第11話 受けられない依頼と、金貨二枚の情報
「王……ゴブリンキング、ですか」
ガスパルさんは黙って頷いた。 ミーナさんが唇を噛んでいる。受付の周りにいた冒険者たちも、いつのまにか声を潜めていた。
「王が生まれた群れは、ただの群れじゃなくなる。見張りを立て、罠を張り、獲物を巣に運ぶ。そういう知恵がつくんだ」
「獲物を、運ぶ……」
「王の前に引き出すまで、殺さずに置いておくことがある。だから〈若葉の剣〉が生きてる見込みは、まだある」
ガスパルさんの声は低かった。 でもその言葉に、私は顔を上げた。
「探しに行かせてください」
ミーナさんが困ったように眉を下げた。
「リリスさん……。捜索依頼は、もう掲示板に出しています。でも、この依頼はDランク以上のパーティーしか受けられない決まりなんです」
ミーナさんは依頼票を一枚、カウンターに置いた。 東の森の捜索と救出。受注条件、Dランク以上。報酬はギルドと〈若葉の剣〉の家族から、合わせて金貨三枚。
「私たちはEランクです」
「はい。ごめんなさい。王がいるかもしれない巣に、Eランクの皆さんを送り出すことはできません」
ミーナさんの言うことは正しかった。 それでも、三日前に杯を掲げて笑っていたカイルさんの顔が頭から離れなかった。
「じゃあ、Dランク以上の人は誰が行くんですか」
答えたのはガスパルさんだった。
「今のロンデルには、Bランク以上のパーティーが一組もいねえ。二組は王都までの商隊護衛で、もう一組は南の街道で盗賊狩りだ。残ってるのはCとDが何組かだけでな」
「その人たちは……」
「王がいる巣に、Cランクが一組や二組で潜ってどうなる。今ギルドは合同の捜索隊を組んでる。人を集めて、装備を揃えて、出られるのは早くて三日後だ」
三日後。 〈若葉の剣〉が森に入ってから、もう三日経っている。さらに三日待てば六日だ。
私は手を握りしめた。 酒場の卓で、ティムくんとセラが黙ってこちらを見ていた。
その夜、新しい家の居間で、私たちは三人で卓を囲んだ。
「三日は長すぎる」
最初に口を開いたのは私だった。 ティムくんが頷いて、セラは黙って紅茶を注いだ。
「でも僕たちが勝手に森に入ったら、規約違反になります。それに、巣がどこにあるのかも分からないです」
「うん。だから、まず場所を知りたい」
東の森は広い。あてもなく歩き回れば、それだけで何日もかかる。 ギルドの合同捜索隊も、最初の一日はきっと巣を探すことに使うはずだ。
「巣の場所が分かっていれば、捜索隊は最初の日から動ける。もしかしたら、出発も早められるかもしれない」
「……なるほど。場所を先に掴んでおけば、どちらに転んでも無駄にはなりませんね」
セラが静かに言った。
「お嬢様。こういうとき、軍では金で情報を買います」
「情報を、買う?」
「森の近くの村の猟師や、薪を取りに入る者たちは、ギルドの冒険者よりも森の奥をよく知っております。そうした者たちの話を集めて売る者が、どの街にもおります」
私は腰の袋に手を当てた。 ガルド商会に預けずに手元へ残した金貨が、まだ二十枚近くある。
結果を買うためには使わない。 自分と仲間が生きて帰るための道具にだけ使う。ガルド商会を出た日に、そう決めた。
情報は、その道具だ。
「明日の朝、ハンスさんに聞いてみよう。信用できる人を知ってるかもしれない」
翌朝、ガルド商会の二階でハンスさんは少し考えてから、一枚の紙に住所を書いてくれた。
「商会でも、街道の盗賊や魔物の噂を集めるときに頼っている男がおります。〈灰鼠〉のロロといいまして、腕は確かです。ただし、安くはありませんよ」
教えられた場所は、港に近い倉庫街の奥にある古い酒場だった。 昼間なのに店の中は薄暗く、客は一人もいない。
