながら笑い始めた。何故笑われているのかは知らないが確実に馬鹿にされている。
「もう、アハトそんなこと言わないの。あのね、ドイツ語での数え方で貴方は5番だからフュンフなの」
3番、ドライが優しく丁寧に1から11までの数え方を教えてくれた。とてもじゃないが一度では覚えられなかった。
だが、俺の目に入った光景は一つだけすぐに言えるようにならないといけなくなった。
「おい、ドライだっけ?9番はなんていうんだ」
「へ?ノインだけど」
10番を引き摺りながら部屋の隅に向っているノインの元へ走った。
「おい、ノイン何してるんだ!」
ノイン、女の子だ。日常通りという瞳が俺を見ていた。彼女は当然のように。
「ごみは捨てるの」
彼女が指さす先には焼却口と書かれた鉄の扉があった。
「ごみって…お前!」
「そのままにしておくと臭くなるし汚いから処分する」
「俺も賛成だ。フュンフ周りを見てみろ」
周り?ジーベンに言われるまま見てみるとみんなノインのしようとしていた事に賛成しているようだ。
「お前ら可笑しいぞ。目の前で人が死んだんだぞ。何も思わないのか!」
沈黙が答えか…、その中ジーベンが話し始めた。
「5人だ」
「?」
「俺が前までいた施設で一週間で死んだドールの数だ」
「ドール?」
「私達みたいな子供のことだよ」
ドライが補足をした。子供?一週間で5人の子供が死んでいただと。
「他の奴らはどうかは知らないが俺がいた施設は初めは100人いたドールが最後には俺一人になっていた。つまり俺は99人の命が犠牲になってここにあるってわけだ」
「私やここにいるみんなそう。いつ死ぬか分からないそんな日々を過して最後まで生き残った。沢山の命を背負って行き続けているの、フュンフにもツェーンの背負っていたのを背負う義務があるんだよ」
こいつらは命を大切にしているのか?それならさっきの行動は矛盾している。
「だから、一つや二つでぎゃあぎゃあ騒ぐなってこった」
アハトが皆を代表して率直な意見を出した。つまりこいつらはこんな光景日常どおりで人が死ぬのは当然だと言っているのか。
「お前ら…おかしいぞ!命の大切さを分かってるのか」
変えてやる。こいつらのいかれた考え方を変えてやる。
「言った。こいつ言いやがった。馬鹿じゃねぇの。教科書通りの説教ありがとさん」
なんだこのアハトの反応は…まるで俺がそう言うと分かっていたかのようだ。アハトだけじゃない。周りみんながそうだ。
「おい、フュンフ。百歩譲って俺が言いすぎたとしよう。ならお前は1秒に約2人が死ぬことはどう考えている」
「なんだよそれ」
「私たちがここに入ってから大体2時間、7200秒が経ってる。アハトが言っているのは正確には『世界では1秒に1.8人が死んでいる』という事、つまり私達が出会ってから世界では12960人が死んでいる計算になる。その中の一人がたまたま目の前にいただけ、確立の問題」
6番、ゼックスの女の子が面倒臭そうな声で教えてくれた。
「もういいかな。これ、捨てるよ」
といっている割には既にほとんどを捨て終わっている所だった。
「お前ら変だ!おかしいぞ!たまたま?確立?1秒?だからなんだよ。死ってそんな簡単なもんじゃねぇだろうが!」
「おうおう。吠えろ、吠えろ、おもしれぇなお前」
「なんだとアハト」
「俺に噛み付くなよ。悪いのはエルフだろうが」
エルフ、11番のあいつか。部屋の隅で蹲っているそいつに俺は近づいた。文句を言いたいからか説教したいからか分からないがとにかくあいつと話さないといけない。そう思った。




