第19話 子供村長フォルセ
ルルアに訪れたその少年は、『フロの村長』フォルセと名乗った。
村長?
どうみても10歳前の子の少年が?
身長はおおよそリムちゃんと同じくらい。
ただ顔つきからして、おそらくリムちゃんより年上だと思う。
情報ではフロの村の村長は20歳くらいの結構やり手の青年のハズだが……
ヌルウが否定しないということは村長が変わったのだろうが、こんな少年が村長とは。
フロの村になにが起こったというんだ?
ただ、年をのぞけば、村長に相応しくないってわけではなさそう。人格的にはまともそうだ。
緊張して堅くなってはいるが、その眼には聡明そうな光が見て取れる。
今の村人ほどではないが、オレがこの村に来た頃の村人よりは清潔感が感じられるし、
美少年っていうほどではないが、端整な顔立ちをしているので、
初対面な相手でも好意的な対応がされそうだ。
派遣していたヌルウがどういう対応したのかわからんが、オレの許可なくいきなり連れてきた以上、
敵対的な形ではなく、好意的な形での接触なのだろう。
少年は会ったころのリムちゃんのように貫頭衣と、この実の首飾りをしている。
しばらく前にリーアから聞いた話ではヤトにおいて装飾品――首飾りなどをつけているのが
村々の村長など頭の一族とくに村長と巫女、巫女候補の証らしい。
したがって我がルルアの夫婦に贈った指輪などは、ヤト的に本来よくないらしいが……
まぁ気にしないことにしている。
他の村の人のまえで気をつければいいやって感じで。
そういうわけで、フロの村長に応対しているオレも、砂鉄といっしょにごくわずかではあったが
採取された砂金をつかった大きな首飾りをしている。……少々重いので外したいが。
リーアとリムちゃんも砂金をつかった小さい控えめな首飾りをつけている。
それはともかく。
そのフロの村長フォルセくんに従っている、腰の低い子男はバリという名前だそうだ。
妙に存在感がうすい男だが。
フォルセくんが我がルルアを見て内心どうあれ、村長として交渉のため落ち着いているのに比べ、
バリの方はもろに驚愕と戸惑い、それからおそらくルルアに対する恐れ? がはっきり見て取れる。
どんな用事なのかはわからんが……これではオレらにのまれてしまうだけではないか。
交渉には連れてこない方がよかったんでは? と思ってしまう。
――いや、フォルセくんが年齢不相応なほどに……
いやいや、それどころかヤトの他の村からもみても……
時代に…文明からみてもそぐわないほどに、かなりしっかりしているだけかもしれん。
つまりは、子供だからってなめてかかると痛い目に遭いそうだってことだ。
【side フォルセ】
……ここはいったいどこなんです?
ヌルウさんに案内されて訪れたルルアは、我が村とも途中通ったヤオの村とも全然違っていました。
自分が本当にヤトの部族の村にいるのか、怪しくなってきました。
気のせいか、村の中の匂いすらも他の村と違う気がします。
……先導するヌルウさんには特に不自然さがないので、正真正銘ヤト族の村なんでしょうが……
自分が場違いなところにいるような気になってきます……
付いてきたバリも村人の視線に、なんだか居心地がわるくかんじるみたいです。
ルルアは他のヤトの集落とちがい、ビワ湖の周りでもラドク川の川沿いでもないから、
多少は違うかもって思ってたけど、ここまで違うとは想像もしていなかったです。
四方が森に囲まれているので、魔獣が襲ってきても対処できるように、柵で囲んでいるのかな?
ぐらいは予想していましたけど、同じ形の奇妙な白っぽい石で積み立てられた頑丈そうな柵でした。
こんな石みたことがありませんし、それにほとんど同じ形をしています。
削ったのでしょうが、こんなにたくさんいったいどれくらい時間がかかったのでしょう?
