Trick and treat 3
入り口の幕をくぐり一歩中へ踏み込むと外から見るよりも複雑かつ広々とした空間になっており、細かい装飾や物語のような賑やかな景色がな賑やかな景色が続いていた。個性豊かな仮装を楽しむ客がアトラクションへの期待に胸を膨らませ行列を作る様は百鬼夜行を彷彿とさせる。しかし、警官はそれが気にならないほどに強い違和感を感じていた。列に並ぶ客の姿がどれも影の様にぼやけ、半透明なのだ。驚いている警官に探偵は説明をしながら進んで行く。
「此方から見えているは向こうの景色は影の様なものです。見えていても干渉出来無いですし、あちら側からこちらが見えることも基本ありません。気にせず行きましょう」
探偵の言葉通り、案内板を無視して行列の横側を通り抜ける一行には列を並んでいるどの客も気づくことはなく、声も聞こえている様子はなかった。
「どうやら、ゴーストはこの奥にいるらしいな」
目の前には重厚な装飾が施された大きな扉、その前に集められた客はアトラクションの世界観や設定についてのムービーを見いている様だった。陽気なピエロたちサーカスの一団が墓場から蘇り街中を闊歩する様はホラーテイストではあるが幾分かコミカルである。
「要ちゃん。武器出せる?」
「今日は結構持ってきたので大丈夫ですよー」
助手の少女が急に懐から棒付きキャンディを一本取り出しその場で食べ始めた。そのまま彼女は片手を前へ勢いよく突き出すと水面の様に空間が揺れ、肘から前がその中へと消えてゆく。そうして少し弄る様な仕草をした後に引き抜かれた手には一本の刀が握られていた。
「お二人の分も出しますね」
彼女は飴を舐めたまま鞄からものを取り出すように銃や槍を取り出していく。沢渡要には接種した砂糖を電池の様に消費することで異界への侵入や空間内にものを収納すると言った能力があるらしく、ゴースト退治などという危険な場所に同行しているのもこれが理由だという。園内を周回中に2人から説明は受けていたものの、信じがたい光景に警官は顔を引き攣らせる。
「翔さんは槍で、警官さんは銃で大丈夫です?」
「ああ……」
それぞれが手渡された武器を手に取る。警官の武器は6発の弾が装填された一般的な銃であったが、探偵が受け取った槍は170センチの彼の身長より少し短い程度で穂の部分が全体の3分の2を占めていた。
「各自、気をつけてくれ。中のやつが一体とも限らないしどんな姿をしているかもわからないからな」
映像が終わって入っていく客の後ろについて入り、最後の客が移動し終えた瞬間に扉は再び閉じられた。探偵は周囲を見回しながら状況について整理していく。扉が閉じられ外に逃げられない状況で安全に襲うことができるのはゴーストが有利だ。加えて、普段であればテーマパークという場所では笑顔や幸福に溢れているが恐怖や緊張をしている人間は疲弊しやすく、負の感情に反応して強くなるゴーストにとっては襲いやすいのだろうと推測される。多少コミカルな様に感じる演出であっても、逃げ場のない環境であるというだけで恐怖する人は一定数いるのだ。ホラーテイストともなればなおさらであろう。
「……それらしいの、居ませんねえ」
武器の刀を構えたまま助手が言う。問題はどんな姿をしているかと言うことだ。こんな場所にいるゴーストであるからには環境に影響を受けて恐らくサーカスに関係する姿、ピエロ辺りになっていると思われるが、いかんせん人が多すぎて視界が悪い。向こうの人間と接触することはないため移動に制限はないが視界は少し曇ったように遮られてしまう。
要や警官も見通しの悪さに苦戦しているらしくあまり大きくは動けないでいた。
「あれはっ」
人混みの中を見回していると半透明の人々の中で一つだけはっきりと見える人影の様なものがあった。赤い髪と特徴的な道化のイメージそのものといった衣装。客の1人を襲い、生命力を吸い取っている最中らしい。
その場で声を発する間も無く探偵が槍で貫くが、ピエロは気づいた瞬間に高く飛び上がりやり先は空を切る。身体能力から見ても既にかなりの人数を襲っているらしい。このままでは現実に侵食して人を食い始めるのも時間の問題といったところだろう。
「2人とも、居たぞ!」
部屋の上にぶら下げられた照明に足を掛けゆらゆらと揺れるそいつは3人を見下ろして仮面の様な顔をニヤつかせている。
