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私達、裏庭だけの関係なのに

「潮時ね…」


 伯爵令嬢であるニーナは、誰にも聞こえないくらい小さな声を呟いた。


 ニーナの視線の先には、婚約者で公爵令息でもある、ザイザック・ノルウェイと、学年が1つ下のカリナ男爵令嬢が、学園の中庭の茂みで仲睦まじく微笑み合い、恥じらいながら抱擁をしていた。


 クルリと方向をかえて、ニーナは別の場所で昼食を取ることにした。


(あそこはちょっとした死角になっていて、誰にもランチを邪魔されない、お気に入りの場所だったのに、……はぁ、………またゆっくり1人で休める場所を探さなきゃだわ)


 ニーナは、大衆に多い茶色の瞳と髪といった、いたって平凡な容姿に、いたって普通の成績。何処にでも居そうな、これと言って特に秀でるものも、何もない平凡な令嬢である。

 ただ母親同士が仲が良いからという理由で、幼少期にザイザックと婚約をした。


 ザイザックは、金色の瞳と髪、容姿端麗、成績優秀、学園では生徒会長を務めている。

 公爵家の嫡男でもあり、将来有望株の存在なのだが……、それなのに!平凡なニーナと婚約してる。

 なぜあの小娘なんかがザイザック様と!!と、周りの令嬢達には面白く思われていない。

 ニーナ自身だって、ほんとに最もだなぁって思うが、物心つく前に親が決めたことだし、パッとしない容姿や性格は、今更変えることはできない。


 ザイザックと婚約していることで、ニーナの学園生活は、他の令嬢達から、妬みや嫉妬が渦巻く生活を余儀なくされていた。


(カリナ男爵令嬢、……最近よく2人は一緒にいるわね。彼女は特待生で入学し、成績優秀で生徒会役員に抜擢されたって令嬢よね。ピンク色のゆるやかなウェーブの髪を揺らし、コロコロと笑う。人が好くような笑顔と愛嬌を持ち合わせ、まるで天使のようだと聞いたわ………、ザイザック様が惹かれるのも分かるわね)


 はぁ〜………、と今日何度目か分からない溜息をつく。

 ニーナは人目を避けて、中庭から裏庭へと移動した。

 裏庭は、普段誰も訪れないからか、手入れが全くされておらず、雑草が覆っている。どこか鬱蒼とした雰囲気があった。


 ニーナはキョロキョロと辺りを見渡し、誰も居ないことを確認してから、コッソリと固有魔法を使う。

 生活魔法は平民も含め、誰しも使いこなせるものだが、稀に生まれながらに、固有魔法を持つものがいる。ニーナもその1人だ。


 「お願い、みんな手伝って」


 ニーナが手を一振りすると、箒や草切り鎌、斧達が、近くの農作業道具の倉庫から飛び出し、ニーナの周りに集まった。


「ここで、休憩がとれるようにしたいの」


 ニーナの言葉を聞くや否や、まるで言葉がわかり、生きているかのように、一斉に道具達が動き回る。


 ニーナも道具達と合わせて、歌いながら作業をすると、近くの茂みから、小鳥やリス達がやってきて、小枝などを森へと運んでいく。


 貴族令嬢が一人では出来ない作業を、動物と道具達は喜んで作業をし、あっという間に鬱蒼とした雰囲気は消え去り、何ならニーナの為にと、ベンチまで用意された。


「まぁ〜!なんて素敵なの。ありがとう!みんな」


 ニーナの言葉を聞いて、動物と道具達はどこか嬉しそうな素振りを見せながら、元いた場所に戻っていき、静けさが舞い戻った。


 そう。ニーナの魔法は、物や動物など、普段は意思の疎通が取れない相手でも、ニーナにかかれば仲間になり、協力を仰げるのだ。


 しかし、ニーナは固有魔法のことを、誰にも教えていない。

 いや、一度だけまだ幼かった時に、婚約者のザイザック様に見せたことがある。その時に「魔法も地味で根暗っぽい」と言われ………あれ以来、人前で見せることは止めた。

 きっと当時の事を、言ったザイザック様本人も覚えてないだろうけど……、幼かったニーナの傷ついた心は忘れない。


 ―――っガサ!!


