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与謝ログ G first story  作者: てら
第三章 女の正体
8/22

Faille 7

 佳志は一週間の任務の休暇を言い渡された。それはなぜか。


 答えは、本来の任務を無視したと思いきや、佳志は中央口公園にいる三つのストリードギャングの抗争を食い止めたからだ。

 それに加え、五十嵐という男は何やら暴走する推測だったらしい。今では彼は包帯ぐるぐる巻き、とても動ける状態ではなかった。


 しかしだからと言って監視を解いた訳ではない。街を歩くにも、ゲーセンへ行くにも、佳志の横には常に亜里沙がついているのである。

 例え数少ない受け入れた女性の1人とはいえ、常について来るとなると彼としても非常に迷惑である。

「男子トイレまではついてくんなよ」

 ショッピングモールのトイレで佳志は彼女に掌を立て、そう注意した。


 彼の名前は昔からニュースになるほど有名である。どこへ行っても自分の名前を言われ続け、不快な思いしかしない。

 しかし不幸中の幸いで彼は地味な外見しかしていない。異様な髪型も髪色もせず、ピアスもしていない。せいぜい銀のネックレスをかけているくらいだ。顔もどこにでもいる男子高校生だ。笑顔を出せば尚更である。


『続きましては、○○年に起こった惨殺事件についてです。犯人は与謝野佳志、地方裁判所では拉致が明かず、最終的には最高裁判所になりました。未だ判決は下されず、更に彼の行方は現在行方を失っています』

 ビルの液晶画面のニュースに女性のニュースキャスターがそう発表していた。それをたまたま見ていた佳志と亜里沙は、二人共疑問な表情をしていた。

「あの写真、アンタしかなくない?」

「………くだらねえ。メディアってこうも嘘つくんだな」

「え? じゃあこの惨殺事件っていうのは…」

「身に覚えがない。さ、行こうぜ」

 佳志はそう言って先に行ってしまった。

 黄金美町ではストリートギャングのライブが一番視聴率が高く、本来そこを見る人間の方が多いはずである。

 しかし今ではそのライブとは違うチャンネルのニュースの方が視聴率が非常に高い。

 与謝野佳志は不良集団とは無縁であるということが強く伝わる証拠でもあった。


 時は昼の五時になり、二人は地下街へ行った。


 見ると、比較的黒ずくめの男達の密度の方が圧倒的に多かった。それに感ずいた佳志は彼女に問う。

「あいつら何で黒い服しか着てねえんだよ?」

「あれはね、GSF集団っていう連中よ」

「ジーエスエフ……集団?」

「うん。黄金美町では一番恐ろしく強いって事で有名よ。ヤンキーとかチンピラというより、どちらかと言うとマフィアって印象の方が高いわね」

「マフィアは海外のじゃないか?」

「まぁ、そういう雰囲気がするのよ。しょっちゅう抗争はするけど彼らが負けたことは一度もない。しかも一人一人が強い癖に数があまりにも多すぎる。暴走族というよりはバイクチームって言った方がいいわね。アメリカンなバイクを乗る人が多いけど実際移動以外はそんなに使わないわ彼らは」

「何して生きてんだよ。そいつら職はあんのか?」

「さぁ。私もあんまり関わってないから分からないわ。まぁあの連中は一般人には絶対迷惑をかけないってとこだけが取り柄かな。そこのアタマは器が大きいことでも有名だしね」

 そう話しながら並んで歩いていると、すれ違い際に男が佳志に肩をぶつけた。佳志はそんなに気にすることもなく、続けて話していると、ぶつけてきた男が因縁をふっかけ始めてきた。

