表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第2章:構造リテラシーとの出会い

**第2章:構造リテラシーとの出会い**


 その日も、午前中は資料作成とクライアント対応で終わった。昼休みになると、湊は給湯スペースでインスタントコーヒーを淹れ、いつものように自席でメールをチェックしていた。


 「藤井さん」


 隣の席から声がした。日下部ミカが、声をひそめるように言う。


 「ちょっと、これ見てみてください」


 そう言って、彼女はノートPCの画面をくるりとこちらに向けた。開かれていたのは、Googleスライドの1枚目。タイトルが目に飛び込んでくる。


 **《構造リテラシー:報酬と評価の見えない仕組みを読む》**


 藤井は眉をひそめた。「なんだこれ?」


 「構造の読み方、って知ってます?」


 ミカは、いたずらっぽく笑いながら、コーヒーをひと口すすった。


 「最近、これ見てて……自分の“評価されない理由”が分かったんですよ」


 湊は画面に視線を戻す。スライドには、こんな言葉が書かれていた。


---


**“あなたがどれだけ成果を出しても、なぜか評価されない。それは、あなたが間違っているからではありません。**

**組織が動く“構造”を見ていないだけです。”**


---


 背筋に何かが走った。


 「ほら、うちの会社って、“仕事を回す人”と“仕事を流れさせる人”が分かれてるじゃないですか。でも、評価されるのって、だいたい後者なんですよ」


 「……分かる気はする。でも、それって……うまく立ち回るってことだろ?」


 「違うんです。“うまく立ち回る”じゃなくて、“構造を理解して動く”んですよ」


 ミカは、別のスライドに切り替えた。そこには、円形のダイアグラムが描かれていた。円の中心には「経営」とあり、その周囲に「戦略企画」「広報」「営業」「法務」などの部署が配されている。そして、そのさらに外縁に「現場オペレーション」「制作」「広告運用」などの部署が囲っていた。


 「この図……うちの会社の実質的な“力の分布”なんですって。公式の組織図じゃなく、“見えない影響力の構造”。でね、評価や昇進は、この“内円”に近い人ほど通りやすいんですよ」


 湊は、ハッとした。


 広告運用部は、確実に外縁に位置していた。いくら成果を出しても、それは“構造”の外で起きていること。どれだけ回しても、中心に届かない。


 「でもさ、じゃあ俺たちはどうすればいいんだよ」


 湊が言うと、ミカはまた笑った。だが、今度は少し真剣な表情が混じっていた。


 「私も最初そう思ってました。でも、“構造リテラシー”って、ただ文句を言うための武器じゃないんです。どうすれば“構造に乗れるか”を学ぶツールなんです」


 そのとき、ミカのPCにSlackの通知が届いた。チラッと見えたのは、あるオンラインセミナーの案内だった。


---


**【実践・構造リテラシー入門】

“成果が伝わらない人のための、見えない評価構造の読み解き方”

ゲスト講師:野本 誠(戦略企画部マネージャー)**


---


 「え、野本さんが……講師?」


 「そうなんです。実はこの講座、社外向けっぽく見せてるけど、うちの会社の構造がモデルなんですよ。社内で言えないことを、外部の“学び”として話してる。ある意味、裏マニュアルです」


 湊は言葉を失った。

 野本。あの“言わないけど知ってる側”の象徴。

 彼は、こういう“構造”の仕組みを読み解いたうえで動いていたのか。


 「この講座、もうすぐ募集締め切っちゃうんで、気になるなら……」


 ミカの声が途中で止まった。そこに、戦略企画部の社員が通りかかり、湊たちに軽く会釈したからだ。ミカはさっとPCを閉じた。


 しばらく沈黙が流れた後、湊は口を開いた。


 「……俺も、それ、受けてみようかな」


 そう呟いた声は、自分でも驚くほど静かだった。だがその胸の奥で、小さな炎が灯るのを感じた。

 “努力が届かない理由”を、他人のせいにしたくはない。

 だが、自分の働き方に“視点”が足りなかったとしたら――


 それを知る勇気だけは、まだ失っていない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