(頼む……!もってくれ……!)
お気に入り登録が増えてびっくりでした。
今回はいつもより長いです。
※1/10指摘された誤字を直しました。
※1/13指摘された誤字を直しました。
(ヤバイ……ッ!つい勢いでやってしまったっ……!!)
竜田揚げ試食会に自ら誘ってしまった事を後悔した。相手は可憐な美少女。銀色に似た色の髪は先端までしっかり手入れがされていて、しかも装飾をつけた高そうな服を着ており「私は貴族でーす」と言わんばかりの雰囲気を醸し出している。だがしかし、それと同時に思った。これはチャンスでは?と。
(い、いいつまでもこの環境に甘えちゃいけない……!妖精さん達とは普通に話せた!いずれ人が来る…。これはその時の為の試練だ。俺の成長が見られるいい機会だ……人が来る前の…………って今人来てんじゃんっ!?どうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうどうどうどどどどどどどどど…)
情けないことこの上ない思考の迷路に囚われたウィンシーではあるが、体はてきぱきとワイバーンを解体してアイテムボックスへと収納していく。多少カチャカチャと震えてはいたが。
「凄くお強いのですねっ!ワイバーンと言えば国の騎士が十人以上で相手をしないととても倒せないのをお一人で倒されるなんて!しかも解体も手馴れているみたいですし……。貴方はいったい何処の国の騎士様ですか?」
相手からの不意を突いたジャブ!ウィンシーはそれをさばく事が出来るのか!?
「ぅひっ……。え、ええーえと……。お、俺は騎士じゃなぃ……」
「まぁ!傭兵さんでしたか!」
シュッ!
「よっ、傭兵でもない」
「では冒険者さん?」
シュッシュッ!
「冒険は……していたけど……。たぶん……違ぅ…」
「それでは貴方は何なんですか……」
シュッシュガンッ!!
「俺は……、俺は何なんだ………?」
話していくうちに催眠術にでもかかったかのように世界が歪む。
少女との会話でノックアウトまで追い込まれる。カンカンカーッン!!まさかジャブで沈むとは……。ウィンシー……。
「ふふふっ」
世界がぐにゃぁとしていたウィンシーの耳に笑い声が届いた。
「え?あ、え?ど、どう…しました?」
突然手を口に当て笑いだした少女によって世界が戻る。
「ふふっ、すみません。貴方はとてもお強いのに、自分の事が分からず真剣に考えていらっしゃったものですから」
にこにこ顔の少女を見たとき思わずドキッとしたウィンシー。鎧兜で顔が隠れていなかったら真っ赤になってるのが分かるだろう。サクリとワイバーンの使える部分を全て回収し終える。
「でで、では家に向かいます。ついて来て、ください」
つっかかりながらも健気に会話を続ける。今、彼はとても頑張っている!!
「はい。エスコートお願い致しますね?」
彼にとって無理難題を図らずともふっかける少女。彼女はSの才能があるのかもしれない。
「こ、っちです。ついて来て……」
【地形把握】を使いなるべく平地でモンスターが少なく一番最短の道を割り出し歩き出す。
家までの道程は特に語る事もなく家に着く。昼間はとっくに過ぎており、周りは少し薄暗くなっていた。ウィンシーは家のドアを開く。
「では、ど、どうぞ……」
「随分可愛らしい家ですねっ!少し楽しみです!」
何だが貶してるのか喜んでいるのか分からない発言をして家へ上がる。
彼は今さらになって女性を家へ連れ込んでいる事実に気がついた。
「おじゃま致します」
しかしもう彼女は家に入ってしまった。
(あれ?俺今すげー大胆?マズイ、何だか不安になってきた……。うっ!胃が……)
「うぃんしーかえってきたー」「うぃんしーおんなのこさらってきたー」「うぃんしーおかしーおかしくれー」「うぃんしーくろいー」
家に妖精が居ることに気づいたウィンシーは妖精の発言に何だか思うところがあるが、何処か安心させられる気持ちになった。
「こんなに妖精が……!まるで夢のようです!」
「汗かいたで…しょう、風呂があるので入りますか?」
