君を拾った日
家族に出会った日
一面ベタ塗りをしたオレンジ色の様な現実味の無い空の向こうで、空に色を振り撒くの絵本の絵のような太陽が沈んでいく。
此処は何処だろう。随分と長い時間眠っていたらしく、少し前まで真上で過剰なまでにギラギラと自己主張を続けていた太陽も、今では名残惜しそうに地平線に潜り始めている。辺りを見渡すと、一人の少女が三角座りしていた。なる程、どうやら僕は自宅の屋上で寝てしまっていたらしい。
「こんな所で何してるんだ?」
少女に近寄って話し掛けると、僕の方に少しだけ顔を向けた。
「何かをしている訳では無いです」
「じゃあ何で此処に?」
「解りません」
少女は元々向いていた夕陽の方へ視線を戻し、少し哀しそうな表情を浮かべた。どうしたものか、僕は彼女の事を何も知らない。話した事は有るけれど、それも数時間前に10分程度話したのが最初だ。
昨日の夕方、河川敷のゴミ山で彼女を拾った。体中ボロボロで関節や体の一部皮膚のパーツが剥がれていて、それでも辛うじて電源は入ったままのロボット。気まぐれだったのだろう。僕はそれを家へ持ち帰り、修理しようとした。
切れた回路を繋ぎ直して新しい皮膚を繋ぎ合わせ、繋ぎ合わせた部位を安定させる為に包帯を巻き、電源が切れないように電気を流した。
「貴方は、誰ですか?」
「僕は…」
目覚めた少女は少々混乱しているらしく、怯え気味に問い掛けてきた少女に体を修理した事、今居る場所が僕の家である事を伝えて、徹夜した疲労から少女の名を聞くこともなく屋上で眠ってしまった。修理後は主人の元へ帰るだろうと思っていたから、夕方になっても彼女が居るのは正直驚きだ。
「帰らないのかい?」
「何処に?」
「君にも持ち主は居るだろう?修理はしたのだから、自分で帰れるはずだ。」
「私はもう、必要ないので。」
「必要ない?」
「新しいロボットが届いたので、旧式の私はもう必要ないそうです。」
「君はそれで良いの?」
「良い。とは?」
言っていることの意味がよく分からないとでも言いたげな表情で彼女は首を傾げる。
昔は人格生成前に守るべき常識(人の命令は絶対に聞かなければならない)を覚えさせるというものがあった。今では非道徳的であるとされ廃止されたが、旧型の彼女にはその常識が適応されたままなのだろう。人でさえ常識というものは変えることは難しいものだ。彼女もきっと疑うことなく人の命令を聞き続けてきたのだろう。
「いや、君の意思はどうなのかなって思って」
「意思、ですか?人の命令は守るものです。変わった事を言うのですね。ですが、我儘を言えるのであれば、帰る場所が無いのは少し寂しいとは思います」
「寂しい…か。」
今までこの子は人に命令された事を自分の本心を押し殺してでも守ろうとしてきたのだろう。それでも今まで抑さえ込んでき本心を、いつか伝えられるように、この子が独りで傷付かなくて良いように手助けしたい。出会って一日も経っていないロボットに対して変だとは思うけれど、そう思ってしまったのだから仕方ない。とはいえ、どうしたものか、彼女を元の主人の所へ帰そうとしても、彼女はまた捨てられてしまうだろう。だったら、する事は一つだ。
「もし良かったらなんだけどさ、俺の家に住まないか?」
「え?」
「いや、その…俺、一人暮らしで少し寂しかったんだ。だから君が住んでくれると嬉しい。駄目かな?」
「良いんですか?」
「勿論」
「ありがとうございます!」
そう嬉しそうに笑ってくれる少女の顔を見て、ほんの少しだけ僕も嬉しくなった。目の前の少女は、今日から僕の家族になるのだから。そういえば、一つ大事な事を忘れていたな。
「君の名前、聞いていいかな?」
「個体名しか無いのですが、コハルと言いす。」
「これからよろしく、コハル」
寂しかったというのは本心だけれど、この少女となら、一人だと退屈な日々も楽しく過ごせそうだ。
今日始めて出会った家族との出会いを祝福するように、沈む太陽が鮮やかに空を彩っていた。




