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平民の調合師は、助けた騎士に囚われる。




 騎士様は、いつも唐突に現れる――――。




「やあ。ここにいたんだ」

「あ……こんにちは……」


 王城にある薬草園の片隅で日課の水やりと雑草取りをしていたら、真っ黒で長い髪をサラリと垂らした男の人に後ろから覗き込まれた。

 闇夜に温かく包まれたような感覚に陥る。


 彼はアルブレヒト様。

 この国の辺境の騎士様。

 それ以外は知らない。知る必要もない。


「ん、みんな大きく育って来たね」

「はい」

「エルナが愛情込めたからかな?」


 深い緑の瞳を細めて、ふわりと微笑まれた。

 整った顔で穏やかな性格をした彼は、きっと恋の相手も多いのだろう。こういった妙に近い距離感は、それをとても感じる。

 これまで恋なんてしたことのなかった私は、彼のこういった甘い行動にドギマギするだけで精一杯だ。


「っ……そんな事は…………」

「ふふっ」


 よしよしと頭を撫でられてしまった。

 私の赤いうねうねとした髪を指に巻き付けて、少し引っ張って、キスを落とす。


 ここは私に与えられた個人の小さな薬草畑。

 薬品調合師である私たちの基本の仕事は、薬草の管理と薬などの製造。個人での新しい薬品の研究も許可されている。

 日々のノルマと、受注薬さえ作り終えればあとは自由。時間に融通の効く仕事で、のんびりとした時間をいつも過ごしている。

 

「もうすぐ、秋だね」

「はい」


 後ろに立っていたアルブレヒト様が、隣に座り込んできた。彼は、なんというか距離が近い。


「三年前だったね。エルナに助けてもらったのは」

「助けたというほどでは――――っ」


 すっと伸ばされた右手。

 大きな手のひらが頬をふわりと包んだ。

 彼の親指がゆっくりと下唇をなぞる。


「君から与えられたキスで、私は助かった」

「っ! ああああれは……キスではっ!」

「あははは。真っ赤だ」


 秋は、高熱を伴う季節性の風邪が流行りだす。

 その時期になると陛下の命令書が届き、専用の薬を大量生産し各地の医師に配布するので、受診して薬さえ飲めばすぐに解熱するし、数日はかかるもののちゃんと完治する。

 ただ何年かに一度、病原菌が変質を起こして、薬が効きにくくなり大流行を起こす。


 三年前の秋も、そうだった――――。

 



 近衛騎士様の一人が調合室に駆け込んできて、早急に診てもらいたい人物がいると言い出した。調合師である私たちは調合しかできない。


「王城在中の医師に頼んだほうが……」


 近衛騎士様がキョロキョロとしたあとに小声で伝えてきたのは、臨月である王妃陛下の体調不良。そういえば今日は出勤したはずの室長が調合道具を抱えたまま、急に休みを取ると言って退勤して行っていた。


 ――――そういうことね。


「明後日の式典で表彰される騎士が倒れてしまったんだ」


 明後日は国を挙げての式典。各国からたくさんの来賓も来ており、いま王城の職員たちは慌ただしく動いている。その最中での王妃陛下の不調。医師たちが出払ってしまうのも納得だった。


「医師の娘が調合師にいると聞いて……」

「あー……私です」


 医師といえど町医者だし、その娘だからと診断が出来る訳ではない。幼い頃から手伝いはしていたので、顔を真っ青にしてこちらを見ている他の調合師たちよりは多少はましだろうと、名乗り出た。

 状況的に、何かしら失敗すれば立場が危うい気がする。なぜならば、近衛騎士様が動いているからだ。彼らが動くということは、国王陛下が許可したということになる。


「エルナ……ワシが行こう」

「ゾルさんは駄目。薬草の管理責任者でしょ」


 私なら特に大きな役職はない。咎められ何かあっても、調合室に大きな損害が出ない。


「行きます」


 近衛騎士様から倒れた騎士様の状況を聞くに、流行り風邪の症状なのに薬が一切効かないようだった。調合の道具と、思い当たる薬草類を片っ端からカバンに詰め込み、全力で城内を走った。


 到着したのは、王城の奥まったところにある客間。王族用の区画だと思っていたのだけれど、もしかしたら諸外国の来賓が多く来ていて、こちらを国内の来客たちに割り当てたのかもしれない。

