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眼鏡と生き延びるために話をしよう ーこれからの眼鏡と正義の向学ー  作者: 沢城据太郎
第一部:新たなるアイドル

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6/6

6.新たなるアイドル






 福江聯倶郎(ふくえれんぐろう)の店で眼鏡を購入してから一か月後。一人暮らしをしている都内の自室にて。


 代子(しろこ)は部屋にいるときに未だに使っている先代の眼鏡を外し、鏡に思いっ切り顔を近付けながら自分の顔にファンデーションを塗っていた。

 普段のメイクはコンタクトレンズを入れてから行っていたのでそれほど気にならなかったが、代子ほどに視力が悪いと、裸眼でのメイクはかなり難しい。

 顔にファンデーションを塗るだけでも顔をギリギリまで鏡に近付けないとどこを塗っているのかわからなくなる。


 しかし、今日のメイクはそれほど丁寧に行う必要は無い。

 ファンデーションをムラ無く薄く塗って、唇とほぼ変わらない色味のリップクリームを塗って、メイクは完成。


 アイメイクは一切しない。

 むしろ、新調した眼鏡が最強のメイクアイテムと言えなくはない。


 自室に居るときやタレント業で出掛けるときはこの新調した眼鏡は利用していない。

 やはりレンズが太くて少々重いので普段使いにはやや向かない。


 専ら、プライベートで出掛けるときに利用するポジションになっている。新調した眼鏡は、トータルコーディネートを強要する難易度の高いおしゃれである。







 完成した眼鏡を受け取るために眼鏡屋『TEARDROP(ティアドロップ)』に訪れた際。


 ケースの中から取り出された眼鏡を手に取る。


 リムの丸いラウンド型眼鏡。

 フレームは黒いプラスチック製で存在感がある。

 一見すると普通の丸眼鏡なのだが、手に取ると妙な重厚感があり、横から見るとレンズが冗談みたいに太いのが見て取れる。

 まさに、瓶底眼鏡。


 早速、掛けてみる。


 驚くほどそれは顔にフィットしていた。

 鼻筋もこめかみも耳の裏にも、新しい眼鏡を掛けたとき特有の締め付けるような感覚は一切無く、それでいて緩過ぎてずり落ちそうな心許無さも無い。

 パズルピースの正解のようにピッタリと、わたしの頭と顔に噛み合っていた。

 さすがはオーダーメイド品である。


 早速鏡を見てみるか。

 代子は視線を鏡に向けた。


 その瞬間、代子は一瞬絶句し、思わず視線を逸らしてしまった。


「え……、あれ?」


 戸惑いながらまた鏡に視線を戻す。

 その首をスイングする道すがら、検眼枠の下で真剣な眼差しをこちらに向ける聯俱郎の眼差しを目にする。


 そして改めて鏡に向き合う。

 新調した眼鏡を掛けた代子の顔。


「え、ええええぇ~……?」

 思わず、素っ頓狂な驚嘆の声が出てしまう。


「なんか、目の位置が変わってませんか?」


 そして思わず聯俱郎の方に向き直ってしまう代子。


 まず、聞いていた通り、極太瓶底眼鏡のレンズ越しに見た代子の目の大きさはプリズムの効果により本来の半分ほどのサイズになっていた。

 眼鏡越しに、顔の部位の目だけが画像編集アプリで縮小させたように小さくなっているのだ。

 しかも、それだけではなく、目の位置自体が若干ズレている気がするのだ。

 眼鏡を外しているときよりも、明らかに離れ目気味になっている気がするのだ!


