未だ道半ば。けれど、荷物は多く
「酒、何がいい?」
台所で料理を作っていたテオが不意に声をかけてきた。部屋には美味しそうな香りが漂い、腹の虫を刺激する。先程まで2人で市場へ出かけ、少し離れたこの木製の家へと帰って来たばかりであった。
「んー……ラム酒かな」
「やっぱり。好きだよねそれ」
言うよりも先に取り出していたらしい彼は机の上にラム酒と自分用の蜂蜜酒を並べ、台所へ戻っていった。もうずいぶんと長い付き合いのためか、私の家を勝手知ったると言ったように歩き回っている。
「ユウイも少しは手伝ってよ」
「はいはい」
読みかけの本を机に置き、戸棚から取って来た食器を食卓へと並べていく。料理は私の得意とするところではなく、いつも彼の担当になっている。
「お待たせ」
料理が次々と机の上へと並べられる。机の半分には煮魚、揚げた豆、揚げ出し豆腐や大根。もう半分には揚げたエビやアヒージョ、牛肉をスパイスで煮込んだものが並んだ。
「何か今日は一段と量が多いな」
「そりゃあ、誰かさんが張り切って日持ちしないものを色々買い込んだからな」
「……それについては申し訳ない」
新年から少し、肌寒さはさらに増してゆく中、これまで親戚への手紙を出したり忙しそうにしていた友人が今年初めて私の元を訪ねて来たのだ。少し退屈していたこともあって浮れてしまった部分は認めざるを得ないだろう。
「ああそれと、これもあるから」
最後に食卓に並んだ品には少し見覚えがあった。鶏肉や野菜を串に刺し焼いてタレや塩で味付けをした料理。割と売っているとは聞くが、つい先日初めて居酒屋で食べたことを思い出す。
「焼き鳥か、いいな」
「でしょ?この前一緒に行った店で美味しいって食べてたし、確か最近読んだ小説にも出て来たんだろう?」
「よく覚えてたな。創作に出て来た料理って何か食べたくなっちゃうよなあ」
「この前はそう言ってあんまり行かないおにぎり屋まで走ってたもんね」
「あれも凄く美味しかった」
「裏路地にあったから探すのに苦労はしたけどね」
食卓に着き、手を合わせる。こういった習慣化しているものは会話に夢中になっていても忘れないものだ。
「「いただきます」」
彼は米を、私はライ麦パンを主食に食べ始めた。流石仲間内でも一番料理の上手い彼だ。どの料理も味付けが素材の良さを際立たせ、酒がよく進む。特に最後に作ってくれた焼き鳥が素晴らしい。タレの味とネギ、鶏肉の交互のコンビネーションが一口、また一口と手を休める隙を与えない。加えて少し味のこいタレでしょっぱくなった口をオレンジジュースで割ったラム酒の香りと甘い爽快感が通り抜けていく。
「美味いなぁ!このタレ、作ったのか?」
「ベースは市場で買って来たやつだけどね。口にあったならよかった」
彼もまた、グラスに注いだ蜂蜜酒をチビチビと飲みながら揚げ出し豆腐を摘んでいる。食卓の向かいにいてもジュワッと音が聞こえてくる。こんな風に向かい合って料理を食べる彼の顔を見るようになってもうずいぶんと経つ。少し酔いが回って感傷的になる感覚を追加で煽ったグラスで流しつつ、今日の思い出話を振る。
「にしても、食材もかなり買ったけど、それ以外も普段より色々買い込んだ気がするな」
「そりゃあ、年が明けてからここまで碌に外出してなかったから、浮かれちゃったのは僕も同じかもね」
机の傍ら、カーペットの上には今日の戦利品が積み上がって小さな山になっていた。本や時計などの小物、服に……故障していた家具の入れ替えを数点。財布が少し薄くなってしまいはしたが、こういったものは人手がある時の方がいい。服に関しては殆どテオのものだ。洒落た格好が好きな彼は頻繁に服を買うのだが、彼の家は市場から少し離れている。だから頻繁に遊びにくるついでに服を買っていく。以前に一度だけこの辺りにでも引っ越してこないかと声を賭けたことがあったのだが「それはそれで都会から離れるから嫌だ。中間あたりにある今の家が丁度いい」とのことらしい。