 豪奢なベッドに丸くなっている黒髪の騎士様の額と手首に手を添える。危険な程に熱い。そして、異様に脈が速い。


「この状態はいつからですか?」

「昨晩から調子が悪いので一人にしてほしいとは仰っていて、今朝にはこの状態だった」


 いまは三時を過ぎていたはず。服が汗でびしょびしょになっている。六時間以上もこの状態で放置されていたのかと焦った。

 どうやら、王妃陛下のこともあり、季節性用の風邪薬を飲ませて様子を見るしか出来ていなかったらしい。


「とりあえず、彼の服を脱がせて体を拭いてください。そして新しい服を」

「あ、あぁ……しかし、本人に確認せずにそれは……」

「本人の意識がありません。今の汗で濡れた状態は体力を奪い続けます。いくら屈強な騎士様といえど、命を失いかねません」

「っ、わかった……」


 調合道具を床に広げ、木の実と花を水に入れ加熱しつつ、薬研で薬草をすり潰していた。床にバサリバサリと落とされていく服のポケットから、薔薇の紋章のペンダントが飛び出ているのが見えた。


 ――――ん?


 薔薇の紋章は王族の証。ここにいるのは騎士様だったわよね? と思いつつ、チラリとベッドの上を見ると、騎士様の左胸に薔薇の入れ墨が彫られていた。


 ――――んん?


 王族の証の入れ墨など、見なかったことにした。余計なことに関わったら、命がいくつあっても足りない。いまもかなり危険な橋を渡っているはずだから。

 薬研車を必死にうごかして、何も見ていないし見えていない、と装った。

 耳を澄ませ、服を着せ終わるタイミングを見計らう。


 乳鉢にすり潰した薬草を移し入れ、木の実と花を煮詰めた煎じ液を上から注ぐ。乳棒でゆっくりとかき混ぜて少し冷ます。飲める程度の温度になったら、茶濾しに茶巾を敷き、しっかりと濾した。そこにもともとの流行り風邪に効くエキス剤を加えてよく混ぜたら完成。


「出来ました。たぶんこれで熱は下がるかと思います」

「飲ませてやってくれ」

「はい」


 近衛騎士様に頼んで、気を失ったように眠っている騎士様の背中にクッションを入れて体を少し起こしてもらった。煎じ薬を入れた薬呑器を口に当て、そっと傾けた。


「あっ……」


 意識がなかったこともあり、口から溢れ出てしまう。声をかけ、飲み込んでとお願いするも、ぐったりとしていて反応がない。


 ――――仕方ない。


 口腔内をしっかりと濯いでから、煎じ薬を少し口に含んだ。騎士様の顎を持ち上げ、自身の唇を騎士様の唇に押し当てる。ゆっくりゆっくりと流し込んでいると、騎士様の喉がコクッと動いた。

 二の腕をがしりと掴まれたので、どうか抵抗しないでほしいと伝えるように頭をそっと撫でた。それが伝わったのかはわからないけれど、騎士様は掴んでいた手の力を抜いてくれた。

 少し押し上げられた目蓋の隙間から虚ろな瞳が見えた。

 深い緑色の瞳と視線が合った瞬間、コクリと嚥下する音が一際大きく部屋に響いた。


「っ……ふぅ。良かった、気がつかれたんですね。残りも飲んでください」

「ん」

「………………あの? 口を開けてくださいませんか?」


 騎士様はなぜか目を瞑り、唇を少し尖らせたようにして待っていた。

 それでは飲み口が入らないのだけれど。

 

「アルブレヒト様、調合師殿が困っています」

「…………ん?」


 目を覚ました騎士様は、少しいじけたような顔で薬呑器から煎じ薬を黙々と飲んでくれた。

 そして、ベッドに倒れ込むと、またスウスウと眠ってしまった。




 □□□□□




 式典に参加するため、久しぶりに王城に来た。

 五歳しか違わないのに、伯父だと言い張る国王陛下に命令されて。

 辺境を出た辺りから、体調が優れなかったが、参加すると言ってしまったからには仕方ない。到着し、これは完全に季節性の風邪にやられていると分かった。手配させた薬を飲み、使用人たちを下がらせていた。


 ふと気がつくと、息苦しかった。

 柔らかな何かで口が塞がれている。

 暗殺者かと慌てたが、あまり力が入らないうえに、目が回る。


 ――――苦い。毒か?


