本当はなかった怖い話
また夏が来た。某小説サイトで立ち上げられる「ホラー小説祭」。セミプロの作家から、先月ユーザ登録したばかりの素人作家まで幅広く参加可能な企画だ。それに資格要件は緩く、どこぞの狭き門のサイトより気軽に申し込める。だからこそ、俺のような存在が楽しめる場でもあるのだ。
さて、俺の正体だが、そのサイトのユーザだ。そして、これは違反事項なのだが、もう一つアカウントを取って、読み専として登録している。何故そんな事をするのかと言うと、そのサイトに幾人かの気に入らないユーザがいるからだ。そいつらを罵り、貶すために別アカを取ったのである。
そのうちの一人は、毎年ホラー小説祭に参加し、俺の目から見ると読んだ時間を返して欲しくなるような下らない小説を投稿するのだ。一昨年は「小説を書くのをやめたらどうか」と感想に書いた。しかし、そいつは全く気にする様子もなく、昨年も愚にもつかない作品で参加した。俺は再び「まだ書いていたのか? 見込みのあるような作品ではないから本当に書くのをやめたほうがいい」と書いた。
その後、そいつは俺の感想に返信をする事なく、ホラー祭は終了した。それほど注意して見ていたわけではないが、奴がその後そのサイトに作品を投稿する事はなかったと思う。ようやく自分の才能のなさに気づいたのかと思い、正直嬉しくなった。でも、そうではなかった。
今年のホラー小説祭の申し込みが始まると、待っていたかのように名乗りを上げた。俺は唖然とした。そして同時に無視されたような気がして来て、腹が立った。今度こそ、あのヤロウに止めを刺すつもりで感想を書こう。そう決心した。
やがて、ホラー祭が始まった。奴は第一日目の投稿だった。手ぐすね引いて待っていた俺は、すぐさま読みに行った。
数行読んで、嫌気が差した。読む価値がない。しかし、俺はどんなに下らないと思った小説でも、一応の礼儀として最後まで読む事にしている。激辛感想人を標榜する俺なりのスタンスだ。
しかし、いつもながら本当に読み辛く理解し難い文章構成で、何度も読むのをやめかけた。しかし、何とか最後まで読み終える事が出来た。今まで以上の駄作だ。何が言いたいのかわからないし、全くホラーでもない。いや、それ以前に小説の体をなしていない。只、何か薄ら寒い感じがした。話の内容自体は、全く恐怖など感じるものではない。それなのに、妙に背後が気になってしまうのだ。
(疲れたせいだな)
そう思い、感想欄を開いた。今度こそ投稿をやめるように結構強い調子の文で綴った。
(いくら図太い奴でも、さすがに心が折れるだろう)
俺はニッと笑って、送信ボタンを押した。
「え?」
ところが何故かエラーメッセージが出た。何だ? どういう事だ?
(もしかして……)
ある事に思い至る。このサイトには関わって欲しくないユーザを書込み禁止にするロックユーザ機能がある。奴は俺に激辛感想を書かれたくなくて、俺を「ロック」して来たのだ。くそう、運営め、余計なものを作りやがって。仕方がない。また別のアカウントで、別人のフリをして書き込んでやるさ。まさかそこまでするとは思っていないだろう。俺は捨てアドを作成すると、それを使って別のアカウントでユーザ登録した。もちろん、ユーザ名も変える。これで奴に気づかれずに感想を書き込める。この無駄な時間の恨みも込めて、さっきよりきつい言葉で罵ってやろう。俺はじっくり時間をかけて感想を書き込み、送信した。
「何!?」
またエラーメッセージが出た。どういう事だ? このアカウントはまだ登録されたばかりで、奴にわかる訳がないのだ。
「……」
急に背筋がゾッとして来た。これは一体どういう事なんだ? 新しく取ったアカウントを知っていなければ、ロックできないはずなのに何故送信ができないのか?
(まさか……)
恐ろしい結論が頭を過る。
(奴のIDが存在しない?)
バカな……。そんなの、安っぽいホラー映画以下だぞ。あり得ない。もう一度奴のページにアクセスするため、トップページに戻った。すると、メッセージが届いている表示がされていた。
(誰からだ?)
不審に思いながら開封すると、奴からのメッセージだった。
「毎年激辛のご感想を賜りありがとうございます。私の参加は今年が最後です。貴方にお礼がしたいので、今からそちらに伺いますね」
俺は思わず悲鳴を上げてしまった。どうして俺だとわかるんだ? このIDはさっき作ったばかりだぞ。気持ちを落ち着かせて、もう一度画面を見ると、再びメッセージが届いている表示が出ていた。俺は震える手でマウスを操作し、開封した。奴からだ。
「どうでしたか? 今回はかなりホラーしていたでしょう?」
俺は気持ち悪くなってマウスを投げ出し、パソコンの電源を切り、ケーブルを引っこ抜いた。
「お楽しみはこれからですよ」
誰かが俺の右肩に手を置いて囁く。俺の股間はジンワリと湿り気を帯び、ゆっくりと温かくなって行った。