「………驚いたな」


 音と共に、低音のテノールの声が、裏庭に響いた。


「っ!!!」


 ニーナが、声が聴こえた方に勢いよく振り向くと、そこには誰も居ない。 


「こっちだ」


 声は上から降ってきた。


 スタッと軽やかな身のこなしで、ニーナの近くの木から人が飛び出してきた。

 どうやら、木の上に居たらしい…!!


 彼はパンパンっと、自身の身なりを整えるように、洋服の埃を叩き、片手には本を持っている所からして、木の上で読書をしていたようだ。


 ニーナは突如現れた存在に驚いたのもあるが、彼の容姿に釘付けとなって、動けずにいた。


 ……燃えるような紅色の髪と瞳を持っている。



 ( っっみられてた?!!! 彼は……!! )


 ズンズンとニーナに近づいてくる彼に、働かない頭をフル回転させ、ニーナは慌てて最上級のカーテシーをとった。


「楽にしていい。ここは学園だ」


「は、はい!」


 ニーナはぎこちない動きで、なんとか返事を返し、体勢を整えた。


「………これは、凄いな。見違えた」


 グルリと、ニーナの為に整えられた裏庭の様子を見渡すと


「君の魔法か?」


「………………」


 固有魔法は発現した時点に国に報告はしているが、誰かれ構わずに教えて良いものでもない。ニーナは曖昧に微笑むしか出来なかった。


「まぁ、いい。裏庭は俺も気にいっていて、たまに誰も居ないのを良いことに、息抜きに来る。………今回の魔法のことも含め、ここでの事はお互い秘密としよう」


 ガッシリとした体格に似合わず、悪戯っ子のように悪巧みな笑顔を見せる男に対し、私は不敬かもしれないが、コクリと頷くのみに留めた。


「名は何ていう?」


「……ニーナ・ガレットと申します。」


「ガレット伯爵の令嬢か……。私は、リック・マーラスだ。よろしく頼む」


(リック・マーラス。………確かカリナ嬢と同じ学年に、交換留学できた隣国の第二王子。現国王の妹君が嫁いだ先だったはず。……留学中とはいえ、他国の貴族をよく把握してるわね)


 長身で王族特有のオーラがある彼は、全然年下とは思えない。


 胡散臭い笑顔と共に、スッと片手が出てきた。

   

 どうやら握手を求められているみたいだ。

 普通握手は、何かの契約時に交わす場合や、会議の承諾の意の時に使われている。


 きっと、さっきの固有魔法のことは秘密にするっていう、約束の為の握手だと受け取り、ニーナもおずおずと手を差し出した。

 

「……はい。。こちらこそ、よろしくお願いします」



 こうして私は、リック殿下と初めて出会ったのだった。




 

◆◆◆◆◆





 あの出会いから半年経つ。


 本日は、いよいよ卒業式である。

 

 さっきの式典では、卒業生代表として、ザイザック様が壇上で挨拶を述べていた。

 今は、ドレスに着替え卒業パーティーに参加している。卒業生は全員参加っていう………ニーナにとっては苦行だ。


 ザイザック様は生徒会があるからと、私のエスコートもせずに、先に会場に行くと一報があった。……いつものことなので、もう何とも思わない。


 ザイザック様とは相変わらず冷え切った関係が続いている。幾度となく父にも相談して、こちらから円満に婚約解消を促してみるものの、何故か公爵家側から、待ったがかかる始末。


 卒業したら、すぐにでも結婚の準備が始まってしまうというのに……。


 視線の先には、生徒会役員達の集団があり、今日も可愛らしいカリナ男爵令嬢を傍に置いている。


 私は1人、壁の花になることを決め込み、果実水をチビチビと飲んで、時間をやり過ごしている。


 程なくして、ダンスの開始を告げる楽曲が、楽団によって演奏される。


(ザイザック様は、何を考えているのかしら……、婚約解消もしてくれないのに……)