その頑丈で厚い柵を越え村に入っても驚きの連続でした。
まず村人の着ている服が違います。
ヌルウさんは僕たちと同じような服を着ていますが、疑問に思ってヌルウさんに話しを聞くと
他の村の人を驚かせないように、他の村に行くときだけ着替えているそうです。
? よく理由がわかりません。
ルルアの村人の服はとてもキレイでした。村長である僕の服よりずっと。
村人からの視線には気のせいか、粗末な服を着ていいる僕に対して憐れみが感じる気がします……
次に驚いたのは村の家々です。
藁がいっさい使われていません。すごく頑丈そうです。下に隙間がある高い家です。
こんな家だから。この間の大風と大雨にも平気だったんでしょうね……
僕たちの村の家がこうでしたらあんなことにはならなかったかもしれないのに。
…………
村長であった、にい様が貴人の支配から抜けるためこっそり村を移転して森奥に新たな村を作ろうと
男衆を引き連れて森に向かっていた時に大雨が起こったのです。
結果、フロの村で氾濫する湖に――強い風に対処する人員がいなく被害が酷くなりました。
小さな子たちや、村にわずかに残っていた男衆も無理をして死んでしまいました。
おまけに、にい様たちもがけ崩れに巻き込まれ、男衆はバリともう1人を除いて死亡。
120人いたフロの村は今では女子供ばかりが60人ほどに。
もう、どうやっても僕たちだけでは生きていけなくなりました。
だからといって他の村に普通には頼れません。援助してくれないでしょう。
にい様たちが考案していた内容では、貴人たちからの追及で他の村に大きな迷惑がかかる可能性
がひじょうに高いものでした。
年貢は十数年前まではヤト全体でどれだけ納めよ――という内容だったこともあり、
僕たちの村が出奔して、納めれなくなれば、翌年から他の村の年貢が多くなるハズなのです。
十数年前――ツルの街の貴人長官が変わったため村々別々で納めることになりましたが――
それでも他の村に影響が出るでしょう。
またあるいは貴人から徴収軍が他の村になにかしでかすかもしれません。
ゆえに、僕たちフロの村人はヤトからの決別しようと考えていたからです。
それが知れたら――いえすぐ知られるでしょうが――自業自得と言われるに違いありません。
年々厳しくなっていく貴人への年貢に――にい様が集めた貴人の情報――周辺状況――
それらを考えて貴人から逃れないと遠からず潰されるので、
にい様たちはヤトの他の村々に迷惑がかかろうとも、そうせざるを得ませんでしたのですが。
これからのことを考え、残った村人たちと絶望して――急遽、僕が村長をすることになったフロの村に
ヌルウさんが訪れたのは10日程前のことでした。
他の村がどうなったか気になって見に来たという、ルルアのヌルウさんのなんだか柔和そうな雰囲気
に破れかぶれになってどうしてこうなったかと全て打ち明けてしまったのです。
普通なら話すべきことではなかったのでしょうが――ヌルウさんは自業自得とも言わないで――
『貴人から逃れないと遠からず潰される』との考えに深く頷くと、
にい様が集めた貴人情報や周辺情報と引き換えなどでルルアの支援が受けられるでしょう
と言ってくれました。
なんでも去年の秋にルルアに神様の国から賢者様がご降臨され、
ルルアの村長をされているそうです。まだ他の村には内緒にしているらしいですが。
……そんな思いもよらなかったことを言いました。
うさんくさそうだ、との考えが僕の顔に出てしまっていたのでしょう。ヌルウさんは強い口調で、
「あの方は、我らヤトの神の使いに間違いありません!」
とおっしゃって、その証拠にそのお方のおかげでルルアがとても発展しただけでなく、
村人たちにご加護を与えて強い力を下さったそうです。
……正直言って信じがたいことですが、他に頼るものもありえませんのでヌルウさんに連れられて
ここに来たわけです。
そうしてルルアにきて、神の使い『賢者』ライブラ殿にお会いしたのですが――
ヌルウさんの言うとおりホントに神の使いなのかもしれない――と思わされます。
ルルアの他の村々とまったく違う様子から、これを成したという村長に畏怖を抱いてはいましたが、
僕らやルルアの民と同じ特徴を持ちながら、誰よりも背が高く端整な顔立ち、
そして見たこともない神々しい服――なるほどと思いました。
ですが僕もフロの村長として、みんなを背負ってきているのです。
たとえ神様であろうとルルアの村長としているライブラ殿と僕はある意味同格なはずです。
この方の御威光に、思わず地に伏せ頭を下げたくなるのをぐっと抑えて――
フロのみんなのために、僕たちに負担がない、いい援助を求めないといけません。
【side ライブラ】
さてフォルセくんとの会談がはじまったが――最初にフロの現状を聞いたところですぐリーアが同情。
先代フロ村長の考案内容にヌルウが深く深く頷き、「我がルルアにも一考の余地があります」
と納得。
そうヌルウがいえば聞いていたタスケもチロさんもなるほどと頷く。
後で思い返してみたら客観的に言えば今回のフロの被害も自業自得じゃ? って思うはずなんだが
なんだかオレもこの少年を助けなきゃって思って――
「……にい様たちもヤトから離れたいわけではありませんでしたッ。
ただ、僕たちの村はヤトのなかでも特に小さい村でしたので、族長に提案したらしいですが……
何を言おうとも族長や他の村長から無視されてきたのですっ!