妖精パワー恐るべし。なんと「先、シャワー浴びてこいよ」発言。彼に不純な気持ちなど一切ないが。
「浴場があるのですか!?この森の中でまさか湯浴みが出来るなんて……」
感動している少女を風呂場へと案内する。
「着ている物はそこの籠に入れとぃてくださぃ。後で洗濯します」
まだ多少の違和感が残る話し方だがウィンシーは彼女に対する人間性恐怖心が和らいでいた。
その後も何とか風呂場の説明をし終えた後、快適だが何時までも黒甲冑を着ている訳にもいけないので【早着替え】で燕尾服に着替える。
これは昔、ゲームだった時代に成り行きでエルフのお嬢様の執事をすることになったクエストの際に造った装備で、素早く動き全く姿の見えない大燕のアンノウンスワローから造られた奉仕用の装備。その名も【貴方はだぁれ?な燕尾服】だ。ちなみにこの燕、倒しても仮面を着けており外す事が出来ない仕様になっている、そして誰も彼の物の素顔を見たものはいないと言う……。
料理をするならコック装備の【マッドシェフの戦闘着】でも良かったのだが、それは【毒耐性】や【安定する精神】が無いととても食べる事ができない物が出来上がる可能性があるので止めておいた。
ワイバーンの竜田揚げの準備をする。醤油や酒、みりん等を適当に混ぜそこに適当に切ったワイバーンの肉を入れ【熟成】に【促進】をかけて臭みを取っていく。
臭みが取れた肉に片栗粉をまぶし、高温の油に入れきつね色になるまで揚げ、油を良く吸収する布の上に置いておき【保温】をかける。
まだ少女が風呂に入っているうちに洗濯物を洗濯してしまおうと脱衣場に行く。籠の中の服を取りだし、気づく。
(洗濯した後乾かすのどうしよう……。【乾燥】を使うと服が痛むし…)
そして更に気づく。
(………………………………下着どうしよう)
ウィンシーも男の子である。握られているシルクの様な肌触りのパン……下着。とってもドキドキ!
(だ、駄目だ……。無心にならなくては……!!)
歯を食い縛り口の端から血が流れる。
やっとの思いで【洗浄】の魔法をかけて洗濯を終える。
(危なかった……っ!こんな気分になったのは九尾のモフ狐以来だ……)
九尾のモフ狐とは東洋の最東にある島国のダンジョンの隠しボスであり、ぼっちで挑まないと出現しない。生粋のぼっち、ウィンシーはそのモフ度に度肝を抜かれ、何故かモフモフの尻尾の一本一本を引っこ抜き、気づいたら尻尾のない子狐が泣きじゃくって寝そべっているのを見て、(悪いことしてしまったなぁ……)といたたまれない気持ちになってその場を後にした記憶がある。
(アイツは元気だろうか……)
コイツ何言ってんの?
ウィンシーは懐かしい思いでに浸りながらも洗濯物を紐にかけて部屋干していく。
乾かなかったら少女の着るものがないのでもう思い切って造ることにした。彼女のスリーサイズは【目測】によって把握済みである。
(素材は何が良いだろうか……)
あまりスペックが高すぎると仕様条件のハードルが高くなり着れない服が出来てしまう。
よって防御を上げず装備効果を狙って条件を下げつつもできるだけ最高品質の物を造る事にした。
まずは布地から造る。機織り機を取り出し万年蛹の蚕から取れる加工した糸を使って織っていく。
ギッタンギッタンギッタンギッタンギタンッギタンダンダンダンダダダダダダ
あり得ない速度で織上がる布。
(頼む……!もってくれ……!!)
軋む機織り機。そして、
「これでぇぇえええ!!」
ギタギタッ
「おわりっ!!!」
ダ―――――ンッ
「ありがとう。機織り機……。君のことは、忘れない…」
機織り機はまだ壊れていないのにそんな事を言うウィンシー。少し酔ってるのかもしれない。状況とか自分に。
取り敢えずこの布地からワンピースとシャツ、下着を造り、タオルと一緒に籠へ置いておく。
「か、籠の中に着るものがあるから……」
『はいっ。分かりました』
イソイソと脱衣場から出て人心地つき、おかずの竜田揚げだけでは詰まらないと考え出したウィンシー。
(折角の初めてのお客さんだ。他にも作ろう!)
