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10年後の君へ  作者: ざこぴぃ
1学期
2/29

第1話・南小夜子


 ――日付が8月8日から8月9日に変わると着信が入り、パソコンの横で小刻みにスマホが揺れた。

『ブゥブゥブゥ――』

 画面には『南小夜子』の文字が出ている。

 昼間見た女性の事も有り、一瞬冷やっとしたが、冷静に考えれば、電話番号は解約から2年経つとまた振り分けられるらしい。つまり、今かかっている電話は間違い電話なのだろう。

『ブゥブゥブゥ――』

「誰……だよ。こんな時間に間違い電話をして来て――」

 しばらく鳴り止まない電話が気になり、僕は結局スマホの通話ボタンを押す。

「も、もしもし?」

「――あっ!」

『プゥ―プゥ―プゥ―』

 電話に出た瞬間、一瞬だが女性の声が聞こえた。

 僕は椅子から勢いよく立ち上がる……。立ち上がると同時に立ち眩みがし、机に手をかけた。

(あれ?この状況、どこかで――)

 デジャヴの様な不思議な感覚に襲われながらも、頭から血の気が引いていくのがわかる。

(まずい、これ、倒れる……)

 目の前が暗くなっていくのを感じながら、倒れまいと椅子に座り直し、机に体を投げ出す。

(立ち眩みが治まらない……どうして……?)

 そう、思いながらも意識は徐々に遠のいていった。


……

………


「うぅ……」

 気が付くと、机に突っ伏したまま少し眠っていた様だった。ほっぺたが机にくっつき、ゆっくりと重い頭を持ち上げスマホの画面を確認する。

「あれ……スマホは……?」

 さっきまでパソコンの横にあったスマホが見当たらず、代わりに黒く細い携帯電話がある。……昔のガラケーだ。

(ガラケー?何でガラケーが?)

 不思議に思いながらも携帯の画面を見ると、8月9日――日付は変わっている。が、何かがおかしい。体を起こし、携帯の画面を再度見る。

『2010年8月9日0時1分』

そして画面の下には『着信アリ』の文字。

「夢……いや、これはデジャヴ……?」

 この場面を頭は覚えている。小夜子が亡くなった日、朝起きると携帯に着信の文字を見た記憶がある。

「何だ、これ……どうなってる?ここは僕の部屋……だけど」

 自分で言って違和感を感じた。僕の部屋ではある。しかし、それは真弓と暮らしているマンションではなく、10年も前に過ごしていた実家の部屋なのだ。

「どういう事だ……?さっきまで2020年だったはず……」

 頭が整理出来ず、現実と夢の間にいる様だ。しかし机には見覚えのある教科書や、以前使っていたノートパソコンがあり、触ってみたが手の感覚もパソコンを触る冷たい感触も伝わってきた。

「そうだ……小夜子……。あの時、着信があってそれから――!!」

 少しずつ思い出してきた。

 10年前、小夜子から着信があった日。朝、学校に行くとパトカーが校舎の横にあり、警察がいて……生徒達が野次馬になっていた。そしてそこには規制線が張られ、近付けなかった記憶が蘇る。


 ――あの日、小夜子が屋上から飛び降りたのだ。


 その事実を知るのは翌日の全校集会での事。噂にはなっていたが、それまでは小夜子だとは信じられなかった。

「行かないと……小夜子が何か伝えようとしてる……?」

 僕は脱ぎ捨ててあったズボンを履き部屋を出ると、暗闇でも実家の玄関までのルートは体が覚えていた。そっと玄関のドアを開けると、蒸し暑い夏の夜がまとわりついてくる。

 夢の様な宙を歩く感覚はなく、自分の足で地面を蹴っている。

 僕は学校へと行く通学路を自転車に乗り飛ばすと、風を切る音、自転車をこぐ音、すべてがリアルに感じた。

 自宅から学校までは10分程……幸い深夜という事もありすんなり向かえている。

(小夜子がもし飛び降りるなら何時だ?間に合うのか?もし間に合わないならどうする?それを目の当たりにして耐えれるのか?僕が第一発見者になった場合はどうする?なぜ学校に居たのか?落ち着け……考えろ考えろ!音楽室の前には確か花壇があって……それから……)

 自問自答を繰り返す。学校に早く着きたいが、どこかで間に合わないのなら行くべきではない、とも思う。

 そうこうしていると学校が見えてきた。道路を横切り校門前に到着する……。


【夢希望高等学校】


「着いたっ!」

 到着した安堵とこれから起こるであろう不安が入り交じり、何とも嫌な気持ちになってきた。

 校門の横の勝手口が開いている所を見ると、やはり小夜子は学校にいるのだろう。

 勝手口の前に自転車を置き、校庭を横切り校舎へと走る。屋上を横目で見ながら……。

(確か……あの規制線があったのは……!)

 僕は迷わず、校舎裏の音楽室の前へと向かった。校舎へ近付くと案の定――屋上に人影が見え、想定内ではあるが、緊張と恐怖から心臓が飛び出してしまいそうになる。

(落ち着け、落ち着け――)

 僕は考えうる限りの行動を起こす。

「さ、小夜子っ!待て!早まるな!!」

 一瞬、僕の声で屋上の人影が揺らいだ様に見えた。今ので少しは時間稼ぎが出来ただろうか?一瞬でも我に帰れただろうか?

 僕は学校へ来る途中で考えていた方法を実行する為、花壇にあるブロックを引っ張り出し、音楽室の窓に向けて投げつけたっ!

