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10年後の君へ  作者: ざこぴぃ
終業式
25/29

エピローグ


 ――2012年3月10日(木曜日)。

「摩訶般若波羅蜜多心経――」

 震災から1年後。東浜交差点で震災の供養祭が開催された。ここが1番亡くなられた方が多かったそうだ。避難出来る高い建物も無く、海岸からも近い住宅地。

 有志により、交差点のあった場所に慰霊碑が作られ、たくさんの花と線香が亡き人達を弔う。

 献花に訪れていた1人の女性に声をかけられ、僕は顔を上げる。

「春彦……君?良かった。今日は会えると思ってたわ」

「真弓……のお母さん……」

 そう言えばあれから高校は卒業出来たものの、夢夢の屋敷にお世話になっていた。

 気の抜けたような生活を続け、時々、南小夜子のお見舞いに中央病院に行く以外は外出する事もなかった。

「春彦君が今日来ていたらこれを渡したくて探してたのよ」

「は、はぁ……」

真弓の母に20センチ程の小さな缶を渡される。

「これね。真弓の荷物を整理してたら出てきたのだけど……大事にしていた物らしくて。だけど中を見たけど私にはわからなくてね、春彦君ならわかると思って――」

「僕……がですか?」

 小さな缶の蓋を開けた瞬間に自然と涙が流れた。便箋セットの上に大事そうに玩具の指輪が乗っている。

『おかげで私達はめでたく結婚しましたぁ!』

 あの時、真弓の言った言葉がフラッシュバックし、脳を駆け巡る。

「うぅ……」

「春彦君、やっぱりこれが何かわかるのね。そうね……君に預けた方が真弓もきっと喜ぶと思うわ」

「あり……ありがとうございま……うぅ……」

 最後はもう言葉にならなかった。我慢していた感情が一気に溢れてしまい、涙が止まらず、一緒に来ていた夢夢が背中をさすってくれる。

「千家様……大丈夫です……大丈夫です……」

 そう言いながら僕の背をさすってくれた。

 夢夢も真弓の最後の姿を一部始終知っている。理解した上で慰めてくれた。その優しさも相まってか、しばらく涙は止まらなかった。

 そのまま真弓の母親の運転する車に乗り、真弓が亡くなった場所へ行き花を飾る。

 その周囲は津波の爪痕で何も無くただ雑草だけが伸びていたが、不思議な事に真弓の乗っていた車椅子の周りだけは草も生えず、今にも動き出しそうな……そんな感じさえした。

 まだ冬の冷たい風が吹く。春は近いが真弓はずっと寒い中1人なのだろうか。手を合わせると真弓の笑顔が思い浮かんだ。

『ありがとう』

真弓の最後の言葉が耳に残る。

「真弓……僕の方こそ……!ありがとう……」

『カタン……!』

「え……?」

 一瞬、車椅子のブレーキが外れた様な音がした。真弓がそこにいたのだろうか。しかし誰も気付いてはいない。

「真弓……」


………

……


 猿渡の屋敷へと帰ると、一族の者が塩を撒き体を清めてくれる。

 僕は部屋に戻ると早速、缶を開けて中身を確認した。白蛇神社のくじ引きで当てた玩具の指輪、便箋セット……。

「そう言えばくまのぬいぐるみを欲しがっていたな……」

 そんな事を思い出す。僕は便箋セットを開封し、ペンを取った。



――真弓へ


 君と会えなくなって幾分経つだろう。時々君の仕草を思い出して涙が出る事がある。たぶんそれは僕の中に君がいるからなんだと思う。

 真弓……また会えるかな。会いたい……。

 今度また……生まれ変わって会えたら、2人でくじ引きをしよう。君の欲しがったくまさんのぬいぐるみが出るまで全部くじを引こう。

 君の手の感触が今でも忘れられない。こんなに君の事を愛していた自分に驚いている。

 真弓、愛しているよ。ずっと一緒にいような――



 そこまで書くと涙で文字がにじんで見えなくなり、ペンを置いた。

 しばらく手紙を眺めていたが、それ以上の言葉は出てこない。きっと今の僕にはこれが精一杯なのだろう……文章は途中だったが、最後に『千家春彦』と書き封筒に入れた。

 ただの自己満足……だが、少しだけ気持ちの整理が付いた気がした。


 ――数日後、僕は真弓の車椅子がある場所へと向かう。そして届くはずのない手紙をそっと車椅子の背もたれに入れた。封筒の中に玩具の指輪を入れて……。

「真弓、いつかまた……会おうな」

 そう言うと僕は車椅子に手を合わせる。

 振り返ると、4階建の新しい建物が建設中だった。それは真弓が通うはずだった医療専門学校。震災で半壊した学校は取り壊され、内地に数キロ移動した場所に建て替えられていた。

「この距離なら車椅子でも通えるかもな……」


………

……


「やれやれ、見てしまったからにはこの手紙を届けないといけないではないか。はふぅ」

「はい!さすがねぇさまですわ!優しさが溢れていますわ!」

「うむ……まぁそのうち西奈真弓に……いや?あやつに届ければ良いか。郵便配達じゃ」

「はい!ねぇさま!いかようにもなりますわ!」

「嫌がらせにお主の鼻くそも付けておいてやろうか」

「それは嫌ですわ!ねぇさま!」

「冗談じゃよ、冗談……いや、目くそにしてやろうか」

「どっちも拒否ですわ!ねぇさま!」

 そんなやり取りがあったとか無かったとか。春彦は手紙を書いた事も時間の経過と共に自然と忘れていく。

 いつの間にか、車椅子の背もたれから手紙が無くなっているとも知らずに……。



※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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