「おいコラ? 小僧どこの誰にぶつかってっと思ってんだ、あぁ?」

 二十歳ぐらいの厳つい男だった。刺繍も入っており、それがヤクザだという事に彼はすぐに分かった。

 しかし黒ずくめではない。どこにでもいるチンピラにしか見えないのだ。


「……誰」

「おい、やんのかガキ。ちょっとオジサンと人気のないところにでも行こうか?」

「あ? 人気のないところ?」

「一緒にいる彼女と同行でもいいんだぜぇ? さっさとついて来いや!」

 強引に佳志を連れてこうとするチンピラに亜里沙は止めたが、無駄だった。結局場所は街の路地に入り、そこは本当に人通りがなかった。

「おい、俺の肩が折れちまったんだよ? 賠償金、十万。早く払えや?」

「何だオメエ。わざわざ恐喝したいためだけに俺と付き人呼んだのかよ」

「んだコラ? なめてんじゃねえぞテメェ!」

 男は咄嗟に腰にある短めの刀を取り出し、佳志に突き付けた。


 さすがにそれには亜里沙が前に出た。


「アンタ、自分が今何してるか分かる?」

「………何だ? 女はすっこんでろよ」

 亜里沙は佳志の尻ポケットに手を突っ込んだ。当然彼は抵抗したが、結局取り出されてしまった。

 ナイフを。


「今からアンタと言う名のどこぞのチンピラと、人を殺すのに全く躊躇のない凶悪な大量殺人犯が殺し合うのよ?」

「は、ハッタリだろうが。そんなガキが人なんて殺せるわけ……」

「与謝野佳志って名前、知ってるわよね?」

 その名前を聞いた途端、男は一歩足を引いた。


 佳志は自分の胸ポケットから警察手帳を取り出した。


「人殺しと国家権力が混じった意味不な人間です」


 そう名乗ると同時に亜里沙が持っているナイフを奪い、男に突き付けた。

「メイルバール……ではないよね。俺より年上には違いない。どこのモンか言ってみろよ」

「俺は仁神組のモンだ。ヤクザ殺したら上が後を絶たねえぞ小僧?」

「んなもん知ってる。俺は警察とヤクザが大嫌いなんだよ」

「テメェ警察じゃねえか!」

「うるせえ。好きでなった訳じゃないんだよ」

 またもや佳志の眼はあの不気味な眼になった。必ず刺す、といった時の予兆にもなるほど分かりやすい眼だ。

「好きな方選べよオッサン。警察官を殺すチンピラになりてえか、警察官に殺されるチンピラになりてえか。どっち道な、俺が有利に越したことはねえんだよ」


 すると男は唾を飲み、亜里沙をジーッと見つめ始めた。何なのだろうかと思い亜里沙は自身の身体を見直した。しかし何もない。

 男は「あっ!」と亜里沙の方を指差した。


「お……お嬢!?」


 その言葉を聞いた途端、亜里沙はギクリと言った仕草になり、佳志は怪訝な表情をしていた。

「なっ……まさかお嬢……こんなところで何してらっしゃるんすか!」

「あ、アンタは組の下っ端……柊…!」

 亜里沙も彼に指差した。

 一体どんな状況なのか、1人取り残された佳志は刃物を突きだしたまま顔を左右を振った。


「随分髪短くなったり黒くなったりしましたね。探したんですよ。早く静岡戻りましょうよ」

「嫌よ!」

「どうしてですか!? 俺はタダ、お嬢がいなきゃ仁神組の後継者が……」

「ヤクザなんて、嫌いよ」

 亜里沙は右にそっぽを向いた。

「私はね、ずっとそのヤクザが悪い奴らじゃないって思ってたのよ。なのに……、なのに人から金強引に奪ったり、人を簡単に殺したり、人を弄んだりしたり……、私が思ってたのと正反対だったのよ!」

「お……お嬢……。でもお嬢は女の子ですし、まだお若いんですよ? こんな不良のガキがいるところにいたら、今そこにいる変な奴にもいずれ殺されちまうかもしれないんですよ!?」