『ガッシャーン!!ジリリリッ!!!』

 窓の割れる音と同時に防犯ベルが鳴り響く!

 防犯ベルは想定外だったが、屋上を気にしながらも、割れた窓から音楽室のカーテンを捲り外へと引きずり出した。

「痛っ!」

 腕が割れたガラスで切れ、痛みと出血を伴う。

 音楽室のカーテンは他の教室と比べると、防音仕様で恐らく丈夫なはずだ。カーテンを引っ張ると地面との間に隙間ができ、考え得る限りの準備は出来た。後は運任せだが――!

「小夜子っ!聞こえるか!僕だ!春彦――」

 屋上を見上げて叫ぶやいなや、ソレはあまりにもいきなり降ってくる。

『ザッ!ドサッッ!!』

「え?」

 突然両腕に重さがのしかかり、ソレは僕1人では到底支えれるものでは無かった。反動で体が宙に浮き、スローモーションの様に落ちてきたソレがカーテンに包まれていくのが見える。

「小夜子っ!!」

 やはりソレは小夜子だった。しかし僕もまたカーテンの裾を持ったまま、勢いで吹き飛ばされ校舎の壁に激突する!

「んがはっ!?」

 両腕がたぶん……折れた。激しい痛みはあるが動かない。

『ドスンッ!!』

 落下速度は少しは落ちただろうか。それとも無駄な抵抗だったのだろうか。小夜子の勢いは止まらず、地面に体を打ちつける音が静かな学校に響く。

『ギシャ!』

 近くで鈍い音が聞こえ、花壇の上に人影が転がる。通路のアスファルト上に落ちていたら即死だろう。

 カーテンに包まれ、花壇に横たわり動かない小夜子の姿が見え、生きていてくれと願う。

 校舎から聞こえる防犯ベルの音を聞きながら僕も目を閉じた。そして意識がだんだんと遠のいていった……。


……

………


 気が付くと真っ白な天井が見え、頭も回らず、ここがどこかわからない。

 ふと、以前小説で読んだ『白の世界』という話を思い出す。主人公が白の世界に迷い込み、仲間達と脱出を目指すという話だったような。最初は何も無い真っ白な世界でメリーという女性と出会ってそれから……。

「メリーさん!千家さんの血圧取って!それが終わったら――」

「はいデス!」

(え?今、メリーって聞こえた?)

「千家サン、気が付きましタカ?ここは中央病院デス。覚えてまスカ?オーイ……」

 彼女の名札には『山羊(ヤギ)』と書かれていた。

(ヤギ……ひつじ……メリーか。そう言う事か、びっくりした……)

「あの……すいません。一緒に運ばれて来たと思うのですが、女の子の具合は?」

「ハイ、今シュジュチュウですが、もうすぐ終わる頃かと思いマス。命にベツチョウは無いと聞いてマス」

「……良かったぁ」

 全身の力が抜けると同時に激しい痛みが出てきた。腕は動かない。足は動く。首は固定されているのか……だんだんと状況が飲み込めた。

 学校にいたのは0時過ぎ。警報のおかげで警備員に発見されて助かった様だった。もうすぐお昼……12時間近く眠っていたらしい。

 目が覚めると警察の事情聴取が始まり、夜中に学校になぜいたかと問い詰められる……。

 正直に「未来から来た」と言った所で信じてもらえないだろう。そればかりか事情聴取が長引く可能性もある。僕は適当に「コンビニに寄った帰り道で小夜子から電話があった」と嘘をつく。小一時間程、警察や医者が立ち替わりやってきた。


 さて、状況はわかった。

 2010年の8月9日。僕は今、ちょうど10年前にいて、背格好も当時の高校生になっている。漫画で良くあるタイムリープをしたのかもしれない。

 亡くなったはずの小夜子を救ってこれで終わりだと思っていたが、そううまくはいかなかった様だ。元の時間への帰り方もわからず、そもそも体が動かせない。

 地団駄を踏む気持ちで小夜子が目覚めるのを待つことにした。この間は面会謝絶としてもらい、親以外とは会っていない。まずは小夜子と話をしなければ……!


 ――3日後。

「小夜子、気が付いたか?」

「春彦君……」

 うっすらと涙を浮かべる小夜子は、当時と変わらず眼鏡をかけ、ショートカットの黒髪が似合う。しかし今は体中に見え隠れする包帯が痛々しい……。

「助けて……くれたんだってね……」

「あぁ、屋上から飛び降りる姿を――」

「……どうして?死にたかったのに……どうして……」

「それは……!」

 涙を流す彼女を見て言葉に詰まる。お礼を言われる筋合いはないが「死にたかった」と言われても「はいどうぞ」とはならない。

「何があったかはわからないが……えっと……僕は君の事が好きなんだと思う。だから助けた……」

「え……うそ……」

 話を少し盛ったが、この当時の僕は小夜子が好きだった気はする。まずは小夜子を落ち着かせる為にと、口をついて出た言葉だった。

「……本当に?」

「あぁ……」

 彼女の目つきが変わった気がし、そして彼女の次の言葉に愕然とする。

「小夜子、いじめがあったのなら教えて欲しい。僕に出来る事があれば――」

「いじめ?春彦君……それは違うわ。多かれ少なかれ、それらしき事はあったけど……」

「じゃぁ、どうして?自殺をしようとするなんてよっぽど追い詰め――」

「先生の子供を妊娠したの」

「は……?え……何……」

「妊娠しているの。本当よ。先生以外の誰にも言ってないわ」

 一瞬で小夜子と僕の間に見えない高い壁が出来た気がした……。

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