「ふたつほど理由があります。ひとつはリム同士を繋ぐブリッジに細長いチタン製の材質を使用し、リム同士の距離が長く見えるように細工をしています。そしてもうひとつはレンズ。実は通常のレンズの加工と違い、瞳から少し外側にズレた位置に凹レンズの底が来るように調整しています。光が薄い方に引っ張られて目の位置がズレて見える訳ですね。綿密に調整は加えましたがかなりイレギュラーな加工ですので、もしかしたら視界に異常があるかも知れませんが、いかがでしょうか? 視界に違和感はありませんか?」

「え、あ、いや、全然問題ありません。違和感無いです」

 そう言いながら代子は、また改めて鏡を見た。


「すごい……、すごい、すごく酷い……」

 酷いと言いつつも、その口元には笑みさえ浮かんでいた。


 代子の大きくて形の良い眼差しは、眼鏡による収縮でノーメイクのとき以上に小さくなっており、しかも人の顔として違和感の無いギリギリの位置まで離れ目になっており、元々の自分の目元の面影が全く無いのだ。

 目が小さくて離れ目気味の、かなり地味で個性的な目元になってしまっている!


「すごい……、この眼鏡、最高です! わたしが本当に欲しかった眼鏡はこれかもしれません!!」


 代子は、少女のように声を弾ませながら聯倶郎に向き直る。

 しかしそれを聞いた検眼枠の男は笑顔ではあるが、どこか憂いのある寂しげな表情を浮かべる。


「ありがとうございます。我ながら最高の仕事が出来たとは思うのですが、しかしその眼鏡を持ってしても、真壁まかべ様のお美しさを覆い隠し切れていない気がしてなりませんね……」


「そんなことありませんよ」

 代子は力強く言う。


「ここまで出来ればあとはもうひと工夫です。見てて下さい。上手くやってみますよ!」






 そう、眼鏡を掛けただけでは少し足りない。

 丸眼鏡の中で小さくなった眼差しで鏡を見詰めながら頷く。


 そこで代子が取り出すのが頭に被る黒いネット。

 頭に被って、髪の毛を押さえ付けるためのものである。


 代子は、それを頭から被り、シースルーバングの前髪と軽くブリーチしたショートボブの髪をネットの中に押し込んでいく。


 黒いネットを被って、マネキンのようになった自分の頭を確認し、今度はウィッグを取り出す。

 黒髪のショートカットのウィッグ。


 代子はそれを被り、位置を調整しつつほつれた髪を解す。

 そして位置を確認するとウィッグの中にヘアピンを刺し、ウィッグを頭に固定する。


 被ったウィッグは、黒髪のボブ。

 少しブリーチした地毛のボブのようにふわりと少しだけカールを入れたものではなく、おかっぱと言えるレベルで真っ直ぐなもの。

 頬の輪郭を隠しているようでいてそれが逆に顔の丸っこさを強調してしまう、代子にとっては鬼門の髪型である。

 顔の丸っこさを強調するのに加え、髪量の多さで顔に重い印象も加えてくる。


 しかもそれに加え、真っ直ぐに切り揃えられた前髪は眉毛の位置よりも短い。

 これによりおでこの丸さが目立ってしまい、顔の丸さがいよいよ強調されてしまうのだ。


 髪の解れが整った辺りで、代子は改めて、顔の全体像を確認する。

 そして、そのあまりの出来に代子は吹き出してしまう。


 いや酷いな、いくらなんでもブス過ぎる。


 徹底して忌避してきた前髪ぱっつんオン眉の重たいおかっぱ頭は代子の丸顔をこれほどかと強調し代子の顔の輪郭を丸く浮き上がらせているような状態になってしまっている。

 それでも裸眼の代子の整った目鼻立ちなら野暮ったくなり切らずに素朴な印象の美人にしか見えなかっただろう。


 しかし、かつてアイドルとして活躍していた代子の最大の武器であるその蠱惑的な眼差しは特注の瓶底眼鏡で完全に台無しにされていた。


 屈折率が低く、なおかつ光学中心を意図的に外側にズラしているレンズは代子の目を本来より非常に小さく離れ目気味にしてしまっている。

 それが丸顔を強調するオン眉おかっぱ頭と組み合わさることで、かなり癖のある、可愛い寄りと言えなくはないが決して美人とは言えない蛙みたいな顔の芋っぽい女が完成してしまっている。

