第6章:報酬構造の見直し
**第6章:報酬構造の見直し**
構造に“接続”した実感が、少しずつ湊の中に根を張っていた。
会議資料に自分の名前が添えられるようになり、戦略部との情報連携も日常のやり取りに溶け込んだ。橋本リーダーからの紹介で経営会議に参考データを提出したとき、湊の報告が議題の一部に取り上げられた。
誰も見ていないと思っていた努力が、ようやく“道”に乗ったのだ。
そんな中、期末が近づき、昇進と報酬に関する打診が湊のもとへ届いた。
メールの件名は《昇進面談のご案内》。
文面には、広告運用部・主任からマネージャー代理への昇格案。報酬は月額で3万円増、年間ボーナスはA評価で10%上乗せ。
正直、湊は悪くない条件だと思った。だが、面談室に入った瞬間から、彼の口から出た言葉は、昇進祝いの言葉ではなかった。
「このまま昇給しても、評価ロジックが曖昧なら……また同じズレが生まれると思うんです」
部長の手が止まった。ペンを持ったまま、湊を見つめる。
「どういうことだ?」
湊は、自分が構造マップを作って以降に気づいた“根本的なズレ”について話し始めた。
「今の制度って、基本的には“役職”に対して報酬がついてますよね。だけど、実際の仕事って、役職関係なく“どの構造に接続しているか”で価値が変わると思うんです」
部長は黙ったまま、眉をひそめた。
湊は一枚の資料を差し出した。自分がまとめた、「構造接続度と業務価値の相関」を示すスライドだった。
---
・案件貢献度 × 影響範囲 = 接続価値スコア
・チーム内運用 → スコア:低
・複数部門巻き込み/戦略接続あり → スコア:中〜高
・経営判断材料となるインサイト生成 → スコア:最上位
---
「たとえば、僕が戦略部との打ち合わせで提案した運用改善案が、全社キャンペーン方針に取り入れられました。これって、役職以上の影響力があるはずです」
「なるほどな……だが、制度変更となると話は別だ。現行の評価制度は、組織的にも根が深い」
「それでも、“副制度”として提案したいんです」
湊の声は静かだったが、迷いはなかった。
「“役職報酬”に加えて、“価値反映ボーナス”という形を取りませんか? 一定の接続スコアを持つ業務に対して、役職に関係なく評価を上乗せする。これは、組織の“見えない貢献”をすくい上げるための提案です」
部長は腕を組んでしばらく黙っていた。やがて、口を開いた。
「……君、戦略部とも話してるな?」
「はい。野本マネージャーから、試験的に“構造ベース報酬モデル”のデータを取ってみないかと提案を受けました」
部長はわずかに頷いた。
「わかった。制度を一気に変えるのは難しいが、“副制度”としての導入は検討に値する。社内提案として、戦略部と連名で出せ」
---
数週間後、社内ポータルに新しい通知が掲載された。
---
**【新設】構造接続評価に基づく「価値反映ボーナス制度」試験導入**
対象:実務影響範囲が全社的判断に寄与した業務
評価軸:部門横断性・戦略接続性・意思決定支援度
目的:役職と切り離された“実質的貢献”の可視化
---
社内は一時ざわついたが、戦略企画部・広報・新規事業室などのキーパーソンたちは、この動きを歓迎した。
「ようやく、裏方の仕事が“言語化”されるんだな」
「報告書に名前が出るかじゃなく、“誰にどうつながったか”で評価されるのは健全」
社内チャットでは、ポジティブな反応が静かに広がっていた。
---
その日、湊は一人で会議室の白板を見つめていた。
そこに残っていたのは、かつて野本が書いた言葉だった。
「努力を“構造”に乗せろ。構造を知らない努力は、流れて消える」
今、自分はその“構造”に乗っただけではない。
はじめて、“構造を動かす側”に立てたのだ。
ホースの先で水を撒くだけの日々から、蛇口の流れを読んで、水路を作る側へ。
そして今は、誰かの水路を“設計し直す”立場になった。
湊は、ペンを手に取った。白板に、こう書いた。
---
**“構造は、静かに変えられる”**




