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眼鏡と生き延びるために話をしよう ーこれからの眼鏡と正義の向学ー  作者: 沢城据太郎
第一部:新たなるアイドル

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1.検査用眼鏡の男






「いらっしゃいませぇ」


 ずらりと眼鏡のフレームが並んだ店内を眺めていた真山代子(まやましろこ)は、店の奥のレジから聴こえた声に振り向き、絶句した。


 乳白色のスーツを着た店員らしき男性が代子の方を見ているのだが、その人物が掛けている眼鏡が、明らかに普通ではない。

 レンズは小さめで黒いフレームが太い、いや太いというより、レンズに沿った曲線にびっしりと目盛りと数字が書かれており、リム(眼鏡のフレームの、レンズを囲んでいる部分)の縁からぴょこんと持ち手のようなものが跳ね出ている。

 間違い無い、眼鏡を買ったことがある人なら誰もが掛けさせられたことがある、薄いレンズを複数枚差し込んだり外したりして装着者の視力を計る検査用眼鏡である。

 あの眼鏡の掛け心地の悪さは、いまでも鼻筋とこめかみが覚えている。


 代子はその怪人物をどのように判断してよいものか瞬間的に結論付けられず、反射的にぺこりと小さく会釈をした。

 検査用眼鏡を掛けた男は口元だけで小さく微笑み、また全身を横側に向け、デスクトップパソコンのモニターを凝視しながらキーボードに何やら入力する作業を再開した。


 ちょっと待って? その検査用眼鏡を掛けたまま作業するの? という疑問が代子の頭に浮かんだ。

 店内に並んだ眼鏡を物色するフリをしつつレジの男の様子を横目で観察していたが、男はそのままディスプレイを凝視し続けており、検査用メガネを外す素振りを見せなかった。


 ……奇妙ではあるが、それ以上に代子の興味は店内の陳列物に向いていたので、とりあえず店員の謎の眼鏡は脇に置いて、店内の物色を始める。


 この店は最寄駅から少し離れた路地裏の雑居ビルの3階。

 路地裏とは言うものの、どうやら商店が密集するように集められた特区のような場所で、昭和レトロを感じる長屋と真新しい3~4階建てのテナントビルが混在し、その大部分にこだわりが深そうな飲食店やファッション・雑貨の専門店が出店している。


 この眼鏡屋もそんなこだわりある専門店と言えるだろう。

 内装自体は一般的な眼鏡販売のチェーン店を踏襲した広々とした清潔感のある店舗。

 明るい照明にモダンな棚や壁面。所々に配置されている鏡。

 そして棚やテーブルに無数の眼鏡のフレームが配置されている。 


 客は代子以外居ない。


 商品に関して奇妙なのは、その整列した眼鏡のフレームに統一感がまるでない点だ。

 フレームの形状や大きさがバラバラ。丸いモノから細長いものから四角いものまで様々。

 デザインも、一般的なよく見るようなデザインから妙に流線型の未来的なもの、クラシカルな形状のものから鼻当てすらない丸眼鏡まで陳列されている。


 それらのメーカーも出自も年代もなにもかもバラバラに見えるフレーム群が、一般的な眼鏡屋さん同様に整然と等間隔で並べられ、それら全てには隣に小さなカードが添えられ、各眼鏡に関する解説がびっしりと書かれていた。

 ほとんど眼鏡の博物館と言っても過言では無い様相だがそれら全てには値札も添えられており販売物であることが見て取れる。

 値段も数百円から数十万円するものまで同じように不規則に並べられていて、並び方の法則性は全くわからない。


「……?」

 代子は、壁際の一角で足を止める。


 壁際に鏡台を思わせる小さなテーブルと椅子があるのだが、本来鏡がある場所には鏡の代わりに縦長のモニターが設置されている。

 レンズの大きな眼鏡をモチーフにしたロゴと『TEARDROP』という横文字がスクリーンセイバーとして表示されている。


「目が悪い方に眼鏡を掛けた顔を確認していただくためのモニターですよ」

 代子は、少し驚いて振り向く。 

 先程までカウンターでパソコンを動かしていた白いスーツの男性が、いつの間にか代子の隣に立っていた。


 検査用の眼鏡は装着したままである。

 そのままの顔で営業スマイルを浮かべている様は正直まあまあ不気味だ。


「モニターの上辺りにカメラが付いておりまして、テーブルの端に録画ボタンと再生ボタンがあります」

 そう言いながら検査用眼鏡の店員は身を乗り出し、テーブルの端に付き出た赤いボタンを押す。

 するとスクリーンセイバーを映していたモニターの画面がパッと切り替わり、モニターの前に立つ代子と身を乗り出してモニター脇のボタンを操作する検査用眼鏡の店員の姿を映し出す。


「もう一度録画ボタンを押すと録画が停止しまして、隣の再生ボタンを押すと……」

 検査用眼鏡の店員は隣の青いボタンを押す。そうすると停止した画面が切り替わって画面の中の2人がまた動き出す。

 録画ボタンを押している間の代子と店員の録画を再生しているのだろう。


「店頭の眼鏡のレンズには度が入っていませんから。視力が低いお客様はご自身の眼鏡を外すと視界が全てぼやけて鏡に映った自分の顔を確認出来なくなってしまいます。こちらの端末で店頭の眼鏡を掛けた顔を一度撮影していただいて、またご自身の眼鏡を掛け直して録画を確認していただくためのものです。スマートフォンで自撮りするのも悪くはないのですが、やはり大きな画面で全体像を確認していただいた方がより確実ですからね」

「確かにそうですよね。この設備はだいぶ助かるかも……」


「……もしかしてお客様は、普段は眼鏡を掛けてらっしゃるのですか?」

「あ、はい、そうです。いまはコンタクトですけど」

「なるほど。今日はどういった眼鏡をお探しですか?」

「どういった……」


 代子は、少し言葉を詰まらせてしまう。


 目当ての眼鏡は明確にある。


 しかしそれがどういったものなのか代子自身にも明確にわからないし、そんなものを求めること自体が、ある種の異常性の発露になってしまうから。

 それを明かすのが一瞬躊躇われた。


「その、このお店の話をネットで見ました。どんな変わった眼鏡でも販売してくれて、どんな眼鏡の相談も受けてくれると訊きまして……」

「恐縮です。そう在りたいと普段から努力させて頂いております」


「その、それで相談なんですけど、探している眼鏡がありまして……」

「はい」


「たまに漫画とかで出てくる、レンズが大きくて、レンズの部分がぐるぐる渦巻きみたいになっている眼鏡があるじゃないですか? アレを探しているんですけど……」

「…………ほぉ?」


 検査用眼鏡の男は、代子の言葉に目を丸くさせて驚いた。

 検査用眼鏡の存在感があり過ぎてわかり辛いのだが確かに少し目を見開いたように見える。

 そしてその驚きを含んだ溜め息は、代子の要望に対して深い興味を抱いていることを一切隠さないものだった。






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