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第5章:行動を変える

**第5章:行動を変える**


 変わったのは、心構えだけではなかった。

 湊は、翌週から自分の働き方を“設計”し始めた。


 業務量は以前と同じだった。

 案件は多く、トラブルは減らず、終電ギリギリも続いた。

 けれど、湊の“視点”は明らかに変わっていた。


---


 最初に手をつけたのは、「報告の仕方」だった。


 以前は、月末に成果レポートをPDFでまとめ、直属の課長に提出して終わりだった。表やグラフ、改善点も書かれていたが、フォーマットは完全に“自己流”だった。


 今は違う。


 彼は、社内の経営会議用テンプレートを入手し、自分の数字をその形に当てはめた。


 プレゼン形式のフォーマット。

 冒頭には全体貢献度をKPIで見せ、次に“チーム全体に対するシェア比率”、最後に“来月の戦略的仮説”。


 上司が目を通す数分間に、必要な“判断材料”がすべて詰まっている構成に変えた。


 「俺は、“見られるため”に働いてるんじゃない。“使われるため”に報告してるんだ」


 湊はそう呟きながら、ExcelでKPIのトレンドグラフを並べた。


---


 二つ目は、「連結」だった。


 社外との打ち合わせ。以前は湊が単独で進めていた。スピードと実務に自信があったから、必要だと感じなかった。


 だが今は違う。


 打ち合わせに、戦略企画部の名前を“連名”で入れるようにした。

 時には「アジェンダの方向性について戦略企画部と調整済みです」と、実際には簡単なSlackでの一言確認でも、構造上“連携”として見せるようにした。


 それが何を意味するかを、今の湊は知っていた。

 \*\*“彼は部門をまたいで動いている”\*\*という印象を、資料と行動の両面から刷り込む。


 “自分だけで完結しない”ことが、会社においてどれほどの意味を持つかを、もう彼は知っていた。


---


 三つ目は、「報告の粒度」だった。


 以前の湊は、すべてを事細かく書きすぎていた。完璧主義ゆえに、細部にこだわりすぎ、逆に“要点”が埋もれていた。


 今は、上司が必要とする粒度に合わせて情報を選別する。


 橋本リーダーには「部全体の数字との関係性」を中心に。

 課長には「外部評価との連携」を短く。

 そして、部長の耳に届くレベルの報告は、「経営判断を促す数字」を一行で伝える。


 評価者が誰か。

 その人が、どういう情報を“価値あるもの”と認識しているか。

 それを徹底的に調べ、報告内容を変えた。


---


 だが、努力自体は、何も変わっていなかった。


 朝は早く、夜は遅い。

 資料作りも、クライアントとの調整も、相変わらず神経をすり減らす。

 それでも、心の中には確かな実感があった。


 「今の俺は、ホースの先で水を撒いてるんじゃない。

  “どこに水が届くか”を、地図を見ながら調整してる」


 そして何よりも、気づいたことがあった。


 “構造を知った者は、怒らなくなる”。


 評価されないことに、無力感を感じることが減った。

 それは、努力の方向性が明確になったからだ。

 感情ではなく、設計に従って動いている。

 これはもう、自己満足ではない。構造への“対話”だった。


---


 ある日の夕方、湊は野本にSlackで一言送った。


 > 【藤井】

 > 先日いただいたアドバイス、少しずつ試してみてます。

 > 少しですが、社内報告の中で“名前を拾ってもらえる”感覚が出てきました。


 野本からの返信は短かった。


 > 【野本】

 > お、いいね。“蛇口”がこっちを向きはじめたな。

 > あとは水圧、上げるだけだ。


 その言葉に、湊は笑った。


 努力は、変わらない。

 けれど、その努力が“届く”場所に変わった。

 そしてその瞬間から、世界の見え方が、確かに変わり始めていた。


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