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聖女の試練、元社長のカンで突破します ~神様、このおっさんで本当にええんですか?~

作者: 向井 界
掲載日:2026/02/24

目ぇ覚めたら、天井がめっちゃキラキラしとった。


何やこれ。あの世か? いや、ワシ確かに胸押さえて倒れたはずやけど、こんなゴージャスな天井は想定外やぞ。大阪市立総合医療センターの天井はもっと地味や。


体を起こそうとして、まず違和感。


軽い。


六十年間付き合うてきたこの体、ビール腹と加齢による膝の痛みが標準装備やったのに、なんや羽根みたいに軽い。しかも視界に入る自分の手ぇが、白い。細い。ツヤツヤしとる。ワシの手ぇは革靴みたいにガサガサやったはずやのに。


「お目覚めですか、聖女様」


横から声をかけてきたんは、銀色の鎧を着た青年やった。顔がええ。モデルか。いや、ここどこや。


「聖女……?」


自分の声に驚いた。鈴が転がるような、澄んだソプラノ。六十年間ドスの効いたバリトンで生きてきたワシの声ちゃうぞこれ。


「鏡……鏡ないか?」


「はい、こちらに」


差し出された手鏡に映っとったんは、銀髪碧眼の美少女やった。


十六、七歳くらい。肌は雪みたいに白くて、目ぇは宝石みたいに青い。まつ毛長い。鼻筋通っとる。唇はほんのりピンク。


完璧や。


完璧やねんけど。


ワシやないやんけ。


「あの、聖女様……? お顔色が優れないようですが」


「いや、顔色は絶好調や。この顔最高やろ。ただな、ワシの知っとる自分の顔とちゃうねん」


鎧の青年、自称・神殿騎士のレクトが、恐ろしく丁寧に説明してくれた。



まとめるとこうや。


ワシ、田中 虎次郎、六十歳。大阪で従業員五十人の部品メーカーを経営しとった。せやけど、三十年来の相棒やった副社長の黒田に会社を乗っ取られた。取締役会で突然の解任動議。賛成多数。ワシが育てた会社を、ワシが信頼した男に奪われた。その日の夜、自宅で胸を押さえて倒れた。心筋梗塞やったらしい。


ほんで気づいたら、ここ。異世界アルティシア。聖女フィオナの体に入っとった。


「聖女フィオナ様は、本日より選定の試練に臨まれます」


「試練?」


「はい。三つの試練を突破した者のみが、真の聖女として認められます」


レクトの説明は続く。試練の内容は教えられへん。ただし、一つだけヒントがある。


「試練の核心は『見抜く力』です。聖女には、この世界の穢れを見抜き、浄化する力が求められます」


見抜く力。


ワシ、笑いそうになった。


見抜く力て。ワシが三十年、何してきたと思てんねん。中国の工場に部品発注して、ロット不良を一個ずつ検品してきたんやぞ。取引先の営業マンが「品質は問題ありません」って言うた時の目ぇの泳ぎ方で、不良率を当てられるぞ。


ただし。


ワシには致命的な弱点がある。


信頼した相手は、疑わん。


黒田のことを思い出す。三十年間、背中を預けてきた。数字が合わん時も、「黒田がやったんやったら大丈夫やろ」で済ませてきた。決算書の微妙なズレ。取引先との不自然な接待。社員の間で囁かれとった噂。


サインは、いくつもあった。


ワシが見ようとせえへんかっただけや。。




「聖女様、試練の間へどうぞ」


巨大な扉が開いた。


深呼吸する。

この体、肺活量すごいな。若いって最高やな!



よっしゃ。やったろやないか。


第一の試練は「嘆きの広場」と呼ばれる場所やった。


石畳の広場に、五人の町人が立っとる。


彼らは口々に訴えてくる。


「聖女様、私の畑が隣人に奪われました!」

「聖女様、私の夫が行方不明なのです!」

「聖女様、この町に疫病が広がっています!」

「聖女様、盗賊に全財産を奪われました!」

「聖女様、息子が冤罪で投獄されました!」


五人の訴え。全員が必死の表情。全員が涙を浮かべとる。


よう出来たプレゼンやな、と思った。


せやけど、ワシは三十年間、こういう場面を見てきた。取引先が「うちも苦しいんですわ」と泣きつく時。銀行の担当者が「前向きに検討します」と笑う時。社員が「大丈夫です」と強がる時。