 基本的に婚約者が居るものは、ファーストダンスは婚約者とするのがルールだ。


 案の定ザイザック様は、ニーナを探すこともなく、カリナ嬢の手を恭しく取り、ダンスホールへと繰り出していった。恐らく、婚約者のニーナの事なんて、これっぽっちも考えていないのだろう。


 そんなニーナの様子を、周囲にいる令嬢達がクスクスと嘲笑しているのが聴こえる。


 ニーナは思わず、視線を下げ俯いて、ただひたすら卒業式のパーティーが終わるのを待つだけだ。


「………ニーナ・ガレット伯爵令嬢。卒業おめでとう。記念に一曲踊る権利を」


 俯いた視界の先に、差しだされた手がみえる。


 (えっ??)


 無礼でも何でもガバっと、ニーナが勢いよく視線を上げると、そこには赤髪を後ろに撫でつけ、正装したリック殿下が片膝をつき、こちらに手を差し出していた。


「っ!?」


(秘密の約束の握手をしてからは、私達の関係は、裏庭で偶然会った時に、お互いに干渉し合わないで穏やかに過ごすだけだったはず………、なのに何故?)


 ニーナとリック殿下の接点など、今まで見たことないのに……何故?と周りがザワついてるのが分かる。


 自分がどう見られているのか、意識しない王族など居ない。リック殿下は周囲の様子もわかっているはずなのに……


 それでも懇願するようなリック殿下の、普段見慣れない殿下の様子に、何だか大型犬が耳と尻尾を垂れてる様子に見えてきた。

 どうしたらと困惑しながらも、無下にも出来ず、ニーナはそっと差しだされた手に自分の手を重ねた。


「…………光栄ですわ。慎んでお受けします」


 ニーナがおずおずと手を差し出すと、思った以上に力強く殿下が手を握る。逃さないとばかりの様子に、ニーナは思わず息をのんだ。


 そんなニーナを面白がるように、ニヤっといつもの悪戯っ子のような表情を見せたが、すぐに凛々しい様子に戻る。


 殿下にそのまま優雅なエスコートをされ、ダンスホールまでやってくると、視界の端にはザイザック様とカリナ嬢が楽しそうに仲睦まじく踊っているのが見えた。


 ニーナは結局、婚約者の期間中に一度もザイザック様からダンスを誘われていない。


 彼もあんな誰かを愛おしそうにする顔も出来るのね。と、冷めた想いで見ていると、ニーナの手を殿下がギュっと握ってきた。

 

 まるで心配しているかの様に、こちらを伺っているようであり、俺を見ろと言っているかのようでもある。


 人肌の温かさに、自分が思っていた以上に、固まっていたニーナの心と体が緩むのがわかった。


 ……ホッと息がつける。


(卒業パーティーだもの。リック殿下も裏庭仲間に、温情をかけて下さったのだわ)


 自然とダンスの曲に合わせて、殿下と踊り始める。流石王族ってくらいにリードが上手く踊りやすい。ニーナはデビュタント以来の、公の場でのダンスに、間違えないようにと意識を全集中させた。



「……力を抜いて、俺を見ろ。俺に全てを任せればいい。ダンスを楽しめ」


 あまりに一生懸命だったためか、何処かぎこちない様子のニーナの頭上から声が降ってきた。


 見上げると、ニカっとまるで太陽のように笑うリック殿下がいた。……彼ならきっと、ニーナがどんなミスをしても、なんとかしてくれるような気がしてきた。


(そうね!記念のダンスだもの!!今を楽しまなきゃね!!)


