2話 過去の傷(前編)
不思議な夢でサナの声を聞いた主人公アデル。
窓から差し込める夕日を見ながら昔の事を思い出す。
9年前の出来事の前日、今いるケストレア王国の外れにあるスフリル村で暮らしていた。
僕と妹のサナはその日、母の食事の手伝いをしていた。野菜と肉を煮込んでいる母に妹が胡椒の実を潰しながら聞いた。
「母さん亜種族って動物なの?」
母はまだ5歳の娘には似つかわしくない言葉が出てきて驚いている様子だった。
「どこでそんな言葉を聞いたの?」
母は料理の手を止め妹の頬を両手で揉みながら聞いた。妹は少し思い出しながら話す。
「えっとね、えっとね、大人の人達が最近、作物に悪さしたり、木を倒している悪いやつの事をね、そう呼んでたんだよ。」
ニコニコしながら話す娘を母は少し曇った顔をしながら抱き上げた。丁度その時、僕も食卓に置いてある花瓶の水を入れ替えて戻ってきた。調理場から聞こえる話し声が気になり会話に参加した。「何の話をしてるの?」
すると母より先に妹が答えた。「亜種族について聞いてたの。」
僕もその頃はまだ知識が浅く、ただ恐ろしいという曖昧な認識だったので、とりあえず妹をからかおうと両手を広げた。
「亜種族って言うのはねサナみたいな子を食べちゃうんだぞ。」
ねっとりとした言い方で怖がらせると妹は「いや!」と母の服を強く握りしめた。母は自分の体をひねらせ、僕に半分背を向けた。
「こらこら兄が妹を怖がらせるんじゃありません」。そう言いながら妹の頭を撫でた。
「アデル、こっちにいらっしゃい。」僕は母の隣へと行き、母は妹を隣に下ろし、しゃがんだ後に二人の肩に手を置いた。
「いい?二人共、亜種族は人間ではない人のことを言うの。魔法を使って悪さをする恐ろしい人たちなの。もし大人達が亜種族が出たと叫んでたら、まずは近くの人と一緒に村の真ん中にある教会を目指して。きっと教会の人達が助けてくれるから。父さんやお母さんは村の人達と戦うから一緒には居られないかもだけど、必ず貴方達を迎えに行くと誓うわ」。
母の強い眼差しに気圧されて二人は黙って頷いた。
この村は教会を中心に円形に広がっており、半径が3世帯が点在している。そんな民家とは違い石レンガで壁がつくられていて、尚かつ女神セルリアの加護により守られているため、一番安全だと思われていたのだろう。
母は立ち上がると手を叩き二人に言った。「さあ話は終わりにして夕食の準備を手伝って頂戴」。二人は顔を合わせ元気よく返事をした。「はーい」。
その言葉と同時に扉を開く音がした。父の帰宅である。「ただいま。」父の声が調理場まで届く。
「おかえり父さん!」僕と妹は父を迎えにフロントドアに向かって走った。母も歩きながら迎えに行った。ブロンズの髪色に深緑のシャツを着ていた父さんは少し疲れている様子だったのを覚えている。
「あなた、おかえりなさい。疲れてるでしょう。ご飯もう少し掛かりそうだから椅子に座って待っていて。」そう言って母は調理台に戻っていった。
「ありがとうストベラ、悪いがそうさせてもらうよ。」父は椅子に座り背もたれに身を任せてため息をついた。その首には家族写真の入っているペンダントが垂れ下がっている。僕達は母の手伝いに戻る。
◇◆◇
夕飯ができ、一同が食べ終えたところで父は話を切り出した。
「アデル、サナ、母さんと大事な話があるから君たちは先に寝てなさい。アデルは明日溜め井戸用の水を汲む日だろ。なら早く寝た方がいい。」
確かに前回の水汲みでは寝坊して参加しなかったことを母に怒られたので、今回は早く寝ようと前から決めていた。「分かった、先に寝てるね。行こうサナ。」ご飯を食べたせいか眠そうな妹は目をこすりながらこくりと頷き、二人は二階へと上がっていった。
その夜、僕は途中で目が覚めてしまいトイレに行こうとしたら、父と母の会話が下から聞こえてきたので、聞こえるところまでゆっくり階段を降りていき、腰をおろした。
「では、このあたりにもう痕跡が結構あるの?」「ああ、村長と男連中で調べてみたがどうやら複数の魔法使用の痕跡を発見した。」魔法って母が亜種族が使うと言っていたやつか。僕は驚きながらも話を聞いた。
「術式の特定まではできなかったが周辺に刻印魔法らしきものも見当たらなかったから、おそらく偵察の可能性が高いだろう。」
あの頃の僕にはこの会話がわからなかったが、今なら理解できる。刻印魔法はあらかじめ物体に術式を刻んでおくことで少量の魔力を込めるだけで発動する方法だ。僕ら人類も昔に成功し、魔力を神聖力に置き換えて、今現在も幅広い分野で活躍している。
「それでもこの村が目につけられたことは変わりないのね。明日の水汲み行事は中止にするの?」
「子供たちを不安にさせないために予定どおり行うそうだ。ただ道中の護衛は設けるそうだよ。」
