第8話
ブシドーの「やべえかもな」という一言で、店の前の空気は一気に重くなった。
マジでヤバい状況に巻き込まれつつあるんじゃないか、俺関係ないけど…。
「…いま、街の方に出張ってるツレに連絡を取ってみた」
ブシドーが低い声で続ける。
「ルシアーノの連中も、あんまり目立つような動きはしてねぇみたいだが、何人か、見知った顔のコソ泥が連れていかれるのを見た、って話だ」
「父ちゃんは?」
さっきまでの威勢はどこへやら、コリンが心配そうな目でブシドーに尋ねる。
「いや…安心させるわけじゃねぇが、お前さんの親父が捕まったって話は、まだ聞いてねぇそうだ」ブシドーは続ける。
「ただ、どこ行っちまったんだか、さっぱりわからねぇらしい。…いちおう、ツレには帰り際に、お前んちの近くも回ってきてもらうようには頼んどいた」
そう言うと、ブシドーは丸太みたいに太い腕で、ポン、と優しく励ますようにコリンの肩を叩いた。
「なに、心配するな。お前さんの親父は、このカヌードルじゃ街一番すばしっこいヤロウだ。…まあ、ドケチでセコいヤツだがな。きっとうまくやってるさ」
父親が消息不明になっているという話を聞いて、コリンは不安そうな表情を浮かべる。さっきまでの悪態をついていた姿とは大違いだ。
初めて路地裏で会ったとき、俺を騙したあの演技を思い出す。
でも、今のこの心配そうな顔は、演技じゃない。
…なんだか、少しだけ気の毒になってきた。
「…アタシ、ちょっと街の方、回ってみてくる」
コリンが、思いつめたような顔でポツリと言った。
「やめとけバカ!」すかさずライゾウが止める。
「お前だって、この辺じゃツラ割れてんだろ!? 下手したらお前まで捕まるぞ!」
「いや、そりゃ、そうだけど…」コリンは唇を噛んで、うつむいてしまった。
またしても、重苦しい沈黙が流れる。
誰もが次の言葉を見つけられずにいる、そんな空気の中。
その沈黙を、まるで気にしないかのように、あっさりと破ったのは――ユーノだった。
「あのさ」
コリンたちがその存在をうっすら忘れかけていたユーノが、軽い調子で切り出した。
「コリンのお父さん、私が探してこようか?」
…………は????
俺と、コリンと、ブシドーと、ライゾウ。立場も状況もまったく違うはずの俺たち四人の「は??」という心の声が、見事にハモった気がした。全員の視線が、発言主であるユーノに突き刺さる。
あからさまに「何(誰)こいつ?」という視線を一身に受けても、ユーノはまったく臆することなく、話を続けた。
「だってさ、私は今日ここに来たばっかりのよそ者だし。その、なんだっけ? マキアート…、 ファミリー? とにかく、そのなんとかファミリーっていう人たちも、私のことは知らないわけだから、いきなり襲ってきたりはしないでしょ?」
マキアートじゃなくてルシアーノな!
「そ、そりゃ、まあ…そうかもしれねぇけどよ…」
コリンが、納得したような、してないような、なんとも微妙な表情でつぶやく。
「だったらさ!」ユーノは続ける。
「私が、コリンのお父さんがいそうなところを回ってみて、もし見つけたら、『お父さーん! コリンからの伝言でーす!』『なんか怖い人に狙われてるらしいから、隠れててくださーい!』って、大声で伝えればいいんでしょ?」
大声で伝えるって…お前…まあ、確かにコリンからの伝言なら、あのヒゲ親父も少しは警戒するかもしれんが…。
「…確かに、コリンからの伝言ってことにすりゃあ、あの親父も少しは身の危険を感じて隠れるかもな」
隣で聞いていたライゾウが、意外にもうなずいた。
「俺たちは連中にツラが割れてるから、今みてぇな状況だと下手に動けねぇ。案外、あんたみたいな素人のお嬢ちゃんがウロウロしてた方が、奴らも警戒しねぇでいいかもしれねぇな」
「でも…」コリンが、当然の疑問を口にする。
「アタシの親父がいそうな場所なんて、アンタ、わかんねーだろ?」
「大丈夫!」
ユーノは自信満々にそう言うと、どこからか取り出した、このカヌードルの地図を広げてみせた。
「コリンがこの地図に、『父ちゃんはこの辺によくいるよ』って、印をいくつか付けてくれれば、私が地図を見ながらそこを順番に回ればいいじゃない?」
ユーノは、得意げに地図を指さしながら答える。
(おーい! ユーノさーん! だから! 地図を広げてキョロキョロ歩いてたら、また別の怖い人に狙われるって、さっき学ばなかったんですかー! 学習能力どこかに置いてきちゃいましたかー!)
俺が内心で頭を抱えていると、コリンがためらうように言った。
「でも…アンタにそこまでしてもらう義理なんて、これっぽっちもねぇし…。ていうか、アンタ、どんだけ人がいいんだよ…」
呆れたように、でも少し困ったように笑うコリン。
すると、ユーノはきっぱりとした表情で、力のこもった瞳をコリンに向けた。
「勘違いしないで!」
そして、ビシッと人差し指を立てて、キメ顔で言い放つ。
「私は、自分のギターを取り戻したいだけだから!」
…うん、キマってる! キマってるけど、なんかちょっとズレてる気がするぞ!
それまで腕組みをして黙って聞いていたブシドーが、口を開いた。
「…そいつは、まあ、ありがてぇ提案かもしれねぇがな、お嬢ちゃん」
呆れたような、なんとも言えない顔で、ユーノに尋ねた。
「あんた、コリンの親父さんの顔、わかんのか?」
シーン…………。
一瞬の間。
ユーノは、きょとんとした顔でブシドーを見つめ返し…次の瞬間。
「てへっ♡」
と、効果音がつきそうな可愛らしい笑顔で、ぺろっと舌を出して照れ笑いした。
(((( 知 ら な い ん か ー い !!!! ))))
俺たち四人の心のツッコミが、カヌードルの空に響き渡った。