 犯人の顔だけも拝んでおかねばなと考えた瞬間、頭を撫でられた。とても小さく温かな手で。

 琥珀色の瞳と、赤く柔らかにうねった髪が見えた。

 王城の薬草園で楽しそうに草花に話しかけていた、少し変わった少女。


 ――――なんだ、夢か。


 気になっていた女の子から、キスをされている夢だと思った。高熱にうなされ、都合のいい、煩悩にまみれた夢なのだと。


「っ……ふぅ。良かった、気がつかれたんですね。残りも飲んでください」

「ん」

「………………あの? 口を開けてくださいませんか?」


 苦いと感じたのは、薬か。そうだった、彼女は調合師だからな。都合のいい夢のくせに、そこは現実的なのか。まあいい、またキスをしてもらえるのか。


「アルブレヒト殿、調合師殿が困っています」


 ――――ん?


 なぜか陛下の右腕でもあり、私の昔の護衛騎士でもあったブルーノの声がする。

 目蓋を押し上げると、赤い髪の少女が薬呑器を手に、困り果てた表情でベッドの横に立っていた。

 どこからどこまでが現実かわからない。ただ、少女はキスをくれなさそうだった。煎じ薬を飲み、もう一度、幸せな夢の中に潜り込んだ。




「あれはないですよ」

「っ、うるさいっ」


 夕方に目を覚まし、ブルーノに事のあらましを聞いて、ベッドの上で頭を抱えていた。まさか、淡い思いを抱いていた相手に、もろもろ晒していたとは思わないじゃないか。

 直ぐにお礼と弁明に向かいたかったが、安静にしておけと怒られた。追加の薬も作ってもらっているので飲むよう言われ、素直に飲む。

 苦いと感じるはずの薬は、なんとなく甘く感じた。


「飲み方がねちっこいですよ」

「お前は本当にうるさいな。で、王妃陛下は?」

「少し早いのですが、どうやら産気づかれていたようです」

「式典は?」


 式典は予定通り執り行うとのことで、まぁ仕方ないかとまたベッドに潜り込んだ。その後、侍医に診てもらい、調合師の置いていった薬をちゃんと飲めば、二日後の式典には参加できるだろうとのことだった。




 ◇◇◇◇◇




 すやすやと眠る騎士様を見て、どうにか大事にはいたらなかったとホッとしつつ、調合室に戻った。室長への報告は明日でいいだろう、今日はもう休みなさい、とゾルさんに言われてありがたく帰ることにした。

 翌朝も室長は緊急の休みで、なんだろなと思っていたら、王妃陛下がご出産されたと聞いて、城内は一気にお祭り騒ぎに。

 こういう時は、怪我人が増える。予定していた式典も行うそうなので、その後に流行り風邪が広がる。そう予想し、各々休みの日取りを変えて、対応した。


「辺境の騎士様が訪ねてきてたよ。エルナに会いたいと」


 休み明けの朝、ゾルさんにそう言われ、きっとお礼を言いに来られたんだろうなとは思ったものの、わざわざまた会いに行くのも何か変だし、口移しで飲ませてしまったというのがちょっと恥ずかしくて、「そうですか」とだけ答えていた。


