1話 プロローグ
そこは白い空間だった。いや白い世界というべきなのかもしれない。上下左右見渡す限り純白のその世界は、まるでこの世の行き着く果てのようだった。地面という概念が存在せず、浮いているのか落ちているのか、体の動かない今の僕には知る術は無かった。そう思っていた最中、黒い点が目線の先に現れた。
最初は小さかったその黒い物体は徐々に広がっていきやがて白い世界を飲み込み辺りは闇に包まれた。
そしてようやく体や口が動くようになった。
次の瞬間、「はっ!!」背中に強い衝撃が走り、倒れ込んだ。地面についたのだろう。しかし依然として黒く何も見えない。とりあえず手を伸ばして辺りを探りながら歩いていると何かに当たった。
壁だ。息を大きく吸い前へ押しだそうとする。もしかしたら出られるかも知れない。
だが壁はびくともしなかった。神聖力を手のひらに集中させて壁に向かって流し込んだが、結果は同じだった。セイゲル師匠から習った結界に対抗する手段だったが、肝心な時には使えないのでは意味がないな。
「誰か!!」大声を出してみたものの反応はなかった。
とりあえず壁をつたって移動してみることにした。だが数歩進まないうちに壁が緩やかに内側にカーブしており、やがて一周していた。狭いと気づいた時には何周していただろうか。壁から反対の壁まで15歩程度しかなく僕はその場に膝をつき、一息ついた。
出られない。
心が折れたような気がした。そう思った時、地面にひとつの光が現れた。
そしてまたひとつまたひとつと光は黒い空間に点在するように増えていった。まるで夜空に浮かぶ星のように。「綺麗だ」。思わず口に出した言葉はとても小さくその空間に響いた。僕は再び立ちあがり光の点を眺めていると、その中に一際光の強い点を見つけ、近づこうと歩みを進めた。その時光の点は、一瞬震えた次の瞬間強い閃光を放った。僕はあまりの眩しさに反射的に腕で目を覆ってしまった。
「アデル」、野太い声が僕の名前を呼んだ。腕を下げ目を開けるとそこはまた白い世界に戻っていた。しかし声の主は見当たらない。
「アデル」、また名前を呼ばれたが今度は幼い少女の声だった。僕はこの声に聞き覚えがあった。「サナ!」咄嗟に叫んだ僕の言葉は空間にこだますだけで届いているか分からなかった。「アデル」、今度は大勢の人が僕を呼んだ数百あるいは数万の人のあまりの声量に驚き、少し鳥肌が立った。
「アデル」、今度は静かな囁き声が聞こえた。優しく、しかしハイトーンな声音は少し残念そうに聞こえたが、続けて衝撃的な事を口にする。
「やはりあなたは気付くのですね。」
会話ができるのか、分からないがこのチャンスを逃す訳には行かない。僕はこの空間から出る方法を聞くことにした。
「初めまして、どなたか存じ上げませんがここから出る方法って知りませんか?」
恐る恐る聞いたが逆に問われた。
「私を恨んでいますか?」
「恨んでなんかいません決して。」
反射的に応えてしまったが、内心恨みよりも出れない不安と焦りの方が強かった。それに会話が成り立っていないような気もした。
「いずれにせよあなたはこの瞬間、初めて知るのです。」
覇気の籠った声で言われ不安に駆られながらも聞いた。「何を?」
「世界の結末は決して変えられないことを。」
次の瞬間体が浮いたかと思ったら落下し始めた。落ちている最中も何か話していたようだが聞き取れたのは最初だけだった。
「頑張りなさい英雄アデル、先の出来事は、」
俺が英雄、まさかこんな落ちこぼれの人間がそんな大層な者になれるわけない。
そう考えていると落ちていく先から怒号が聞こえた。
「おい、おいアデル起きろ成績下げられたいのか。」
気づいたら木製の机に突っ伏していた。重たい顔を上げた視線の先には石レンガの壁を背景にこの学校で怒らせてはいけないと言われている。基礎学の担当のファーゼン先生の白髪交じり髪と顎まで伸びた口元の髭がぼんやりと見えた。
「アデル君、なぜ君は毎回私の講義の時に寝るのかね。」
そんなの決まってる。やや年配の先生の話しは退屈なのだ。そう考えた瞬間しまったと思った。目の前の先生は顔を引き攣らせている。
「そうか、君はいつもそんな態度で授業を受けていたのだな。」こいつの特殊能力、すっかり忘れてた。そう思いながら体を奮い立たせ全力で逃げようと立ち上がり後ろを向いたが遅かった。
ファーゼン先生は手に神聖力を集中させ、持っていたチョークを僕に向かって投げつけた。
素早く飛んできたチョークは僕のつむじに直撃、姿勢を崩しそのまま顔面から地面に倒れた。「へぶ!」この教室にいる生徒全員は呆れ顔でアデルを見ていた。もちろん誰も僕を助けようとはしない。なぜならこのやり取りはファーゼン先生の講義では当たり前の光景だったからである。それを知ってか周りのクラスからも助けに来てくれる先生は前は何人か居たものの今は誰一人として来ない。
「お主はそこで少々反省しておれ。」そうして手を2回ほど叩き生徒に切り替えの合図をする。「さて授業を再開するぞ。」しかしその言葉を言い終えると同時に塔の鐘がなった。
「おや終わってしもうたな、仕方ない今日の講義はここまでとする皆早めに帰宅するのだぞ」。
そう言って先生は教室を離れた。生徒たちも僕を気にかけることなく次々に教室を出ていく中、隣の教室から1人の少年がアデルのもとへ近づいていった。
「またファーゼンの爺さんにおこられたのか。」
野太い声がした。地面についた顔を上げると僕の顔の前へしゃがみ込み満面の笑みを浮かべている親友のトウヤが見えた。どうせからかいに来たのだろう。トウヤはアデルの顔を見るなり呆れた顔で言った。
「相変わらずのやられっぷりだなアデル、さっさと医務室にいけ顔擦りむいてるぞ」。
いつも無愛想な顔も、このときだけはやや緩んでいる。「あの先生容赦ねぇ。」苦し混じりの声にトウヤは静かに言った。
「それはお前がまじめに講義を受けないのが悪い。」
言い訳を考えたがいいものが浮かばなかったので僕はこう答えた。
「ぐうの音も出ないよ。」
立ち上がったトウヤは片手を腰において言った。
「英雄を目指していた昔の君が泣くぞ。」
英雄を目指していた。懐かしいなと思いながら体を起こしトウヤに聞いた。
「今日は店の方はやってるのか?」
もちろんと言う顔でトウヤは頷いた。
「分かった。医務室に行ったらすぐに向かうから校門前で待ってて。」
そう言い終えると小走りで教室を出ていき廊下に差し込む夕日を見ながら昔の事を思い出していた。そういえばあの日も夕日が綺麗だったな。そう、9年前僕が英雄になろうと決断したその日は夕日がいつもと違い綺麗な日だった。
初投稿です。読んでいただきありがとうございました。アデルの過去に何があったか続編をお楽しみに