カウンターの奥で、小柄な男が一人、帳簿をつけていた。 年齢のよく分からない顔をしている。灰色の髪を後ろで束ね、指には墨の染みがついていた。
「いらっしゃい。……ハンスの旦那の紹介か。その銀の札でわかる」
男は顔も上げずに言った。
「何が欲しい」
「東の森で、ゴブリンの巣の場所を知りたいんです。人を運んでいくのを見た人がいないかどうかも」
ロロさんは初めて顔を上げた。 私と、後ろに立つセラとティムくんを順番に見る。
「〈若葉の剣〉の件か」
「知ってるんですか」
「この街で起きてることなら、たいてい知ってる。それが商売だからな」
ロロさんは帳簿を閉じた。
「持ってる話はある。三日前の夕方、東の森の北側で薪を拾ってた猟師が、ゴブリンの群れが人を担いで森の奥へ入っていくのを見てる。人は三人。一人は僧侶の服を着てたそうだ」
ノアくんだ。 心臓が跳ねた。
「その人たちは……生きてたんですか」
「担がれながら暴れてた、と聞いてる。少なくともそのときはな」
ティムくんが、ぎゅっと杖を握りしめる音がした。
「巣の場所は」
「そいつは別料金だ」
ロロさんは指を二本立てた。
「金貨二枚」
ティムくんが小さく息を呑んだ。 金貨二枚。銀の鈴亭に一年泊まれる額だ。
「お嬢様」
セラが私の耳元でささやいた。
「値切ることもできます。ただ、この手の者は、値切られた分だけ話を薄くいたします」
私は腰の袋から金貨を二枚取り出して、カウンターに置いた。
「全部、教えてください」
ロロさんはしばらく金貨を見つめていた。 それから口の端を少しだけ上げた。
「いい客だ」
ロロさんがカウンターに広げたのは、手描きの森の地図だった。 猟師や薪取りから聞き集めた話をもとに、ロロさん自身が描き足していったものらしい。獣道や沢の位置まで細かく書き込まれている。
「巣はここだ。森の北東、黒い岩肌の崖に開いた洞窟。猟師どもは〈黒岩の洞〉と呼んでる。昔は熊の巣だったそうだが、ひと月前から近づくとゴブリンに追い返されるようになった」
「ひと月前……」
東の森でゴブリンの依頼が増え始めた時期と同じだった。
「それと、これはおまけだ」
ロロさんは地図の崖の裏側に、小さな印をつけた。
「崖の裏に、細い岩の裂け目がある。熊の巣だった頃に、猟師が罠を仕掛けるのに使ってた抜け道だ。人一人がやっと通れるくらいだがな。ゴブリンどもが知ってるかどうかは分からねえ」
セラの目が、わずかに鋭くなった。
「裂け目の先は、洞の奥につながっておりますか」
「猟師の話じゃ、奥の広間の上に出るそうだ」
ロロさんは地図を丁寧に丸めて、私に差し出した。
「持っていけ。金貨二枚分の地図だ。写しは取ってねえ」
「ありがとうございます」
地図を受け取った手が、少しだけ震えていた。 三日間、誰も知らなかった巣の場所。それが今、私の手の中にある。
店を出ようとしたとき、ロロさんが背中越しに声をかけてきた。
「嬢ちゃん。一つ忠告しておく」
振り返ると、ロロさんはもう帳簿に目を落としていた。
「王が生まれた巣は、三日で倍になる。見立てより多いと思っておけ」
倉庫街を出て大通りへ向かう途中、ティムくんが地図を抱えた私の袖を引いた。
「リリスさん。これ、ギルドに持っていくんですよね」
「うん。これで捜索隊が早く出られるなら」
「……でも、早くなっても一日か二日ですよね」
ティムくんの声は小さかった。 でも、言いたいことは分かった。
私も同じことを考えていた。 巣の場所は分かった。抜け道もある。〈若葉の剣〉は、三日前には生きていた。
それなのに、あと何日も待たなければならない。
「ギルドマスターに、会いに行く」
ティムくんとセラが、同時に私を見た。
「ヴァレリアさんは、壁にぶつかったら来なさいって言ってた。今が、そのときだと思う」
私は地図を胸に抱えたまま、ギルドへ向かって歩き出した。