「っはい!」


 ニーナはリック殿下を見つめながら、満面の笑みで返事し、肩の力を抜いてリック殿下に身を任せるようにした。


 すると!リック殿下は


「よし。いい子だ」


 と言って爽やかな笑顔で、グッとホールドの距離を詰め、軽やかにステップを踏んでいく。ニーナはさっきよりも、クルクルと滑らかに、軽やかに踊れるダンスが楽しくなってきた。


 ニーナの視線の先には、力強いが優しく微笑む殿下だけが映っていた。ニーナも嬉しそう微笑みながら、すっかりダンスに夢中になっていた。


「……大丈夫か?」


 ダンスの途中に、リック殿下が誰にも聴こえないで声で気遣うように問いかけてきた。優しい響きに、何処か真剣味に帯びた声色だ。


「……はい。ありがとうございます」


 誰かに優しくしてもらうこと。それはこの学園生活で、ニーナが受け取ることがなかったものである。

 そんな真綿のような殿下の優しさに触れ、ニーナは応えるように穏やかに微笑む。


(憂鬱な卒業パーティーが、リック殿下のお陰で、いい思い出になりそうだわ)



 流れるような足捌きと軽やかなステップ、穏やかな雰囲気で優雅に踊る2人の様子に、いつしかダンスホールで踊るのは、ニーナとリック殿下だけになった。


 周りの目線に釘付けにしているのも気にならず、ニーナは殿下とのダンスを夢中に楽しんだ。


 曲が終わると、一斉に鳴りやまない拍手に包まれた。周囲から「おめでとうございます!」との声が飛び交う中、悔しそうに鋭い目線を贈る令嬢達も数多くいて………。


 まだダンスのホールドのままでいるリック殿下を見上げると、意味深にニヤっと笑う姿がある。


(あれっ?まって???私……今、…!?)


 流れるようなスマートなリードで、1度も止まっていない……と思う。曲も途切れずにいた気がする………が、……この疲れ具合は一曲ではないのかもしれない………。

 楽しく夢中になって踊っていて、自分が何曲踊っていたのかも曖昧だ……。


 サーーと背中に冷汗が流れるのを感じる。


 挨拶や社交では一曲、意中の相手だと二曲、婚約相手で三曲だと暗黙の了解がある。


 呆然としているニーナを楽しそうに見つめ、スルリと手の甲に口吻された。


「…っ!!殿下??」


「混乱してるようだが、俺はちゃんと大丈夫かと聞いたぞ?」


「なっ!!!」


(うそっ!あれがっ??そうだったの??!!)


「で、ですが………私には婚約者がっ!!」


「その婚約者とやらは、貴方とは別に懇意の女性とよろしくやってるようだが?」


 鋭い視線がザイザック様とカリナ嬢を捕らえる。  ビクッっと震えながら、ザイザック様の背後にカリナ嬢が隠れる様子が見えた。ザイザック様も指摘されて、眉間に皺を寄せた顔をしている。


 (ザイザック様とカリナ嬢………相変わらずだわ)


「生徒会長。……いや、先程卒業したから、ノルウェイ公爵令息殿か。いい加減、ニーナ嬢と婚約解消してくれないか?ここまでニーナ嬢を蔑ろにするのに、婚約継続を望むとは……いささか理解に苦しむ。」


 ザワザワと辺りが煩くなる。

「どういう事だ?」「え?生徒会長の方が渋ってたの?」「それだとカリナ嬢のことは、…愛人にするつもりで?」

 色んな憶測が飛び交うも、ザイザックはプルプルと拳を震わせて、こちらを睨んだまま黙り込んでいる。きっと怒り心頭なのだろうが、相手は隣国の王子でもある為、怒鳴ることを我慢してそうだ。


「まぁ…調べはついてるから応えずともよいがな。なんでも、カリナ嬢のお腹には貴殿の子供がいるらしいな。このままだと醜聞が悪いため、ニーナ嬢と結婚はするものの、式直後にニーナ嬢を他国に売り、後釜にカリナ嬢と子供を引き取る準備をしてることも分かっている。今頃、両家に捜索が入ってるだろうな」


 ザイザックとカリナ嬢はガタガタと震え、青を通り越し、真っ白い顔色をしている。


(今……なんて言ったっ?!子供?!私を売り飛ばすって……そんな………!!)


