ヌヴェル09 庚申の日
辰三「おまえ、ほんまに寝てなかったんか?」
松吉「寝てねえよ」
辰三「じゃあ、なんでこいつ出てきたんや?おまえの身体から」
庚申待ちをしている辰三と松吉は、虫籠に入っている三尸という虫を眺めている。
庚申(こうしん または かのえさる)の日の夜、人の体内にいる三尸という虫が寝ている間に身体から抜け出して、天帝(天にいて万物を支配する神)に、その人間の行った悪行を告げ口に行くという言い伝えがある。
三尸により、悪行を告げられた者は、天帝により寿命を縮められるという。三尸は人が寝ている間にしか身体から抜け出ることができないので、庚申の日の夜、一晩中起きている(これを庚申待ちという)ようになった。
辰三「とにかく、どないする?」
松吉「せやなぁ、逃がしたろうか?」
辰三「逃がすやて? おまえ、天帝さんに告げ口されるんやぞ。それでええんか?」
松吉「まあ、そんな悪いことしたとも思わへんし、それに、こいつ見てたらかわいそうになってなぁ」
辰三「ええんか?」
松吉「ええで」
天帝「まあ、おまえの気持ちもわかるが、規則は規則なのでな」
三尸「そこを天帝さま、何卒、何卒・・・」
天帝「むむ、そこまで言うのならば、今回は罪を半減ということで」
三尸「ありがたき幸せ」
天帝「にしても、起きている人間から抜け出せるとは、たいした特技じゃな。それはおまえしか出来ぬのか?」
三尸「いえ、やり方を伝授すれば誰でも」
松吉「ありゃ、戻ってきたん? えっ、罪を半分にしてくれはったん?」
三尸「助けてくださったので、罪を無しにと懇願したのですが、それが精一杯で」
松吉「いやぁ、おおきにおおきに。そこまでしてくれたんかいな?」
三尸「そこまでしか出来ませんでした。ついては、なにか私にできることがありましたらなんなりと」
松吉「・・・。そういえば、おまえ起きてる人間からでも抜け出れる技を持ってるんやな?」
三尸「はい」
松吉「実はな、これこれこういうどうしようもない悪い奴がおってな、結構皆苦しめられてるんやけど、そいつの悪行を天帝さんに知らせてくれへんかな?」
三尸「それは、もうお安い御用です」
松吉「・・・。あっ、やっぱやめとくわ。自分が天帝さんの代わりみたいなことやったらあかんわ。ええから、もうわしの身体に戻ってき」
それから暫くした庚申の日の夜
松吉「おまえ、出てくるの待ってたんや」
三尸「なにかありましたか?」
松吉「ほら、例のどうしようもない悪い奴の話してたやろ。あいつ病の床に伏せって、もう悪させんようになったらしいねん。おまえ、なにか知ってるか?」
三尸「あぁ、天帝さんに報告が上がったんでしょう」
松吉「いやいや、あいつは庚申の日の夜は絶対寝よらん奴やで。あいつの身体におまえの仲間がおっても、抜け出して天帝さんへの告げ口なんかでけへんやろ」
三尸「その悪い奴に住みついてる仲間に、伝授したんですよ」
松吉「伝授って何を?」
三尸「抜け出しの技・・・です」