そしてアイテムボックスから食材を取り出し、
「いいお湯でし……っ?!」
少女が驚くのも無理はない。何故ならそこには綺麗に盛り付けられた料理の数々。その一つ一つには多少の手抜きもなく、一国の王でさえ見た事すらないだろう様々な料理が陳列している。
「お待ちしておりましたお嬢様。さぁ、ぉ腹が空いたでございましょう。此方へお掛けになって下さい」
そして極めつけは料理の隣にいる、……なんだか顔がボヤけてよく見えない燕尾服の男。
「は、はい……」
誰だコイツ。と思う人もいるだろうがウィンシーである。
彼が昔受けたクエスト、無愛想なエルフのお嬢様の執事を行ったのはリアル時間で言ったら約6ヶ月。
少ないと思うかもしれないが実はこのゲーム、約4倍の時間経過が施されておりゲーム世界の時間で言うところの約二年間に相当する。そう、二年間もの時間、ウィンシーは執事としてエルフ相手に会話の練習をしていたのだ!!
別れの時のお嬢様の顔は今でも忘れられない。
結果、身に付いたのはこのエセ敬語だった。
「ささ、冷めないですが温かいうちに食べてくださいませ」
「あ、あの~」
「はい?何でございましょうか?」
「えっと……、ここにいた筈の黒騎士様は……?」
質問をされ、おもてなしの事ばかり考えていて自分の姿を省みる。
燕尾服。なんちゃって敬語。顔が見えない怪しい奴。
【早着替え】で一瞬のうちに黒甲冑に着替える。いきなり現れた黒騎士に少女は驚く。
「ごめん……なさい。初めてのお客さんで……、しかもここまで会話出来て浮かれてたんだぁ……」
その場で膝を抱えるように座り込む。黒い靄が一層落ち込んでいるのを強調する。
「迷惑、だったよね……。ゴメンね……」
「めっ、迷惑なんかじゃありませんっ!!」
少女は声を張上げながら、両手をウィンシーの両肩に乗せてヘルム越しに顔を覗かせる。
いきなりのことでビクリと体が震えたが、何とか震えを抑え込んだ。
「貴方は見ず知らずの私を助けてくれました。そしてお風呂まで頂き、服も施してもらい、こんなにも素晴らしいご馳走も作って下さいました。何の迷惑もございません。寧ろこちらがご迷惑をおかけしました」
「そ、そんなことないよ…。俺、嬉しかったんだ……。でも人が怖い…。今でも君が怖い。他の人よりかましだけど、怖いんだ……」
黒い騎士は独白する。
「俺も同じ人だけど、人は俺を傷つけるんだ……。嫌悪や憎悪が溢れる世界は例え俺に向かってなくても、怖くなる……」
ウィンシーが勝海だった頃、両親や親戚がテロにより殺され世界が変わった。
人の悪い感情を受信しやすくなってしまったのだ。
誰しも抱えている小さな悪意達。
それは当時幼かった勝海を押し潰すには十分過ぎる程にのしかかった。
しかし彼は諦めなかった。
西条家の、それこそ一生ひきこもれるだろう大量の遺産を使って様々な事をした。
植物を育て安らぎを求め、家畜を飼い命の儚さに耐性をつけ、ゲームを通じて会話を思い出し、彼は『外』に出れた。
彼は勝った。ただし一度だけ。
二度目は流石にキツかった。あの通り魔がいなければ完治、或は治らなくても『外』には出歩けるくらいにはなったはず。
そして殺されてしまったのだ。
死ぬ前にひきこもる事を願い、いつの間にかこの世界にいた。
これはやり直すチャンスか、それともひきこもるか。
この二度目はひきこもることにしたが、一度目の勝海がこのままで良いのか考えた。
考えてしまったのだ。しょうがない。なにせ、一度は勝てたのだから……。
だから家を作った後も森に出かけて行ったのかもしれない。
そして目の前の少女を成り行きだが助け、こうして料理を振る舞い、感謝された。
悪意のない真っ直ぐな姿勢に二度目の人生、ウィンシーは考えを改めた。
「俺は決めたよ」
「何をですか?」
「俺は森を出る」
「いく宛はあるのですか?」
「ない。ないけど、とりあえず」
「とりあえず?」
「ご飯を食べよう。お腹空いたし」
「そ、そうですか……」
おかしい。何がおかしいって折角出したヒロインがまだ名前が無い。
そして今回どうしてこうなった。
これで主人公覚醒か!?わくわくだね。




