表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ヒラサカヤのオニババ

作者: 薄口


ボクの周りで、最近良く耳にする言葉だった。


その「ヒラサカヤ」という場所には、何でも、凶悪なオニババが住み着いていて、立ち寄った子供を手招きして、うっかりついて行ってしまうと食べられてしまうらしい。

それを聞いたとき、背筋に寒気を覚えた。世の中には恐ろしいのがいるもんだ。


「それでな、オレはそこから命からがら逃げ出してきたんだぜ。マジ、怖かったんだからな」

ガキ大将のジロが身振り手振り大げさに話している。


「ジロちゃん、それなんなの?」

言ったのはこのグループの仲間の一人、ミチである。彼は、ジロが右手で握っている何かを指さしていた。


「あ、これか?」

それを聞いて、ジロの顔は途端に自慢気になった。


「戦利品」

「せんりひん?」

皆が復唱する。戦利品の意味すら分からない奴も居たし、なにより、どこの戦利品なのかも分かっていないのだ。


「だから、そのオニババから手に入れたんだ、オレが。命からがら。もう、死ぬかと思ったんだぜ。足がちぎれるくらい全力疾走したから」

どうだ、と言わんばかりに体をのけ反る。


「すっげー。ジロちゃん、さすがー」

まだ幼い子ども達は彼の手柄を純粋に讃えていたが、ボクとかミチとか、ジロと同い年の奴らは皆疑問に思っていたはずだ。


「ジロちゃん、なんか怪しくない?」

「さあ、ボクは分からない」

ミチの問いかけにボクは興味なさ気に答えた。けれども、心のなかではミチの言葉に賛同していた。


「ねえねえ、ジロちゃん」

「ん、どうした」

「オニババって、何処にいたの?」

「あー、そりゃ言えない。こりゃ、オレの秘密。でも、連れていってやってもいいぜ」

ジロはやっぱり誇らしげで、人差し指で鼻の下をこすった。



そうして、ボクとミチとジロは、その「ヒラサカヤ」に行くことになった。その道は、普通の田舎道。ボク達がいつもよく通るような道で、とてもそんなところにオニババが居るとは思えない。

そうやって、脇道にそれたり、土手を上ったり下ったり、ちょっとした探検隊気分を味わいながら、ボク達は進んでいくのだった。


「ほら、アレ」

ジロが急に立ち止まって、むこうを指さした。


「ヒラサカヤ…あ、ほんとだ」

そこには確かにヒラサカヤがあった。

少し大きい家くらいの大きさで、ボロボロの木造建築。…良くある、田舎の駄菓子屋だと思ってもらって構わない。


「な、あそこにオニババが居るんだよ」

ジロはそんな事を言うと、また歩き出す。


「ねえ、入ってみようよ」

「え?入るの?」

ミチはあまり乗り気ではなさそうだったが、ここまで来たのだからと、最終的には渋々承諾したのだった。



「…」

「あの、すみませーん」

「おい、声出すな!」

ミチが申し訳なさそうに言った呼びかけを、ジロは低く小さい声で遮った。


「静かに、しろ」

眉間にシワを寄せたジロは、人差し指を自分の口の前で立てる。かなりいらついているようだ


「ごめん…」

ミチがそういうと、奥の方から声がした。


「オニババ?」

「ああ」

ボクの問いかけにジロはすぐ答える。同時に、「逃げるぞ」とボクの腕を引っ張った。


「ちょ、ちょっと」

「はやくしろって」

ボクとジロが引っ張りあいをしているところに、その”オニババ”がやって来た。


「はいはい、どうしたの?」


出てきたのは、顔も手もシワだらけの、おばあさん。


「げっ」

「えっと、ここって」

ボクが次を言おうとしたところで、おばあさんが驚いたように言った。


「あらまあ、そっちのぼく、あの時の子でしょ?」

「ち、違います」

ジロだ。やっぱりそうだったんだ。だって、ここは、ただの駄菓子屋じゃないか。


子供の憧れ。お菓子がいっぱい並んでいる。ボクがもっと小さいころ、100円を貰うと一目散に駆けていったものだ。10円のおかしとか、20円とか、高いものになるとそれしか買えなかったりするが、とにかく、そこは夢のような世界だった。


「駄菓子屋ですよね」

「え?…そうそう、ここは駄菓子屋よ。何か欲しい物があったら、言ってね」

おばあさんはボクににこやかな表情を向けると、ジロに向き直った。


「名前はなんていうの?」

「えっと…」

「ジロちゃんです」

「あ、おい」

しどろもどろしているジロの横で、ミチが答えた。


「そう、ジロちゃんね」

「…ちゃんとしたのは、二郎」

「いい名前じゃない」

ぶっきらぼうに答えるジロにも、おばあさんは優しい表情を向けていた。


「お菓子が欲しかったのは分かるけど、お金を払わないで持っていくのは、泥棒なの。分かるでしょう?」

「…うん」

「あの時はおばあちゃんもかっとなって怒っちゃったけど、ごめんなさいね」

「…」

「でもね、おばあちゃんは、皆にすこやかに、元気で真面目に育ってほしいの。分かってくれるかな?」

「…」

「だから、人を悲しませるような事は、しちゃいけないよ。分かった?二郎くん」

「…ごめんなさい」

ばつが悪そうに聞いていたジロだったが、彼はついに、謝った。いっぱいに頭を下げた。


「分かったらいいのよ」

「ごめんなさい。ごめんなさい」

「ほらほら、皆が居るんだから。泣いたら恥ずかしいでしょ?」

「う…ご、ごめんなさぁい」

とうとうジロは泣き出した。ボクもミチも見たことがない、ジロの泣き顔だった。初めて、ボクは彼のことをいい奴だと思った。


「よしよし」

おばあさんは、そのシワだらけの、だけれど、とても暖かな手で、ジロの頭を撫でた。

その場所だけは、時間がとてもゆっくり流れていた。



帰り道。


「これだけで良かったのかな?」

「いいんだよ。食べきれねえし」

ジロはすっかり調子を取り戻していた。といっても、あの後しばらくは泣きっぱなしだったけれど。

ボク達はおばあさんからもらった袋を手に持って、普通の道を歩いて、家まで帰っていた。


「良かったじゃん、ジロちゃん」

「うっさいな。なまいきだぞ」

言葉は乱暴だったが、ジロは笑っていた。ボクも笑った。


おばあさんは、ジロが盗んだお菓子を「プレゼント」と言って許してくれた。彼が反省したからだと言う。そうして、好きなお菓子を持って行ってもいい、とまで言ってくれた。それは、いい子たちへのご褒美だとか。


「全然オニババなんかじゃ無かった」

「優しい人だったもんね」

「そうだな」

夕焼けが綺麗だ。赤と青のグラデーションが、少しずつ色を変えていく。


「また、今度はみんなを連れてこようぜ」

ジロが言った。


「お金は?」

「持ってくるに決まってんだろ!」

ジロが怒鳴ると、皆で大笑いした。カラスもかあかあと鳴いている。


そうしてボクたちは、たくさんの宝物を手に入れた。

田舎の穏やかな光景。懐かしの駄菓子屋。こんな優しいおばあさんの怒った姿を見てみたいものです。ジロくんが「オニババ」と感じたのだから、相当なんでしょうね。優しい人ほど怒ると怖い、っていうことでしょうか。兎にも角にも、皆笑って終われて良かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 両方読ませていただきました。最初にこちらを読ませていただきましたので、こちらの方に感想を書かせていただきます。 短い話でしたが、下手な長編よりも魅せる部分がたくさんあると思います。お婆さん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