第2話
(……なんだ、あの子……。)
数秒間、完全に心を奪われたが、ハッと我に返る。
(いやいやいや、あの格好! あの雰囲気! 無防備にもほどがあるだろ! )
彼女の背負ったギターケースと、手に持った地図、キョロキョロとせわしない視線は、どう考えても「アタシ、よそ者です」「ウチ、カモです」と自己紹介しているようなものだ。
俺って、こう見えてたんだなぁ…。
ついさっき、見事にカモられた俺が言うのもなんだが、心配になる。このスラム街で、あのルックスと雰囲気は危険すぎるフラグだ。
(まずい、絶対なんかトラブルに巻き込まれるぞ、あれは……)
心配になった。放っておけない気がした。だが、いきなり「危ないぞ!」なんて声をかけても、怪しまれるだけだろう。
「やあ、きみ、大丈夫かい?」……いや、キザすぎるし不審者だ。
「道に迷ったのかい?」……いや、迷子なのは俺だろ!
「そのギター、いいね!」……いや、カツアゲだと思われる。
頭の中でぐるぐるとシミュレーションを繰り返すが、どれもしっくりこない。そうこうしているうちに、どんどん先へ行ってしまう。俺は彼女から少し距離を置き、こそこそと後をつける羽目に。背中を丸め、物陰から様子を窺う俺。…うん。
「……完全に怪しいお兄さんです、本当にありがとうございました」
額の汗をこっそりぬぐう。どうしようか。職務質問されたら一発アウトだぞ、これ。
そんなことを考えていた瞬間、ドンッ! と衝撃。
「うおっ!?」
通りすがりの誰かと盛大に肩がぶつかった。
「うわっ! す、すいません!」
反射的に謝罪する。相手は「チッ」と舌打ち一つ残して雑踏に消えた。
怖っ! さすがカヌードル、治安だけじゃなく住民の当たりも強いぜ。
…って、そんなことより! ほんの一瞬、目を離した隙に、彼女の姿が人混みにまぎれて見えなくなっていた。
「え!? どこ行った!?」
カヌードルの大通りは、意外に人が多い。いや、暇人が多い、と言うべきか。目的もなくウロウロしてる奴、昼間っから完全に出来上がってる酔っ払い…。活気があるのとはちょっと違う、猥雑な喧騒。この中から、あの輝く深紅の髪を探すのは、意外と骨が折れるかもしれない。
「くそっ、どこ行ったんだ…!」
キョロキョロと必死に周囲を見回すが、それらしき姿は見当たらない。
もう一度通りを見渡す。そのときだった。
少し先の路地から、なんか見覚えのあるオッサンが、あわてた様子で飛び出してきた! あの小柄な体躯! あの胡散臭いヒゲ面! あの全体的なうす汚れ感!
「あのオッサン!」
間違いない! さっき俺の全財産と卒論をかっさらっていった、泥棒ヒゲ親父だ!
「待てこらー!」
反射的に叫んで追いかけようとしたが、ちっ、距離がある! しかもあのオッサン、見た目に反して意外と足が速い! 全力ダッシュしても、追いつけるか怪しいぞ…!
オッサンが飛び出してきた路地の前あたりまで来た、まさにその時。
今度は、さっき見失ったばかりの深紅の髪の少女が、同じ路地から飛び出してきた! 息を切らして、めちゃくちゃ悔しそうな顔をしている。
それを見た瞬間、俺の頭の中で何かがつながった。
ピーン! と効果音が鳴った(気がした)。
(なるほどな…! この子も、俺と同じ手口でやられたってわけか!)
あのオッサンを今から追いかけるのはリスクが高い。だが、この路地の奥には、共犯者の少女がいる可能性が高い!
本体を追うより、まずは付属品を捕まえて、本体の居場所を吐かせた方が確実じゃないか?
「…よし!」
俺は迷わず、その路地裏へと駆け込んだ! ジーク・ベッツの聖地巡礼は一時中断だ! まずは俺のリュックを取り戻す!