「服、ユウイももう少し揃えればいいのに」
「私はスーツがあれば十分だよ」
「……まあ、別に文句はないけどさ。もう少し楽しめばいいのに」
ほんの少しだけ不服そうに酒を煽る姿も、いつも通りの光景だった。
「話は変わるんだけどさ、ラム酒ってそんなにおいしい?」
私といる時はお互いラム酒と蜂蜜酒、基本的に同じ酒しか飲んでいない。いつも目の前で飲んでいるから気になったのだろう。
「少し、飲んでみるか?」
「いいの?」
「勿論」
「じゃあ、代わりに蜂蜜酒も少しあげよう」
グラスを交換し、一口だけ飲んでみる。いつも同じ酒ばかり飲んでいても飽きが来ることはないが、それでも初めて飲む酒の味は新鮮に感じられた。テオもそれは同じらしく、味わうようにじっくりと流し込んでいる。
「ん、香り高い。ありがとうね」
「こちらこそ、新しい酒の味は久々で美味しかった」
グラスを返し、再び食事を続ける。2人の食卓は普段はもっと静かで温かなものであるけれど、今日に限っては賑やかに時間が流れていった。
「本、どんどん増えてくねえ。図書館でも開けるんじゃない?」
書斎に今日買った本たちを運び入れている途中、テオが冗談混じりに言う。確かに、また本棚を買い足さなければそろそろ床に積み上げていくことになるだろう。
「読んでないと落ち着かないだけだ」
「書いたりはしないの?」
「……どうだろうな」
実は一番下の鍵付きの引き出しには、これまで何となく書いて来た原稿が詰まってはいる。だが、それを誰かに見せるという気は特にない。
「色々手伝ってくれてありがとうな」
「いやいや、いつも止めてもらってるから。……また、一冊借りていってもいい?」
「好きなのをどうぞ」
「やった」
彼はたまに私のところから本を借りていくのだが、今日は読む本を決めていたらしく特に悩むことなく本棚から一冊抜き取っていった。『旅人と星の夜』ある晩に1人家を飛び出した子供が旅をする中で多くの人と出会って成長していく物語だ。人間模様や旅の風景、生活の様子など独特の世界観が特徴的だが、中でも物語終盤で晩年の主人公が旅立ちの夜空変わらない星空を見上げた時の独白は強く印象に残っている。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
部屋を出ていくテオを見送り、本と一緒に持って来たグラスに少しだけラム酒を注いだ。開け放った窓から吹き込んでくる風はブランケットを羽織ってもなお冷たいが、少し酔いが回っている今だけはそれが心地よく感じられた。グラスの中で溶けた氷がカランと踊る。星が綺麗で静かな夜、ランタンの明かりがユウイの影をぼんやりと照らしている。テオはもう寝ただろうか。それとも、あの本を読んでいるのだろうか。夜空から書斎に視線を戻すと、壁一面と机にまで積まれた本が目に入った。この辺りには図書館や貸本屋が存在しない。もし申請を出して認可が降りたのなら、いつかそういったものをして見てもいいかもしれない。先ほどの他愛もない会話を思い出しながらそう思う。友人たちと過ごす時間は1人の時間を寂しくさせる事もあるけれど、一緒にいる中で未来の形が見えてくる事もあり、その中では変わらず仲間と笑い合えている自分の姿が想像できた。けれど、その姿を想像する度にいつか旅に出るという子供の頃からの夢が揺らいでいく。
「あとどのくらい、こうして歩いてゆけるのだろうか」
ポツリと呟き、窓を閉める。グラスに残った氷と混ざり合いすっかり薄くなった酒を飲み干し、窓から見える星を眺めながら書斎のソファで眠りについた。