人が嘘をつく時には、パターンがあるんや。


まず、畑の男。声に力がある。

本当に財産を奪われた人間は、もっと疲れとる。怒りより先に疲労が来るんや。こいつの目ぇは怒りしかない。


次に、夫が行方不明の女。

この人は本物や。手ぇが震えとる。あの震え方は、本当に心配しとる人間のもんや。ワシの工場で事故があった時、駆けつけてきた奥さんと同じ震え方してる。


疫病の男。

嘘やな。こいつ、やたら具体的な症状を並べとるけど、本当に疫病が流行っとったら、自分もビビって近寄ってこん。


盗賊の女。

微妙やな……。せやけど、「全財産」と言うとる割に、服がきれい過ぎる。本当に全部奪われたら、着の身着のままやろ。


息子の老人。

本物や。この人の目ぇ、黒田に裏切られた日のワシと同じや。信じたいのに信じられへん、でも諦められへん。あの目ぇは演技でできるもんやない。



ワシは、聖女フィオナの口で静かに言った。


「二番目の方と、五番目の方。前へ」


周囲がざわめく。審査官らしき白髪の老人が目を見開いた。


「お二人の訴えは真実です。残りの三名には、虚偽が含まれています」


言うてもうてから気づいた。聖女っぽい喋り方になっとる。

この体、自動的に上品な喋り方になる機能でもついとるんか。


心の中では「嘘つき三人、はよ帰り」って思っとるのに。



審査官が厳かに告げた。


「正解です、聖女フィオナ様。第一の試練、突破」



よっしゃ。入社試験の面接より簡単やったわ。


真実を訴えた二人——夫を探す女性と、息子の冤罪を訴える老人には、レクトが「神殿が対処します」と伝えた。老人がワシの手をとって泣いた。シワだらけの手やった。ワシのオヤジと同じ手ぇしとる。


「ありがとうございます、聖女様。あなたは本当に、真実を見てくださるお方だ」


なんや、胸がきゅっとなった。

この体、感情が豊かすぎるわ。六十年間泣かんかったのに、十六歳の体になった途端これや。


「……気にせんでええよ。ワシは見たもんを見たまま言うただけや」


また大阪弁出た。レクトが首をかしげとる。もうええわ、この子にはそのうちバレるやろ。


試練の間を出ると、廊下に他の聖女候補たちがおった。

三人。


みんな若くて綺麗な女の子で、ワシを見る目ぇが刺さる刺さる。


「あの方、一人目の試練をもう? 始まって四半刻も経っていませんわ」

「まぐれですわ。きっと」

「ふん。所詮は田舎の神殿から来た候補でしょう?」


へえ。ライバルおるんか。


こういうの、ワシ知っとるで。業界の集まりで、新参の若社長が出てきた時と同じ空気や。舐めてくるやつは放っとけばええ。結果で黙らしたらええだけの話や。


ワシはにっこり聖女スマイルを浮かべた。

この顔でにっこりしたら破壊力すごいんよ。候補の一人がちょっと怯んだ。


「皆さま、お互い頑張りましょうね」

心の声「負ける気せえへんけどな」




第二の試練は「静寂の晩餐」やった。


長いテーブルに十二人の貴族が座っとる。ワシは上座に案内された。


美味そうな料理が並ぶ。ローストチキンみたいなやつ、スープ、パン、サラダ。


「今回の試練は少々異なります」と審査官。

「この晩餐の中に潜む三つの異変を見つけてください」



異変。


ワシは社長時代、接待で何百回と会食してきた。異変を見つけるんは得意中の得意や。


まず料理。


一通り見渡す。

パンが奇数や。十二人の席に対して、パンが十三個ある。宴会の手配でパンの数を間違えるか?

ワシの会社の忘年会でも、幹事がそんなミスしたら始末書もんや。


「異変その一、パンの数が席数と合うていません」



次、テーブルの上の花瓶。

ちょっと待て。ワシの左隣の貴族の杯と、右隣の貴族の杯の位置。左の人は右利き、右の人も右利き。せやのに、右の人の杯が左側に置いてある。

これは「誰かがすり替えた」サインや。接待で相手の杯に何か入れる時の手口と同じやないか。


「異変その二、右隣の方の杯の位置が不自然です。左側に置かれていますが、お箸の持ち方から右利きとお見受けします。どなたかが杯をすり替えた可能性があります」


右隣の貴族が青ざめた。ビンゴ。



ほんで三つ目。これが一番大事なやつや。


テーブルの向かい側に座っとる金髪の騎士。さっきからワシのことを優しい目ぇで見とる。柔らかい笑顔。好意的な態度。


せやけど、こいつだけ料理に一切手ぇつけてへん。


「毒見をしている」のか、「毒が入っていることを知っている」のか。どっちかや。



ワシは黒田のことを思い出した。


あいつもこうやった。ワシに対していつも優しくて、いつも笑顔で。せやのに裏で株を買い集めとった。「虎次郎さんのことは尊敬してます」って言いながら、ワシの椅子を奪う準備をしとった。


