第7話 ルシアーノ・ファミリー
ライゾウと呼ばれた男は、水を飲み干して少し落ち着いたのか、俺たちにも聞こえる声で、深刻そうな顔で話し始めた。その顔には、まだ焦りの色がくっきりと残っている。
「…ルシアーノ・ファミリーの連中がよ、どうもこの辺一帯でコソ泥やってるチンピラどもを、片っ端から引っ捕まえてるらしいんだよ」
「は? なんでだよ?」コリンが眉をひそめて聞き返す。
「詳しいことは俺も知らねぇけどよ、どうも置き引きとかスリとか…ま、主によそ者や観光客を狙ってシノギにしてるような連中がターゲットみたいでな…」
そこまで言って、ライゾウは初めて俺とユーノの存在にちゃんと気がついたようだ。よっぽどあわててたんだろうな。短いモヒカン頭が、彼の焦りを代弁しているように見えなくもない。なかなかロックな髪型だ。
俺たちをチラッと見て、「こいつらは…?」とコリンに視線を送る。コリンは「まあ、気にするな」みたいな感じで手をひらひらさせ、「大丈夫だ、続けてくれ」と先をうながした。
ライゾウは少し訝しげな顔をしたが、話を続ける。
「なんでもな、観光客と間違えて、ファミリーの大事なお客さんをカモっちまった、とんでもねぇマヌケがいるらしいんだよ」
「はっ、なんだそりゃ!?」コリンが呆れたように鼻で笑う。
「この街で盗みでおまんま食ってんなら、相手がヤバいスジ者か、それともノロマなカモかなんて、一目見りゃわかりそうなもんだろ?」
そう言って、コリンがチラッと俺を一瞥した。…ええ、すいませんね! そのノロマなカモの代表ですよ、俺は!
「いや、俺もそう思ったんだがな」ライゾウが同意する。
「しかも、その盗まれたお宝ってのが、なんだか知らねぇが、そんじょそこらのモンじゃねぇ、かなり貴重な珍品だったらしくてよ。ファミリーの上の奴らがカンカンに怒り狂ってるって話だ」そう言って、ライゾウは自分のトレードマークらしいモヒカン頭を、なぜかよしよしと撫でた。
「かーっ! なんつー迷惑な話だ!」コリンが悪態をつく。
「でも、待てよ? それだったら、ソイツらが探してんのは、そのお宝を盗んだっていうドジなマヌケだけだろ? なんで関係ねぇコソ泥まで、みんな捕まえてんだよ?」
「そんなの、俺が知るかよ!」ライゾウが肩をすくめる。
「あのルシアーノ・ファミリーの連中のことだ。『面倒くせぇ、全員捕まえてぶん殴ってりゃ、いずれそのうち本物のマヌケにぶち当たるだろ』くらいに思ってんじゃねぇのか?」
……。
なんか、とんでもなく物騒な話を聞いてるんですけど!? 拉致!? ぶん殴る!? ここ、本当に現代社会ですよねえ!? 早くヴィネーチェに戻って、あったかい音響茶でも飲んで落ち着きたいんですけどぉぉ!
(…このまま、そーっと音もなくフェードアウトしたら、不自然かな? さすがに不自然だよな? 少なくともユーノは置いていけないし…)
ちらっと隣のユーノの顔を見る。あいかわらずキレイな顔立ちだが、表情からは何を考えているのか読み取れない。
「この件が今日だけで終わるんならいいんだけどよ、あいにくヤツらがどこまでをターゲットにしているのか、さっぱりわからねぇ…。だからなコリン、とりあえずお前もよ、しばらくは無理しないで、ウチにこもって大人しくお勉強でもしてろよ」
ライゾウが、少し心配そうな顔で言う。
「…あれ、そういや、お前の親父さんはどうした? 一緒じゃないのか?」
「え? いや、知らん」
コリンが首を傾げる。
「ライゾウはここに来る途中、ウチの父ちゃん見てねぇのか?」
「いや、見てねえけどよ。お前と一緒に行動してたんじゃねぇのか?」
ライゾウにそう言われて、コリンは「あっ」と何かを思い出したようにポンと手を打った。
「そうだ、それでここに来たんだった。おい、ブシドー!」
コリンは店の入り口に立つ厳ついオヤジに向き直る。
「今日、こっちにウチの父ちゃん来なかったか? さっき街でよ、なんか上等そうなギターと、それと、なんか薄汚ねぇリュック拾ったとか言ってたみたいだからさ!」
………………は?
…薄汚ねぇリュック? …拾った?
いやいやいや、聞き間違いだよな? 俺のリュックが薄汚いのは認めるが…って、そうじゃなくて!
(…はぁぁぁ!? あの泥棒ヒゲ親父、お前の父ちゃんだったんかい! しかも『拾った』ってなんだよ! どう見ても『盗んだ』だろうがぁぁぁ!)
俺が内心で特大のツッコミを入れていると、店の前で仁王立ちしているブシドーが、腕を組んだまま無愛想に答えた。
「いや、お前の親父さんなら、今日はまだ見てねえぞ」
「おかしいな…」コリンが眉をひそめる。
「あんなデケェ荷物、いつもだったらすぐにここに売っぱらいに来るはずなのに…」
その言葉を聞いて、隣にいたユーノが、不安そうな顔でコリンに尋ねた。
「…じゃあ、私のギターは、ここじゃないの…?」
「うっせーな、だからちょっと待ってろっつってんだろ!」コリンが面倒くさそうに答える。「ここじゃねぇとなると…」
コリンは少しの間、何かを考えるように黙り込んだ。
その沈黙を破ったのは、ライゾウだった。
「…おい、コリン。もしかして、お前の親父さん…ルシアーノの連中に捕まったんじゃねぇか?」
ライゾウが、怪訝そうな顔でポツリとつぶやいた。
「いや、まさか…」
コリンはそう言いながらも、その顔には明らかに不安の色が浮かんでいた。自分の父親が、その物騒なファミリーに捕まったかもしれない、という可能性に思い至ったのだろう。
「…ちょっと待ってろ」
それまで黙って成り行きを見ていたブシドーが、何かを確かめるように店の奥へと引っ込んだ。
重い沈黙が流れる。俺もユーノも、コリンもライゾウも、誰も何も言えなかった。
しばらくして、店の奥から戻ってきたブシドーは、苦虫を噛み潰したような、なんとも言えない表情をしていた。そして、一言、静かに、だが重く響く声でつぶやいた。
「……やべえかもな」
その一言で、この場の空気が、一気に凍りついた気がした。
第4話のエピソードの最後に、本作品の登場人物であるコリンのイラストを掲載しました。