 ギュっとリック殿下が私の腰を抱き、大丈夫だと、言葉はないが伝えてくれている。

 こんな時でも、優しさと強さを感じる殿下の温もりは、何よりの安心感がある。


「お前達の身勝手な事情にニーナ嬢を巻き込むな!」


 リック殿下の剣幕に、とうとうガクッと膝をつき俯き、生気が抜けたように微動だにしないザイザック様と、メソメソと泣き崩れるカリナ嬢。


 そんな2人から周囲の人達は距離を取り、蔑むような視線を送っている。

 自業自得といえば、それまでだが………。公爵家嫡男として、チヤホヤされ、何でも思い通りの環境にしか居たことがないザイザック様は、さぞ堪えただろう。


 まさか婚約解消されない理由が、そんな事情だったなんて…!

 リック殿下が居なければ、私は悪意に気付かないまま他国へと人身売買されていたと思うと……ゾッとする。


「先輩方の卒業パーティー、騒がせたことを詫びよう。これはマーラス王国産の特別なワインだ。今宵の卒業の祝いに乾杯しよう」


 リック殿下が声をかけると、音楽隊の演奏が始まり、ダンスが再開され、ダンスホールが華やかに彩る。

 ウェイターが何やら上級ワインを配り始めたではないか……。皆に笑顔が戻り、また活気が戻った。

 そして、いつの間にかザイザック様とカリナ嬢の姿は、ダンスホールからなくなっている。


 私よりも頭1つ分程大きいリック殿下を見上げると、「んっ?どうした?」と胡散臭い笑顔が見える。

 もしかしたら、この婚約解消劇……リック殿下が??


(まるで事前に用意させてたかのように、全てが段取りされていたみたいにスムーズだわ……何処から何処までがリック殿下の思惑なのかしら……?)


 ジーッと見つめる視線に耐え兼ねたのか、先に目線を反らしたのはリック殿下だった。


「そんなに見つめられると、流石に照れるな」


 片手を口元に当てて、ほんのり耳が赤くなっているのが分かる。


「なっ!!」


 そんな意味で見ていたんじゃないわ!


 そんな事を言われて、ダンスの後のまま至近距離に居ることに気付き、急に恥ずかしくなり、サッと思わず離れようとするが、リック殿下の腕が力強く腰に回されていて抜け出せなかった。


 これじゃまるで……恋人みたいだわ!!


(…………リック殿下は、私のこと、どう思っているのかしら……?……、私のこと…好きなのかしら?)


 今更になって、気になってしまった。


「……リック殿下は……私のこと、………」


途中で自分で言っていて、恥ずかしくなり、俯きがちに尻窄みになってしまった。


「う〜〜ん…………面白い女?」


 そう!!いつもの悪戯っ子のような笑顔のまま即答したのだ。思わずヒールで足の甲をグリっと踏んでしまった。


「いっ!!!!!!」

 顔をしかめるも、何処か面白そうにしているので、不敬に問われることはなさそうだ。


(それに今のはどう考えても殿下が悪いと思うのよね!!)


「はぁ……明日からどうなるのかしら」

 卒業パーティーで婚約破棄をした為、色々と社交界では噂が飛び交うだろうし、そもそも共に社交にいく為のパートナーが居なくなったのだから、当分は大人しくしてよう……。

 また新たに婚約者を探さなくては……憂鬱な未来に、思わず溜息が出てしまったことも許してほしい。


「ん?明日から忙しいに決まってるだろ?」

「え?忙しいって……?」

「明日はガレット伯爵に婚約の許可を貰いにいく。着飾って待ってくれ」

「えっ?婚約?……本気で?!だってさっき面白い枠の女って言ってましたよね?」

「あぁ。確かに言ったな」

「じゃぁ何で婚約って話になるんですかっ!!」

「そりゃ、好きだからに決まってるだろ」

「っっ!!すきって!!!!」


 ボンとニーナの顔が赤く染まり、ワナワナと震えだす。

「ははっ!面白い顔になってるぞ」

 屈託なく笑うリック殿下に、ニーナは振り回されるのも悪くないと、絆されている自分がいることを知った。





◆◆◆◆◆◆



 17歳になったある日、隣国に見聞を深めるためにも留学しろと母親である王妃から諭された。

 俺と兄は仲が良い。俺は兄を尊敬してるし、いずれは兄を支える存在になりたいと思っている。しかし、貴族の中には俺を担ぎ上げる不審な動きもある…。

 来年二十歳になる兄の戴冠式までは、変な火種にならぬように、王妃の母国へ留学することになったのだ。


 こうして、俺は隣国の学園に入学が決まった。


(どこの国でも同じだな…。あの獲物を狙っているような眼、女性に付き纏われるのは好きではない……)