優しすぎる笑顔ほど、怪しいもんはない。



三十年前のワシやったら、気づかんかったかもしれへん。「ええ人やな」で終わらせとったかもしれへん。


せやけど、もうあの失敗は繰り返さへん。



「異変その三」


ワシは金髪の騎士を真っ直ぐ見た。


「あなた、料理に手をつけていませんね。この場の料理に何か問題があることを、ご存知なのではありませんか」



晩餐の間が、シンと静まり返った。


金髪の騎士が笑顔を崩した。


一瞬、空気が凍る。

テーブルの貴族たちが息を呑む。


せやけどワシは怖くなかった。黒田と向き合った取締役会に比べたら、どうってことない。あの日はワシが負けた。しかも、気づくのが遅すぎた。



今は違う。



金髪の騎士がゆっくり立ち上がった。椅子が石の床を擦る音が、やけに大きく響いた。

そして—— 笑った。


今度は、全然違う笑顔やった。

演技やない、本物の。


「お見事です」


その声と共に、晩餐の間が光に包まれた。テーブルも料理も貴族たちも、すべてが淡い金色の粒子に変わって消えていく。


ぱちぱちぱち。


拍手が広がった。いつの間にか、ワシの周りを神殿の高位聖職者たちが取り囲んどった。



審査官が厳かに一歩前に出た。


「聖女フィオナ様。第二の試練は晩餐の異変を三つ見つけること。しかし真の第三の試練は、別に存在しておりました」



金髪の騎士が、ワシの隣に立った。

さっきまでの怪しさが嘘みたいに、穏やかな空気を纏っとる。


「最後の試練は『味方のふりをした者の異変を見抜けるか』。歴代の候補者の多くが、ここで脱落します。優しい笑顔を向けてくれる者を、人は疑えないのです」


そりゃそうや。ワシかて、三十年間疑えんかったんやから。



審査官が深々と頭を下げた。


「聖女フィオナ様。あなたは見事、すべての試練を突破されました」



胸が熱くなった。


笑顔の裏を見抜くこと。信頼の中に潜む異変に気づくこと。



それが、ワシが前の人生で一番苦手やったことや。


黒田の裏切りに気づけんかった。サインは何度もあったのに、見ようとせえへんかった。


あの失敗があったから——今、ここで気づけた。

そう思うたら、あの情けない最期も、まあ悪くなかったんかもしれへんな。




金髪の騎士——試練の仕掛け人やったそいつが、にっこり笑って手を差し出してきた。


「改めまして。私はこの神殿の守護者、アレクシスと申します。聖女様、これからよろしくお願いいたします」


こいつ、今度は本物の笑顔や。


一回騙された相手の本物と偽物の笑顔は、ワシでも見分けられる。


「……よろしゅうな」


うっかり大阪弁が出てもうた。聖女のオートモードが効かんかった。


せやけどアレクシスは、きょとんとした顔で首をかしげただけやった。



「『よろしゅうな』……? 異国の言葉でしょうか。素敵な響きですね」


こいつ、天然か。


背後でレクトが小さく笑っとるのが聞こえた。こいつも大概やな。




廊下に出たら、さっきの候補者たちがまだおった。ワシの顔を見て固まっとる。まあそやろな。一番最後に試練を受けたのに、一番最初に全部終わらせたんやから。


「お疲れ様でした」


ワシは聖女スマイルで通り過ぎた。心の声は「ざまあ」やけど、そこは大人の対応や。六十年生きとるんやから、これくらいの余裕はある。


神殿の窓から見える空は、大阪よりずっと広かった。雲がゆっくり流れとる。


ふと思った。


黒田、元気にしとるかな。


恨みがないかと言うたら嘘になる。


せやけど、もう関係あらへんか。

あいつが、奪った会社を上手くやれるかどうかは、あいつの問題や。

ワシは——ワシは、ここで新しいことを始めたらええんや。


還暦で新入社員。

いや、新入聖女か。


六十年の人生で学んだことが、ここで役に立つなら上等やないか。


取引先の嘘を見抜く目ぇ。決算書の矛盾を見つける注意力。部下の不満を読む洞察力。取引先の部長を接待で落とす話術。

全部まとめて、異世界仕様にカスタマイズしたる。


そして何より——人を信じて裏切られた痛み。


全部、無駄やなかった。一個も無駄やなかった。


ワシはフィオナの顔で、虎次郎の笑い方で、笑った。




「アレクシス」


「はい、聖女様」


「この国で一番うまい飯屋、連れてってくれへん? 試練で腹ぺこやねん」


「かしこまりました。……ところで『腹ぺこ』とは?」


「空腹や。腹減った。飯。メシ」


「ああ、食事のことですね! それならこの近くに素晴らしいお店がありますよ!」


神殿の階段を降りながら、ワシは異世界の空を見上げた。


青い空に白い雲。知らん鳥が飛んどる。知らん花の匂いがする。

全部知らん。全部新しい。


六十歳で死んで、ゼロからスタート。

まあ、人生なんてそんなもんかもしれへんな。何回こけても、立ち上がったもん勝ちや。


異世界生活、やったろやないか。


なんせワシ、「見抜く」ことにかけては——三十年と一回の大失敗分、誰にも負けへんからな。

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも息抜きに、楽しんでいただけたら嬉しいです。


3月12日

同じおっさんを主人公にした2作目を書きました。

「おっさん元社長、また美女に転生してしまう~魔王のお家騒動収めて、勇者を誘惑する簡単なお仕事~」

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