「女だから……か。私もナメられたものね。女だから何なのよ? 今では立派な警察官だわ。アンタらの敵なのよ」

「でも、そんな殺人犯といては……!」

「うっさい! この人はね、私の彼氏よ」

「は?」

 当然そのハッタリは全うの嘘で、それについては佳志も動揺した。

「お嬢に……彼氏ですと? あの許嫁の約束は……!」

「許嫁なんていう、決まり事みたいな交際なんて私は嫌だ! どうせまた悪い奴なんでしょ!? 嫌だわ! 言っておくけどね、佳志は確かに筋金入りの悪党だけどね、アンタ達とは違うのよ! アンタ達みたいに、お金と殺ししか頭に入ってない奴らとはね!」

「その男も同じような人間に決まっています。金が必要だから人を殺す。こんなのはヤクザじゃ欠かせないのです」

「最低よ! 佳志は……、佳志は……」

 亜里沙はそこで口が止まった。

 佳志とは会ってまだ数週間しか経っていない。だから彼が人を平気で刺す原因は分からない。ましてやこの前の五十嵐との刃物のもめ事も、実を言うと何が原因でそうなったのかもまだ聞いていない。

 そう困惑している彼女に佳志が答えた。

「俺は警察も、ヤクザも、どっちも大嫌いなんだよ。俺の事を分かったような口で言ってんじゃねえぞ。2人共。俺はお金なんかどうだっていいんだよ。働けばそれで入手できるんだしよ。だが怨恨ってのは働いてどうにかなる事じゃない。だから俺はムカついたらすぐにシバく。それが最善の策だと思ってるからよ」

「テメェ……、お嬢に何かしてねえだろうなぁ!?」

「したよ。椅子でドドーンと頭カチ割るとこだったよ」

「ふざけんなよ! 女にそんな事――」

 すると亜里沙が男の言葉を即刻否定した。

「したわよ。わざわざ気絶したコイツを病室まで運んだにも関わらず、起きた瞬間に私の頭蓋骨バラバラにしようとしてたからね。今でもその痕跡はハッキリ残ってるわ」

「んなアホな……。俺でも女の顔に傷を付けるような真似なんて……」

「ふん。だから襲うの? 乱暴したりするの? 本当最低。それで水商売とかに売るの? 最低過ぎるのよアンタらヤクザは! 女だから何なのよ! 同じ人間なのに、そんな扱い酷過ぎるのよ!」

 佳志もそれに「同感だ」と数回頷いた。しかしその時。


「お嬢、いくらアナタの意見であれ、組長には『追い返されました』と言って帰るわけにはならんのですよ。俺らは命かけて探し回って、ようやく身元を確保できたのですからね」

 後ろからスーツ姿の男が1人、やってきた。どうやら仁神組の若頭と言ってもいいだろう。

春成はるせ……、アンタまで来たのね……」

 まさに挟み撃ちになってしまった。逃げられることはまずできない。

 春成という男は佳志の顔を見て鼻で笑い、冷笑し始めた。


「はっ……、若頭たるもの。お嬢にこんな情けない男が付いてるとは。貴様、お嬢の名に泥を塗るつもりか?」

「……あ? ワカガシラ?」

 ヤクザに関する知識をあまり知らない佳志に、亜里沙が教えた。

「要するに、ヤクザのナンバー2、と言ったところよ。春成は強いわ。気をつけなさい」

「………何だよ。ナンバー2なら問題ねえな。てっきり俺は歯止めの効かない秘密兵器でも来たのかと思ったぜ」

「それは自分の事を言っているの?」

 佳志は亜里沙の最後の一言を無視し、体制を整えた。


 ――まず逃げる事だけを集中するべきだな。相手はあくまでヤクザ。俺はそいつらと関わったことがないからよく分からねえけど、とりあえず黄金美町の連中とは違う人種ってのは確かだ。


