決意
「……終いだな」
高宮が小さく呟いたその声は、部屋の中に散って沈み、どこに返ることもなかった。
空は朝からどんよりとしていたが、夜更けに雨が、降り始めた。
今も、それが窓を細かく叩いている。
濡れたアスファルトが、薄暗い街頭に照らされて、鈍く反射していた。
高宮孝一は、ソファに深く腰を沈め、天井を仰ぎながら、煙草を吸った。
部屋の明かりも点けず、スーツの上着もそのままで、ネクタイだけが中途半端に緩んでいた。
久々に顔を出した会合は、久々に会う幹部連中もいたはずだが、ひどくつまらなかった。
若頭という立場に寄ってくる香水臭い女たちを撒く気も失せていた。
灰皿に置いたはずの煙草が、落ちて床に転がる。
何もかもがうまくいかず、苛立ちだけが残る。
若い衆がよく、「酒で忘れる」とぼやいていたのを思い出し、淡い期待だけで、好きでもないウイスキーをボトルから一気に飲みほした。
「…なさけねぇなぁ、若頭のくせによ。」
スマートフォンの画面を点けては消し、また点けては消し、テーブルに伏せて置く。
連絡先は、消した。
履歴も、消した。
このスマートフォンに、森川 花の名前は、もう、ない。
ついさっき、最後に1枚だけ残していた写真も消した。
花が、現場で自撮りしながら、画面の端に自分を「隠し撮り」した一枚。
その日の夜、「初めてのツーショット!」とメッセージで送りつけてきた。
すべて、消した――はずだった。
結局は、頭の中に、そのまま形も変えずに残っている。
仕事の時の落ち着いた話し方。
笑うと高くなる声。
冗談を言うときに、一瞬だけ伏せる視線。
「高宮さん」と呼ぶ、声。
床に転がった煙草を踏みつけ、新しい煙草に火をつける。
赤い火種が、闇の中で小さく揺れた。
――このままだと、奪う。
自分のほうが先に壊れるなら、まだいい。
自分が壊れたら、あの女の人生を壊してしまう。
想いが抑えきれなくなったら、どちらに転んでも、先に待っているのは、終わり、だ。
その夜、高宮は決めた。
森川 花の世界から、自分が消えることを。