「そう、それで村長はいつ事態をみんなに伝えるの?」
「明日の日没頃に王直属の近衛隊から3人とその配下が50人で村に調査に来てくれるそうだ。そこで伝えると帰る前に話し合って決めた。そして翌日にはこの村を出て王国の避難民キャンプで1週間過ごした後、帰っていいという話だ。」
「翌日に出立とは随分早いんですね。」
母の声が少し震えているようだった。
「アデルは王国に行きたがっていたから多少は大丈夫だろうが、サナはまだ5歳だ。辛い経験になってしまうかもな。」
「またあれを使うときがくるのかしら。」
「さぁ、だが出番がないことを祈るばかりだ。」
「そろそろ寝ましょう。来客があるとのことですし、アデルやサナが心配だわ。」
「そうだな寝るとしよう。」
そろそろ上がってきそうだったので僕はベットに戻り、考えていた。英雄がいれば悪いやつみんなやっつけてくれるのにと。
そう、英雄はもういない。僕が生まれる前に死んでしまったのだ。代替わりの時期を迎える前に。
◇◆◇
朝、霧が少々かかっていた。アデルとサナは目を覚まし顔を洗った後、銀製のティアラを頭にのせ、水汲みへ向かった。しきたりで両親の見送りはない。近くに川がない村は年に3度くらい村の中央の大井戸に子供たちが水を汲む行事がある。それが今日である。
そしてこのティアラには女神の加護が施されており、水没を防いでくれる有難いものなのだ。川から井戸まで片道村3個分と行ったところで、これを何周もする。
井戸の周りに子供たちが集まる中、僕は誰かに背中を叩かれた。振り返るとそこにはベージュ色の髪で頭に同じくティアラをつけたトウヤの姿が見えた。
「今回は参加出来るんだな。妹に起こしてもらったのか?」
静かな性格は今と変わらずだが、表情が穏やかなのは今とは違うところだ。
「うるさい、ちゃんと一人で起きたよ。」
トウヤは怪しいと目を細めながら僕の顔を覗き込んできた。そしてサナを見て、
「ほんと?」と聞いた。サナは黙って頷くとトウヤはびっくりしたのかその場で固まった。
「あのアデルが一人で起きたなんて信じられない。成長したんだね。」
トウヤは涙を拭う仕草をし、僕をからかっているのだ。そうして楽しく会話をしていた時、村長が高台にあがり開始の挨拶を始めた。
「みんな集まったか。今日は霧で見えづらくなっているから、足元に気をつけて進むのじゃぞ。」
村長は右手をあげ大きな声で告げた。
「それでは恒例の水汲みを開始する。わしが先導するからついてこい。」こうして一同は川に向かって列をなして森の中へ進んでいった。とはいえ一本道なので迷うはずもなく、しばらくすると川の流れる音が聞こえてきた。そろそろだろうか。そう思っていた時、
「着いたぞみんな、あとは水を汲み来た道を戻るを繰り返すだけだ。」
そう言って村長が指さした方向には、木々の間をうねりながら流れている小川があった。
一同は水汲みを開始しそれぞれのペースで運んでいく。これが僕らの生活水を賄っている。
水は神聖力でも出せなくはないが、作物の成長には天然の水が適しているらしい。なんでも神聖力で生み出した水では本来とは別の物が育つのだと教えてもらった。
そんなわけで水汲みをするのだが、あまり乗り気ではない。単純な肉体労働だからだ。
大人たちは忍耐力を小さい時から云々、と小さい時言っているが、子供だけでこの仕事をこなすのは、正直きついだろう。集まる量もあまり期待できない、それでも伝統を受け継いでいくことにも意味があるのだと母は話していた。そんなことを考えながら歩いていると後ろからトウヤが話してきた。
「今回は何周出来るかな?」
やる気十分なトウヤは木製のバケツ二つを両手に持ちながら振り上げて見せた。
「なら勝負するか。どっちが多く運べるか。」
僕はニヤリと笑い挑発した。
「望むところだ。負けたらバケツ一杯の水一気飲みな。」話していたら後ろからサナが声を挙げた。
「私も参加していい?」
サナは手にバケツ1個を両手で持ちながらよたよたと近づいてきた。
「サナちゃんは何周できるかで勝負しよっか。」
トウヤは妹に優しく提案した。
「うん。」勢い良く返事をしたサナは走ろうとしたが前方横のくさむらから人影一つが現れた。
霧のせいで見えないが体格からして子供ではない人影は、真っ直ぐこっちに向かって歩いてくる。
「サナ!後ろに下がって」アデルが言い終える前に人影は3人の目の前に忽然と現れた。全身をフルプレートメイルで固め、背の高い人物だった。
2話を読んでいただきありがとうございます。
また誤字脱字、修正点などありましたらコメントに書き込んで下さると幸いです。
次回幼き3人はどうなってしまうのか。
過去の傷(後編)をお楽しみに