 子供っぽいよりもおばさん寄りの顔である。

 下手をすれば10歳くらい年上に見られかねない。


 服装にも気を遣いたい。

 着ているのはゆったりしたベージュのワンピース。そこにクリーム色のボレロカーディガン。

 体型に自身が無い女の子が選びがちなコーディネート。

 少しだけ体重が増えたけど、まだまだアイドルとしてやれるレベルに引き締まった足回りと腰回り、まあまあボリュームがある方の胸も、全部隠す。


 『ダメなりにおしゃれをしている感』を出すために、グレーのバケットハットを被ってみる。

 ただもはや、帽子ひとつでなにかが変わるようなことは無く、鏡の前には丸顔眼鏡の地味な女が立っているだけだった。


 やっぱり眼鏡が凄い。

 たぶんこれが普段使いの眼鏡のままだったらこの地味コーデでもまだ美人っぷりを隠せていないだろう。


 聯倶郎謹製の眼鏡が、ヒトを魅惑する出力装置としての目の機能を徹底的に駄目にしてくれているお陰で、自分の眼差しに、全然ワクワクしなくなってしまっている。

 気持ち悪くなるギリギリの離れ目に、むしろ落ち着かなくさせられる。


 代子は鏡に顔を寄せ、自分の眼鏡を改めて観察する。


 レンズ越しの自分の顔は瓶底眼鏡によってギュッと収縮される。


 そしてレンズの縁に映っている白い曲線。

 太過ぎるレンズの厚みが、レンズ自体に映っているのだ。

 つまりこれは、漫画のぐるぐる眼鏡に描かれる円の正体である。


 最初のイメージとはかけ離れているけれど、聯倶郎は、「ぐるぐる眼鏡が欲しい」という代子の願いを叶えていたのだ。






「お待たせしました。アイスカフェオレです」


 繁華街の外れのカフェのカウンター、たぶん大学生くらいの男の子の店員にお礼を言いながら注文したアイスカフェオレを受け取る。


 笑顔を作らないように細心の注意を払いながら、真顔で。

 アイドル家業のせいで、男の人に対する軽率な笑顔が癖になっているので、この眼鏡を掛けているときは妄りに周囲に笑顔を振り撒かないように気を付けねばならない。

 可愛く見えてしまう。


 店員さんのリアクションは、特になにもなかった。

 まぁ普通はなにもないものなのだろうけれど、普段のわたしの姿だと、あれくらいの若い男の子なら(代子がアイドルをしていたと知らなかったとしても)高確率で身構えさせてしまう。

 いまさっきはそれが無かった。

 取るに足らない、『普通の女の人』だと認識されたのだろう。


 このカフェに来るまでの道すがらに関してもそうだ。

 それなりに人通りのある道を通って来たにも拘らず、すれ違う男性も女性も代子の容姿に対してなんの興味も抱いている様子は無かった。


 代子は席に着き、アイスカフェオレをひと口飲む。


 自分が、『眼鏡を外せば実は美人』であることに堪らない多幸感を噛み締めていた。


 そもそもだ、代子が「アイドルにならないか?」と誘われて請け合ってしまった理由のひとつが『眼鏡を外せば実は美人』になるための布石だったと思う。

 地味な眼鏡の女の子が実はアイドルでした、とかいかにも定番ではないか。

 そんな少女漫画でいかにもありそうな、幼稚な理由でアイドル活動をしていたのだ。


 代子は鞄から付箋が大量に付けられたノートと同じく付箋塗れの簿記二級の問題集を取り出した。

 今日街に繰り出した理由は気分転換に外で勉強するため、そして地味な服装に地味なメイクと似合わないウィッグと特製の眼鏡でコーディネートした姿を福江聯倶郎に見せに行くためだ。


 あの人ならば自分のこのコーディネートの『良さ』を余す事無く理解出来るはずだ。


 代子は、勉強をしている自分の姿を自撮りしたい衝動を抑えながら勉強に没入した。






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第一部『新たなるアイドル』編 終幕






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