Trick and treat 2
「遊園地なんて久しぶりだが、随分と様変わりしてるんだなー」
翔が周囲をキョロキョロと見回すのに対し、警察官と要は慣れている様子で進んでいく。前日のうちにチケットを予約し10月31日の今日は全員揃って朝1番に入場ゲートを潜っていた。柄物のシャツとサスペンダー姿にこの季節にしては少し早いコートを着た成人男性ときっちりとスールを着こなすキャリアウーマンといった風貌の女性、そこに季節を感じさせるような流行り物の服装をした女子学生が並んでおり側から見るとなんの集まりだかわからないような状態になっている。しかしハロウィンのおかげで周囲は仮装やアニメのコスプレをした人々だらけであり、彼らの服装も周囲の個性に埋もれて溶け込めている様子である。
「まだ25歳でしょう、たまには翔さんもこう言うとこ来てみてはどうです?」
「こういった騒がしいところは苦手だよ。事務所前のカフェが最高の娯楽だ」
そんな会話をしながら人混みの中を進んでゆく2人であるが、手荷物検査の関係で持ち込めるものに制限があり武装の一つも持ち合わせていない。勿論、行方不明者などの明確な被害が出ない限り公に動くことができない警官も手荷物に武器になりそうなものは持っていない。
「本当に何も持って来なくて良かったのか?ゴーストが出た時に対応できないのでは来た意味がないぞ」
「心配ご無用。そういった問題については既に対策済みです。それに、持ち込もうとすれば入ること自体が叶わないのですからねえ」
探偵はもう既に見当がついているといった様子で探偵は進んでいく。正直なところ、警官にとってはこれまで見ることになってきた大小様々なゴースト被害を思い出して一抹の不安を覚えていた。今度こそ対処不可能なゴーストが現れやしないかと考える警官の胸中を他所に、探偵と助手は当然のように人混みの中を進んでいく。
「ゴーストの場所、見当はついたな」
人の多さから多少難航はしたものの一通り園内を回り終えた昼過ぎ、休憩所の柱に背を預けながら探偵は言った。警官も共に回っていたのだが、彼は文字通り歩き回っていただけで特に何か特別な動きをしているようなことはない。彼と助手曰くそういった存在を認知できる人だけが分かる痕跡というものがあるらしいのだが、何度か捜査を共にしている警官ですら詳細は知らない。
「日が傾いてからしかゴーストは現れません。先に昼食でも摂ってしまいましょう」
正直なところ、広大な園内を休憩なしで歩き回るというのはそれなりに体力が要る行為であり、三人の顔には少し疲れの色が出始めている。
「だったら、あのレストランなんてどうです?ハロウィン限定メニューがたくさんあるらしいんですが」
園内マップを確認していた助手が大通りに面したレストランを指差して主張してくる。警官としては食事に頓着してはおらず、探偵と共に特に異論もなくレストランへと向かった。席に入案内される迄1時間程度待つことになったが探偵曰く「時間的には問題ない」とのことらしい。
「ふむ、値段はテーマパークらしく強気だが見た目と味は素晴らしいな全メニュー気になってしまう」
「本当、待った甲斐があるなって美味しさしてますよ!」
提供された料理の完成度に大喜びで2人は食べ進め、警官もそれに続く。普段あまり料理の見た目を気にしていない警官であったが、ハロウィンというコンセプトを中心として生み出された様々な料理は見た目だけでも感心してしまうほど美しく、味も南瓜や林檎をベースに様々な食材が調和していた。成る程、遊園地に食事のみを目当てに訪れる人々がいるとは聞き及んでいたがその行動や目の前の2人の反応も頷ける。そんなことを考えながら食べ進め、3人ともデザートに舌鼓をうちレストランを後にするまでゴーストとは関係ない幸福な時間を過ごした。
「ついつい食べ過ぎちゃったよ。要ちゃんの食べてたケーキも美味しそうだったね」
「あれ、中が三段構造になってて食べ進めると味が変わるんですよ。凄くないですか?」
「良いなあ。余韻を楽しみたかったけど、要ちゃんに飲まされた酔い止めのせいでリセットされちゃったからなあ」
「それは、まあ……何があるか分からないですし。それに、終わった後アトラクション乗るなら今くらいに飲んでおいた方が良いんですよ」
「俺絶叫系苦手なんだよね」
「乗らず嫌いだって事、私は知ってますから」
レストランを出てからこんな調子で話し続ける2人について来ていた警官であったが、ついにしついにしびれを切らして声を掛ける。
「ゴースト退治のこと忘れてないか?」
その言葉を聞いた瞬間、2人が立ち止まる。もしや本当に忘れていたのではあるまいなと警官が一瞬思ったのも束の間、探偵が指差した場所を見て考えを改めた。
「料理は良かったですけど、流石に忘れてないですよ。ここです。園内に入った時から分かるくらいに痕跡が大きい。多分、結構強いです」
大通り沿いの目の前には派手な装飾が施されたサーカスのような施設。看板には『GHOST TOUR THE RIDE』の文字が見える。時刻は午後5時、季節柄か空は暗くなり始めゴーストが現れる時間へと近づいている。
「じゃあ、行きましょうか」
「待てっ」
中に入ろうとする探偵を慌てて警官が引き止める。入る前に、どうしても言っておく必要がある。
「彼女は、君の助手はまだ学生だろう。戦闘に巻き込むわけにはいかない」
探偵はそういえばそうだ。と言った反応をしつつ、引き留めた彼女の手を下げさせながらため息をつく。
「ああ、それであれば問題はありませんよ。彼女は居なければなりませんから。あなたも行くのであれば尚更」
探偵が答えた後、助手が警官の手を握る。その直後、目の前の景色が揺らぎ、空が青紫色へと染まった。少し酔ったような感覚を覚えるも立ち直った警官にもう一言、彼が告げる。
「ここはもう彼らのフィールドです。客の体調不良はここから漏れ出たゴーストの力の影響でしょう。ここから先、我々からあまり離れないように」
「そういうことです。私が居ないと普通は入ってこれないような場所ですからね。ご心配、ありがとうございます」
助手が少しだけ笑い、探偵の後ろをついていく。正直こんな状況まで同行したことはなかった為に動揺が隠せない。しかし迷っている時間も無いと振り切り警官も2人の後を追いかけた。