 学園生活では、他国で慣れないだろうと世話を焼きたがる女子生徒に群がられ、あわよくば……とギラギラとする眼差しに飽き飽きしていた。


 王子という仮面を被っていては、無下にも出来ずにいる。


(……何処か、一人になれて息抜きが出来る場所はないものか)


 そして、ようやく辿り着いた場所は裏庭だった。


(ここなら、静かだ………)


 俺は度々周りを撒いて、誰にも見つからない裏庭の木の上で束の間の休息をとっていた。


 あの日、突如休息の日々に変化が訪れた。


「お願い。みんな手伝って」

 鈴の音のような、軽やかな響きと共に、何やら木の下が騒がしくなる。


「ラ〜ララ〜ララ〜ラ♪ルールルル〜ルル〜ル♪」


 何やら楽しそうに鼻歌を歌いながら、クルクルと箒や動物達と戯れながら、裏庭を綺麗にする彼女を見つけた。


(……これは!!固有魔法かっ?凄いな……)


 まるで物や動物と意思の疎通が取れているかのようだ。みるみるうちに裏庭は片付き、見違えるようになった。



「……驚いたな」


 思わず声に出して呟いてしまった。


 ビクッと反応する彼女に、なるべく怖がらせないように!そっと着地する。この時、まるで怯えたリスみたいだなって思ったことは秘密だ。


 固有魔法のことを知られたくない素振りの彼女に、お互いの為にも、裏庭での事は秘密であることを求めるよう握手を求めた。


(学園での休息場所を失いたくないからな)


 初対面だが、彼女は俺がここに居ることを周りの奴に告げ口などしないだろうと、不思議だがそう思えたのだ。


 案の定、彼女は誰にも言わなかったらしく、俺と彼女以外は裏庭に近づく者はいなかった。


 彼女は、いつもここで昼食を食べているみたいだ。

 俺が居ても、チラっとこちらを見るだけで、全く干渉してこない彼女に興味が湧いた。


(俺も一応王子なんだが……全く意識されないとはな……はっ……俺も大概、自意識過剰だな)


 名前しか知らない彼女のことを調べるように家令に命じると、すぐに彼女には婚約者が居ることを知った。


 その婚約者の名を聞いて、まさか信じられない!と憤りを覚える。


(生徒会長だと??!!同じ特待クラスのカリナ嬢が、生徒会長と付き合ってると自慢して回っている相手じゃないか!!ニーナ嬢が居るのに!!どういう事だ!!)


 生徒会長がニーナと話しているところも、一緒に居る所も見たことがない。いつも見かけるのはカリナ嬢と一緒に仲睦まじくしてるところばかりだ。


(俺が彼女の相手だったら、こんな想いはさせないのに……!!)

 どこにもやり場のないイライラと、何故かチクリと胸が痛む。


 彼女、そう、ニーナ嬢が気になってからは、高学年の生徒がいると、彼女が居るかどうか、いつの間にか気にかけてる自分がいた。


 しかし、ニーナ嬢を見かけても俯いて過ごしてる姿しか見られない。下ばかり見ている彼女は、俺に気づくこともない。

 そして、彼女と反対に生徒会長とカリナ嬢が明るく過ごす姿に吐き気がする。


(彼女は……学園ではいつも1人だ。だが、裏庭では……俺だけが知ってる彼女の笑顔。)


 今日も彼女は裏庭で、動物達と楽しそうに昼食をとっている。彼女が笑うと、空気が透きとおり、まるでリンリンと鈴の音が鳴るように感じ、その姿が俺には眩しく映る。


 (ニーナ嬢は他の令嬢達と全然違う…。)


 一緒の空間に居るのも全然不快ではない。


 いつしか、昼の休憩時間が待ち遠しく感じるようになった。

 彼女の周りに流れる、やんわりとした穏やかな時間が愛おしく感じる。


 卒業式まであと4ヶ月。こんな状況でも生徒会長とニーナ嬢との婚約は解消されていない。卒業前に彼女の置かれた状況をどうにかしないと、卒業後では手出しが難しくなる。

 大体の令嬢は、卒業後すぐに婚約者の家に入って、花嫁修業と婚姻をするからだ。


(何とかその前に……!!それにしても、生徒会長はどういうつもりなのか…理解し難いな。……何かあるのか?)


