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第5話 そして闇市へ

彼女の「チップを払うから」という言葉に、さっきまで腕をつかまれて抵抗していた少女――コリンとかいうらしい――の目の色が変わった。


「おぉっと! いやぁ、まさかネギしょったカモ…いや失礼、お客さんみずからお代まで払ってくれるたぁ、話がわかるじゃねぇか!」


現金なやつめ! さっきまでのふてぶてしい態度はどこへやら、コリンはニヤッと悪どい笑みを浮かべると、俺につかまれていた腕を軽く振り払い、満足そうに彼女の前に進み出た。


初めて路地裏で会ったときの、あの同情を誘うようなか弱い姿は完全に演技だったらしい。今のコリンは、まるで大物を釣り上げた漁師みたいに、やけに嬉々(きき)としていて、なんなら少しふんぞり返っている。ずいぶんとご機嫌な様子だ。


(そりゃ、ご機嫌にもなるだろうよ…!)


俺は内心で毒づく。盗みを働いた共犯なのに、お(とが)めは一切なし。それどころか、自分が盗むのを手伝った品物が流れている(かもしれない)場所に案内するだけで、金までもらえるってんだから。笑いが止まらないってやつか。


しかも、こいつは盗品をタダで返すなんて一言も言ってない。十中八九、「返してほしけりゃ、それなりの誠意を見せな」とか言って、とんでもない金額をふっかけてくるに違いない。ああ、考えただけで腹が立つ!


そんな俺の心境など露知(つゆし)らず、コリンは鼻歌まじりに、やけに軽い足取りで俺たちを案内し始めた。


「…なぁ、ユーノ」 俺は、隣をのんきに歩いている赤い髪の美少女――ユーノに、小声で話しかけた。

「さすがにちょっと、まずい流れなんじゃないか? これ」

「え? なんで?」 ユーノはきょとんとした顔で俺を見る。

「なんでって…! だから、闇市だぞ、闇市!? しかも、こいつらドロボウ仲間の縄張りかもしれないんだぞ!」

「別に、仲間のお店かどうかは、まだわからないじゃない?」

「仲間じゃなくたって、似たようなもんだろ! よそ者から盗んだ品物を売りさばくような連中が、まともなわけないだろ!」

「それはまぁ…、そうかもしれないけど…」

「さっきだって、この街の連中のガラの悪さ、身をもって体験しただろ!? きっとコリンは、俺たちをそのままアジトに連れ込んで、口封じかなんかするつもりなんだよ! 帰れないように縄でグルグル巻きにして、暗ーい地下室にポイッてしてさ! そんで『お前みたいな甘っちょろい坊ちゃんが、こんなとこまでノコノコ来やがって! 生意気なんだよ!』とか言われて、ボカスカ殴られたりして…!」


俺のネガティブ妄想は止まらない。


「で、見張り役のチンピラどもは、すぐに飽きて酒盛りなんか始めちゃったりしてよ、盛り上がってるうちに俺たちのことなんか忘れてどっか行っちゃうんだ! 地下室に閉じ込められたまま、誰にも気づかれずに、俺たちはやせ細って、ミイラみたいになって…うわぁぁぁ!」

「やだなあ、トーマ。考えすぎだよ」

まるで面白い冗談でも聞いたかのように、ユーノはくすくすと笑って俺の心配を軽くあしらった。


「いやいやいや! そういうとこだぞ、ユーノ!そういうところ! ついさっきだって、ギターまんまと盗られたの、忘れたのか!?」

「うーん、まあ、あれは確かに私も少し油断してたなぁって思うけど…」

悪びれる様子もなく、あっさりと言うユーノ。こいつ、大物なのか、ただの天然なのか…。


「いいか、あのコリンとかいうガキ、チビだからって油断するなよ! 見た目に騙されるな! きっと、この辺一帯を仕切ってるギャングのボスの娘とか、そういうのに違いねぇ!」

俺が必死に力説している間にも、コリンはズンズン先を行く。さすが地元民、うす汚い路地も慣れたもんだ。


「うーん、あんまりそんな風には見えないけどなあ…」ユーノが、先を行くコリンの背中を見ながらつぶやく。

「だから! それが甘いんだって!」


俺とユーノがそんな不毛な会話を交わしているうちに、周囲の雰囲気が少し変わってきた。どこからともなく人の声が聞こえ、何やら賑やかな場所に入ってきたようだ。野外市場、といった感じか。


ヴィネーチェの洗練された高級ブティックが立ち並ぶ商店街とは月とスッポン、いや、天使とゴブリンくらい違う。道の両脇には露店がぎっしりと並び、威勢のいい声が飛び交っている。あまり衛生的とは言えない感じだけど、活気はすごい。見たこともない色のフルーツや、正直言って何の肉なのかまったくわからない(かたまり)、得体のしれない干物などが、所狭しと並べられている。意外と品揃えは豊富なのかもしれない。…買いたいものは一つもないけど。


「おい、そこの二人! キョロキョロしてんじゃねえよ! ここではぐれたら、二度と会えねぇと思え!」


市場の喧騒(けんそう)に気を取られていた俺たちに、コリンの鋭い声が飛んできた。いつの間にか、少し先で腕組みをして俺たちを待っていたらしい。

「こっちだ、こっち!」


コリンにうながされるまま、市場の中のさらに奥、細い道の前にきた。路地の入り口には、「ベルツ通り」と書かかれている。

路地に入ると、さっきとはまた雰囲気がガラリと変わった。威勢のいい声は遠のき、代わりに、人相の悪い店主たちが道の両側からジロリと値踏みするような視線を向けてくる。


売られているものも、一気にあやしくなってきた。どう見てもガラクタにしか見えない謎の道具、干からびた(あや)しい生き物、誰が買うのか分からないような奇妙な楽器…。さっきまでの市場と違って、店ごとの統一感もまったくない。ごちゃごちゃと、ありとあらゆる物が無造作に並べられている。


(…なるほどな。確かに、ここなら盗品が紛れ込んでいても、全然わからないだろうな)


空気が、さっきまでの市場とは明らかに違う。重く(よど)んでいて、どこか危険な匂いがする。ここが、コリンの言っていた「闇市」なのだろう。


背筋にちょっと冷たいものを感じながら、いよいよヤバそうなエリアに足を踏み入れたことを実感する。すると、先導していたコリンが、とある一軒の店の前でぴたりと足を止めた…。


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