 その後、何度か騎士様が訪ねてきたらしいけど、丁度よく離席していたりして、会うことはなかった。




 式典後のドタバタも落ち着いたころ、辺境の騎士様から手紙が届いた。

 あの日の感謝と、次に王都に来たときにお礼をさせてほしいという内容だった。私は仕事だからその必要はない旨と、気持ちだけ受け取ると丁寧に返事をしたつもりだった。


「やあ」


 新年になって最初の勤務日、薬草園で水やりをしていると、後ろから声をかけられた。黒髪で深い緑色の瞳をした騎士様。あの日の、騎士様。


「あ……騎士様」

「アルブレヒトと」

「えっと…………何かご用でしょうか?」


 流石に私のことは覚えていないだろうと踏んでいたけれど、私に会いに来たと言われてなんだか詰んだ気分になった。


「お礼をすると約束しただろう?」

「……仕事ですので」

「今日の仕事終わりに迎えに来るよ。一緒に食事に行こう」


 一方的な約束。でも、騎士様の柔らかく微笑んだ雰囲気に当てられて、嫌な気分にはならなかったし、仕方ないかと思った。

 騎士様の行くような店は緊張するだろうから、私の行きつけでいいと言われた。


 城下町のちょっとラフなバルに行くと、騎士様は楽しそうにメニューを見ては色々と頼んで、初めて見たとか美味しいと大げさに喜んで、頬にパンパンに詰め込んで食べていた。

 食事はとても楽しくて、辺境にしかない薬草の話も教えてくれた。

 はちみつ酒をちょこっとずつ飲んで、ほろ酔い気分だったこともあり、とてもふわふわした感覚になっていた――――。


「っ…………エルナ」

「アルブレヒトさま…………っ!」




 ――――やってしまった。


 鮮烈に覚えているのは、左胸の薔薇の入れ墨。平民の私が見てはいけないもの。すべて忘れなきゃいけないこと。一夜の夢。

 ベッドで穏やかに眠っている騎士様を起こさないよう服を着て、逃げ出した。


 それから、何度も騎士様が訪ねてきたけれど、居留守を使ったり、いま手が離せない調合中だと言って躱した。


 騎士様が辺境に戻ったと聞いた時にはホッとしていたのに。




 夏の終わり、薬草園で後ろから話しかけられた。


「エルナ」

「っ……何かご用でしょうか、騎士様。薬は医師の診察後、調合室にお伝え下さい」

「君に会いに――――」

「っ、私は一介の平民ですので、騎士様と知り合う機会はありません」

「…………わかった」


 突き放したような態度。騎士様に困ったような顔をさせてしまったけど、これでいい。静かに立ち去って行ったので、やっと諦めてくれたと思った。それなのに。

 翌日、また薬草園で騎士様に捕まった。


「やあ、あの日は治療してくれてありがとう。私はアルブレヒトだ。君は?」

「…………」

「命の恩人にお礼を言いたいんだ」

「………………エルナです」

「エルナだね。これで私は君の名を呼んでいいよね?」

「っ、はい」




 それから、辺境の騎士様は王城にくるたびに、薬草園で話しかけてくるようになった。

 気づけば三年。ずっと笑顔で話しかけてくる。

 いつの間にか、そっと触れてくるようになった。愛おしそうな表情で。

 それでも私は気づかない振りを続けていた。彼が誰だか知らない振りを続けていた。


 彼は王族だ。

 胸にある薔薇の入れ墨は、王族が産まれたときに入れられるもの。

 平民の私には手が届かない相手。遊びだと割り切れる性格ではないから、余計に近づきたくない。

 なのに――――。


「エルナ、仕事終わりに迎えに来るね。下町のバルに行かないか?」

「っ……」


 ――――なぜ。


 なぜ、あの日のことを思い出させるの? もう忘れたいのに。希望なんて持ちたくないのに。


「嫌です」

「……行こう?」

「なんで、そんなに思い出させるんですか! 嫌ですって!」

「っ……君が好きだからだよ」


 聞きたくなかった。でも、そう言わせるように話を持っていったのは私。


「私は……貴方が、き、らいです」

「嘘。本当は?」

「っ、貴方の立場と釣り合いません。二度と来ないで」


 そう言うと、騎士様は泣きそうな表情になった。


「ん。今日で最後にするよ。今日だめだったら、諦めて見合いをしろと陛下に言われていたんだ。最後にキスをしたい………………エルナ?」


 騎士様の顔が歪んで見えない。自分の目から涙がどんどんと零れていくのがわかる。


「エルナ、言って」

「っ、ぅ……なにを、ですか」

「君の本心を、教えて」


 騎士様はそう言うけど、言って何になるの? 叶うわけない恋心なんて持ちたくなかった。


「無理です」

「君の本心を知れないと、私は動けないんだ。君のことをどれだけ愛していても、地位で無理強いをしたと言われてしまう……そんなのは嫌だ」


 泣きそうな表情の騎士様を見て、意地を張って好きな人を傷つけ続けていたのだと気づいた。


「騎士様が……アルブレヒト様が…………すき、です」


 そう言った瞬間、力強く抱きしめられた。そして、アルブレヒト様の唇が熱く激しく重なった。ゆっくりと離れていくアルブレヒト様の瞳は、私と同じく潤んでいた。

 

「私もだ。ずっと好きだった。愛している」




 この国で平民と王族の結婚など、国民なら考えられないほどの珍事件。

 これから色々と大変なことが増えるだろう。それでも、アルブレヒト様となら乗り越えられる気がする。お互いにしっかりと、想い合えているのだから。




 ―― fin ――

 



読んでいただきありがとうございます!

タイトルが定まらん!!


もうちょい頑張れ、朝チュン大丈夫か!? そんな気持ちを込めたブクマや評価お待ちしております(´・ω・`)

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