「セバス。伯父上に謁見を申し込む。準備を」


「はっ。畏まりました」


 この国の国王へと取次ぐよう、家令に手続きを命じた。仮にも生徒会長は、この国の公爵家である。下手に動けば国際問題にもなる。


(他国だからな…流石に俺の影は動かせない)


 王族の俺にも影はついているが、自国ならある程度は好きに動かせるものを…もどかしいものだ。使える縁を有効に使うのも貴族ってもの。それが他国の国王だとしても…だ。


 2週間後に謁見できる段取りが整った。

 母上は歳の離れた末姫として、母国では大層可愛がられていたそうだ。その息子である俺にも、気にかけてくれている。


「おぉ。リック、元気にしてたか?学園はどうだ?」

「伯父上。ご相談したいことがありまして…」

「どうした?……何があった?」

「じつは、学園で気になる女性がおりまして…」

「おおおおお!なんとっ!!そうかっ!相手は誰だ??」

「それが問題なのです……」


 ここからは、伯父上の協力もあり、ノルウェイ公爵家が何故ニーナ嬢との婚姻解消をしないのか明らかになった。


(思ってた以上に……下衆な理由だ。しかし、相手のカリナ嬢の男爵家が、まさか人身売買に加担してるとはな。カリナ嬢が妊娠して、上手く公爵家を丸め込むとは……それに乗った公爵家も愚かだ。)


 ニーナ嬢のことを伯父上に相談して良かった…。どうにか、卒業式には準備が整いそうだ。


(己の利の為に、なんの非もないニーナ嬢を……絶対に許せん!!)


 何も知らないニーナ嬢には申し訳ないが、俺は彼女との幸せな未来を掴み取ると決めた。ニーナ嬢が何て言うか分からないが、俺は彼女の笑顔を守りたい。


(卒業式、覚悟しておけ!!)




◆◆◆◆◆◆



「ふふっ」


「ーん?どうした?」


 寝室の暖炉の前で、2人でソファで寛いでいると、昔のアルバムを見ている妻が笑い出した。


「…懐かしくて。これ、見て」


「…、…忘れてくれ」


「だって!ふふっ……貴方ったら、結婚式の退場の時に私に突然歌えだなんて、言い出すからビックリして…。それで、何をどう歌えばいいのかと聞いたら、貴方っ……ふふっ!!ララーラ♪って柄にもなく歌いだして!……あははっ。まさか、木の上から聴いてた曲覚えてるなんて!!」


「……あの時の君の声が…印象的で忘れられなくて、また聴きたいと、ずっと思ってたんだ」


「まぁ!!初耳ですわ」


「…結婚式で歌って良かっただろう?ニーナ」


「………ええ、リック。そうですね。素敵な結婚式でした」


 目を閉じ、思い出すのは、真っ青な空に白鳩が、ニーナの歌に合わせて大空に美しく舞う姿だ。


「……私、幸せ者ですわ」


 俺は妻の肩を抱き寄せ、そっと丸くて可愛い額に唇を落とした。君の笑顔が隣で見られて、本当に良かった。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
公爵家が、たかだか男爵家の娘を迎え入れようとする理由がよく解らなかった。 伯爵家の娘と入れ替えるなんて、絶対確実にばれるのに。 この公爵家、実はかなり財政的に苦しかったのかな? 実は結婚させると見せ…
主人公が何も行動してない事が残念。
母親同士仲が良かったはずなのに公爵夫人まで友人の娘を売りとばすことに了承したの? 男爵家と公爵家がどうなったのか気になりました。
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