「逃がさんっ」
ゴーストを視認した瞬間に警官が銃を向け発砲するがそれも避けられ、降りた先で再び槍を振りかざす探偵と戦い始める。柄の部分を回転させあらゆる方向から多彩な攻撃を仕掛ける探偵に対し、ゴーストは腕と足でそれらの殆どを受け切っていく。
「なんつー硬さだよ!」
悪態を吐きながら後ろに跳んで体制を立て直す。奴の両手足は異様に固く刃も通らない。だが、それ以外はそこまで硬いわけではないらしく所々ゴーストの体に傷が傷が刻まれている。であれば、狙うは心臓への強力な攻撃一点のみ。そう考え槍を構え直そうとしたところにゴーストの蹴りが直撃した。咄嗟に柄で受けることには成功したが、壁まで吹き飛ばされて衝撃を受けた手が痺れる。すぐさま追撃が来ると言うのに力が入らなくなっていた。一跳びで間合いを詰めその勢いで槍をも受け付けない剛腕が迫ってくる。探偵は死を覚悟した。
「チェストおおおおおおお!!!!」
叫びと共に横から弧を描いて振り下ろされた刀がゴーストの上腕から下を切り落としさらに頭を3発の弾丸が貫く。探偵に意識を向けていたゴーストは逃げる体制を取ることができず、切り落とされた腕を置いてはるか後方へと吹き飛んでいった。
「大丈夫ですか!翔さん!」
息を切らし駆けつけた要に助けられ、よろめきながらも翔は槍を構え直す。視線の先では吹き飛んだゴーストが傷口から血液を垂れ流しながら立ちあがろうとしていた。
「まだ立てるみたいですね」
「恐らく吸い取った分の生命力で補っているんだろう。早く倒さねえとな」
ゴーストは立ち上がると探偵たちに目もくれずアトラクションの奥へと走り出した。どうやら勝てないと悟って逃げるつもりらしい。そうはさせまいと探偵たちも後を追いかける。
「逃すか!」
通路を駆け抜け奥の乗り場に着くと、発車するジェットコースターにゴーストが飛び乗っていた。探偵は1人飛び乗ることに成功したが残りの2人は寸でのところで間に合わず乗り場に取り残されてしまう。
「ここからは1人か……」
2人が安全バー無しジェットコースターに乗る羽目にならなくて良かったと内心胸を撫で下ろしつつ、坂を登り始めた乗り物の上で何とか体制を保つ。傾斜が強く槍を構えることもままならない状態で先頭に立つゴーストとの睨み合いが続いた。10月も後半、かなりの高さになった乗り物周辺では強い風が吹き荒び、夜空の中で探偵の黒いコートが揺れる。
下は仮装をした人々で溢れ返り、このまま逃げ切られてしまえ場見つけるのは困難になるだろう。何としてもここで仕留めなければならない。背を低くし、振り下ろされないように槍を構える。無機質な仮面は下から見ると怒り顔の様にも見える気がした。
「決着、つけようや」
乗り物が急降下を始め、2人の拳と槍が交わる。体に掛かる負荷に耐えながら槍を振るいゴーストの心臓を狙うが、満身創痍のゴーストも死に物狂いで防御と反撃を繰り返し攻め切ることができない。反撃で左腕に一撃を喰らって動かなくなり使えるものがないかと視線を彷徨わせると、この先が下り坂のUターン地点になっているのが見えた。これだ!と思い立った探偵は一度下がって距離を取る。
ゴーストは先ほどとは違って余裕がないためか積極的に攻めてくることはなくこちらの様子を伺っていた。直前の下り坂の勢いのまま斜め向きに登っていく乗り物から探偵が横に向かって飛ぶ。
「うおああああああああ!」
向かう先はUターンの折り返し先、再び下りで加速した乗り物めがけて槍を突き立てた。槍はゴーストの片足を貫き、千切れ飛んだ足は置き去りのまま乗り物は駆けて行く。片手足を失ってゴーストは動くことができない。勝敗は決した。
「お帰りなさい!その感じは勝ったみたいですね」
再び戻ってきた乗り場で2人に出迎えられ、探偵1人が乗り物を降りる。高速移動する乗り物の上でずっと耐えていたこともありその足はふらついていた。助手に支えられアトラクションを降りていく探偵がふと立ち止まり、警官に何かを投げた。
「これは一体?」
警官は手の中に収まった小さな結晶を見て問いかける。
「あのゴーストの生命力の様なものです。こうやって結晶化するのはまあまあ珍しいので、あげますよ」
そうとだけ言い終えると、探偵はまた出口の方へ向かって歩き始めた。




