0:プロローグ -荒野より-
そこに希望があるのなら、人は故郷の名を忘れないだろう。
そこは人々にとって、名を忘れた世界……いや、名を捨て去った世界と言うべきか。
空は暗雲に閉ざされ、僅かな光のみが辛うじて届く暗黒の世界。
作物は育たず、家畜は倒れ、人が人を喰う事も不思議ではない世界。
かつて人の文明が隆盛を極めたその世界を、今はただ、人は『荒野』と呼んだ。
無限に続く荒れ果てた大地を前に、国を捨てた人々は陸上戦艦の中に生活の場を移し、僅かな水や食料を求めて世界中を彷徨っていた。
そうした人々の流浪を可能にしたのが、「神力機関」と呼ばれる過去の遺産である。
かつて、荒野が暗雲に覆われるより遥かな昔、人は神と共存し、神の協力を得て様々な巨大機械を動かしていた。
それが現在に至って、神は地上から去り、力の源を失った動力機関と機械群だけが人々に残された。
では、その空の動力機関をどうやって動かすのか。
荒野には、その答えとなる現象が頻繁に起こる。
『暁光』
地上を去った神々、その中核を成す女神達は、天上の世界の覇権を賭けて戦の中に在る。
遠く空の上の世界で合戦を続ける女神たち。
戦場となった雲海は光り輝き、地上にも明かりを齎す。
そして、戦が終わる時……。
勝鬨の轟音と共に雲に切れ間が生じ、眩い光と共に、敗軍となった神々が様々な武具と共に地上に墜ちてくるのだ。
この世界に生きる人間が太陽の光を拝める唯一の機会。
人は、敗軍の女神を捕らえ、神力機関に封じ込め、巨大機械を動かす動力として利用する。
その際、必要とあらば四肢を切断し、瞳を潰す事さえあり、神力機関に取り込まれた女神は、命尽きるまで無慈悲に力を搾り取られ、人間の使い捨て燃料となるのである。
さらに、その女神たちが使い捨てであるが故に奪い合いが起こり、暁光の地では人間同士による凄惨な戦いが引き起こされる。
そうして女神を奪い取った強者によって、鹵獲した女神を売るためのバザーが開かれ、金銭と引き換えに身体的自由を奪われた女神を売買することもまた、この世界の日常であった。
そして今日も、鈍く光る雲の下、暁光を目当てに群がる陸上戦艦の駆り立てる土煙が渦を巻き、砂嵐を起こす。
飢えた人間たちは、雲が切れ勝鬨が上がるのを待たずして生死に関わる富を奪い取るために砲撃戦を行い、人型兵器による近接戦闘を繰り広げる。
しかし、そこにいる誰もが予想してはいなかった。
数刻後、そこに降り立つ、女神の正体を……。