表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

努力が届かない会社で、僕は“構造”を知った 第1章:沈黙する評価

タイトル:努力が届かない会社で、僕は“構造”を知った

第1章:沈黙する評価


 空調の効いた会議室に、微かにコーヒーの香りが残っていた。窓際に座る課長がモニターに目を落とし、ファイルをめくる音が淡々と続く。藤井 湊は、手のひらに軽く汗をかきながら、ノートとペンを膝の上に置いた。


 四半期の評価面談は、毎回どこか苦い。何を言われるのかではなく、何が言われないかを気にしてしまうからだ。


 「うん、案件の量はすごいね。正直、年間広告案件のほとんど、95%は藤井くんが見てるって話も聞いてるよ」


 課長はそう言って、ふっと口元をゆるめた。その一瞬に、湊はなにか救われるような気持ちになったが――続いた言葉が、それを打ち消した。


 「でもさ、やっぱりプレゼンスが弱いんだよね」


 プレゼンス。

 その言葉の意味を、湊は何度聞いてもつかみきれない。


 「あと、他部署との連携ってあったっけ? 戦略企画とか、営業サイドとどう絡んでる?」


 言葉が詰まる。連携の暇などなかった。広告案件の進行、入稿ミスの修正、クライアント対応、レポート作成……毎日がその繰り返しだった。休みの日もSlackは鳴り続け、終電のホームでモバイルPCを閉じる日々。なのに、チームの“外”との接点を求められるとは。


 「……いえ、特には」


 そう答えるのが精一杯だった。課長は「なるほどね」とだけ返し、目を戻す。


 湊は黙って頷いた。言い返す言葉が見つからなかった。


 プレゼンス。

 他部署連携。

 いつからそれが、評価の物差しになったのだろう。


 面談を終えて席に戻ると、デスクの上に置きっぱなしだった社内報が目に入った。表紙には「戦略企画部・野本誠マネージャーのインタビュー」の文字。


 野本誠。社内でも有名な“頭が切れる男”だ。二つ上の31歳。湊と同時期に入社したはずだが、既に戦略企画部でマネージャー。経営層との会食に頻繁に呼ばれ、意思決定に直接関与していると噂されている。


 「野本さんって、やっぱすごいっすよね。『言わないけど知ってる』感、マジで異次元っす」


 そう言ってきたのは、後輩のミカだった。日下部ミカ。明るく社交的で、SNSでは社内のリアルをちょっと毒混じりでつぶやくのが人気らしい。最近、何かをコソコソやっている様子がある。


 「先輩、さっきの面談どうでした?」


 「……まあ、いつも通りだよ。頑張ってるけど、見えてないってさ」


 「それ、うちの会社あるあるですよね。“構造”見えてないと、どんだけ働いても意味ないっていうか」


 構造? その言葉に湊は首をかしげた。ミカは一瞬口をつぐんだが、すぐに苦笑して誤魔化した。


 「え、いや、なんでもないっす」


 だが、湊の中で“構造”という言葉だけが残った。何かがある。それを知らずに、自分はただ数字をこなす歯車として、空回りしているのではないか。


 その夜、社内SNSにアップされた野本のインタビューを読んで、湊は確信する。


 「今、ビジネスで求められているのは“個の能力”じゃなく、“構造を読める目”です。組織がどう動き、誰がキーパーソンか。情報と行動がどう流れるかを掴んでいる人が、意思決定に近づける」


 まるで、彼の現在地を象徴するような言葉だった。湊はそのページをスクリーンショットし、無意識にスマホのメモに貼りつけた。


 評価されないのは、能力じゃない。

 “構造”を見ていないからだ――


 翌朝、出社した湊は、エレベーター前で誰かとすれ違った。香水の匂い。日下部ミカだった。スマホを見ていて、何かの画面を即座に閉じる。


 「あれ? なんか見てた?」


 「えっ、いや、別に……。“構造リテラシー”ってやつ、ちょっと面白そうで」


 「構造リテラシー?」


 「先輩、知らないっすよね、やっぱ……。まあ、見たらわかりますよ。世界が、全然違って見えるから」


 そう言ってミカは笑った。


 湊の心の奥で、何かが小さく軋んだ。無力感と焦燥感、そして言いようのない好奇心。

 “構造を読む目”。

 果たしてそれは、自分がこの会社で評価されるための鍵なのか。それとも、もっと根本的な“何か”を暴く視点なのか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