 佳志の目論見、それは逃亡あるのみだった。


「いいかボウズ? 俺はこう見えて空手五段だ。刃物だろうがかかって来いよ」

「そうかい。ならご遠慮なく……」

 すると亜里沙は大声で止めようとしたが、佳志は春成に突っ込むどころか、彼女の手を握り、逆方向へと突っ走った。

 逆方向には柊がいたが、もはや佳志の敵ではなく跳んでから膝で彼の鼻を直撃させ、挙げ句に失神させた。

「逃げんなガキ! おい!」

 春成の声をまるで聞かず、佳志はただひたすら、手を繋いでいる亜里沙と共に路地の迷路を突っ走り続けた。


 ある程度距離を離し、春成が見えないところにまで逃げることはできたが、生憎佳志には体力がなく、間もなく息切れした。

「アンタどんだけスタミナないのよ! もうちょっと走りなさいよ肝心なワンシーンで!」

「う……うるせえ……。逃げ切れただけマシだと思えよクソ……」

「せっかくカッコいいシーンだと思ったのに、本当に情けない男ねアンタ!?」

「だから……だからうるせえって! 運動不足ぐらい見逃せよ……。俺は、ずっと運動できない環境にいたんだからよ……」

「いや、普段タバコばっかスパスパ吸ってるからでしょうが!」

「もう……だ…黙れお前マジで……。御託並べんな……」

 息を荒らし、膝に手をついたまま彼はそう必死に訴えた。汗は地面にポタポタと落ちるほどである。ちなみにまだ百メートルも走っていない。


「で、でも、何で私も逃がしたの……? 私も一応アイツらの一員だったって事はアンタも分かってたはずなのに……」

「関係ないよ」

「え?」

 未だ息切れは激しいが、佳志は姿勢を整えて彼女に指差した。

「オメエのカレーライス食えない一ヶ月なんか過ごしたくねえんだよ。俺はオメエが元ヤーさんだろうが、そんなのどうでもいいんだよ」

「そ、そんな事だけで……私を? カレーなんてレトルトでいくらでも……」

「うるせえ! 前も言っただろ、お前だけは何か違うってよ。俺はオメエの説教は受け入れてない。けどオメエは受け入れた。それだけだよ。文句あんならとっととこの俺に直接言ってみろよ!」

 最後はなぜかヤケになって言っていた。それが怒りなのか、彼なりの優しさなのか、亜里沙はあまり分かっていなかった。

「……文句だらけだわ。アンタって何か変わってるわよね」

「ん……」

「人を人だと思ってない、平気で刺そうとする。いつも不愛想、まれに出る笑顔は、本当に良い。でも結局不愛想。その癖、私は助けるのね。カレーライス食べたいためだけに。アンタは、一体何者なのよ」

 文句を言う割には、彼女にはかすかなる苦笑いが混じっていた。佳志は『笑顔』という単語に関しては理解していなかったが、それ以外は身に覚えのある事ばかりだった。

「通りすがりのチンピラだよ。それ以外の何者でもない。それと……亜里沙。俺に保護者の代わりやってくれてる事には、正直感謝してる。その借りを返してるだけだよ」

「え……」

 親がいないのは、事実だったようだ。今の与謝野佳志の口からは聞いてはいないことだが。

 それに加え、その時初めて自分の名前を呼ばれたことに、彼女はなぜか少し喜びを得た。しかしそれを口にする事はなかった。

「おやおや、随分と仲が良いんですね」

 春成に追いつかれてしまった。

「もしかして、許嫁がいるにも関わらずそんな男と交際しているとは、もしや肉体関係にまで――」

「アホかお前。中学生みたいな事言ってんじゃねえよ」

「ふん、お前が逃げなければ正々堂々と戦えたものを。スタミナに限界が生じているのでは?」

「ハンデがあっていいじゃん。オメエには十分過ぎるぜ」

「何だとこのガキ……。仁神組ナメんじゃねえぞゴラァ!」

 刀で襲い掛かる春成に、佳志は横にたまたまあった捨てられているロッカーを倒した。

「死ね」

 中には多量のホウキが詰っていて、それが春成の頭に当たったのだ。


 彼がロッカーの下敷きになっている中、再び佳志は亜里沙の手を繋いで逃げ込んだ。

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