でも、にい様はフロのみんなの将来のためにっ、生まれる子供たちのために……
そうするしかなかったんですっ。
ぐ……でも、僕たちだけ貴人から助かろうとしたのがいけなかったのでしょうか。
にい様もみんな天からの罰で死んでしまいました。残っているのは女子供ばかり……
男衆もこのバリともうひとりだけにっ……」
涙をこらえて冷静になろうと、それでも隠しきれない感情を迸って、強く拳を握りふるわせ話す、
そして歯を食いしばって苦悶しながらも耐える少年――
そんなフォルセくんに皆飲み込まれていくようであった。
オレも当初考えてた考えも吹っ飛んで、この健気に頑張る少年をなんだか全力で応援したくなった。
「そうか……よし、わかった。
おそらくだが、このままならルルアの今年の生産は去年の数倍規模になるであろうから、
フロに援助もできるしな。今年のフロの年貢の分はこちらでもとう」
「あ、ありがとうございます!」
「うむ。後で必要な年貢の量を教えてくれ。……あれ? まてよ……」
「な、なにか?」
「……うーむ。来年以降はどうするつもりなのだ? フロには働き手がいないんだろ?」
「あ、そ、それは……すみません。今年の年貢のことしか考えてなかったです……」
言われて気づいたのか蒼白になるフォルセくん。
聡明そうでもまだまだ子供か。いや、今気づく俺もアレだが。
「そちらの巫女は……?」
「……いません。再来年になれば一人」
「そうか。でも巫女だよりでもまずいし犠牲を許容するのもな……
年貢以外でも普段の生活上も大人の男がいないのは問題あるか」
うーむ。どうしたものか。
「賢者様。フロの住民をすべて我がルルアに受け入れてはどうでしょう?
年貢もまとめてしまえば――と」
ヌルウがおそるおそる提案。どうやら初めからそう言う考えであったらしい。
「っ! それはっ……」
フロの消滅を意味する発言にフォルセくんはおもわず立ち上がろうとするが――
途中で力を失うようにペタンと腰を落とす。
「それしか、それしか、やはりないのでしょうか」
泣きそうになりながら小さくつぶやく。
……うーーむ。
受け入れるのは問題ないが――
他のヤトの集落にルルアの現状やオレの事がばれることになるなあ……
もう少し、せめて一年。時間が余裕が欲しかったが――
精霊信仰もオレを知らない他の村には受け入れにくいであろうし、
せめてルルアで十分認知されてからなら、他の村にも広まりやすいと思っているんだが。
農作物の生産高向上も、このままならおそらく大丈夫であろうが、まだ途中であるし。
せめてリーアの子が生まれ、俺の立場がよりはっきりするまでは――
リーアが巫女の資格を失って、また村長がいなく本来廃村であったハズという弱みがあるし。
より強い立場でヤトの族長などに話し合える状態であればなぁ。
とりあえず今でも、バレたとしても廃村にはならないと思うが――
「うん? アレ? そういえば、リーア? 廃村になってた場合、年貢とかどうなってたんだ?」
貴人どもに「廃村になりました、年貢はだせません」とでも言うのか?
「え? えーーと。……そういえばどうなんでしょう? 聞いたことなかったですけど……」
「……おそらくは、翌年からヤトの他の村の年貢が増えることになるかと思います」
リーアのかわりにフォルセくんが答えた。
「んーー?
今のフロの村みたいに人口が減っても、ヤト全体から集まる年貢の量が変わらないってことか?」
「ええ。そのはずです。兄から聞いた話では元々ヤト全体でどれだけって年貢だったらしいんです。
十年以上前にツルの街の領主が変わったときに今のようになったらしいです。
幸いなことにその後、ヤトの集落で廃村になったところはないようですけど」
「ほう? 今の状況を見るとそうは見えんが、じゃあ近年はかなり厳しくなってきたということか?」
「ええ。年貢の量自体増えたのもありますが、どの村も巫女が少なくなってきたせいもありますね」
ふむ。どうやらフォルセくんは結構このあたり詳しいようだな。
「それなら……例えば一つの村で年貢がまったく出せない場合、年貢ゼロ、巫女一人で済むのか?」
「? え、ええ」
「じゃあ、ヤトで廃村と統合を繰り返して一つの村になったら、年貢ゼロ巫女一人でいいのか?」
「え"っ! そ、それは……昔ヤトでまとめて年貢を出してた時はそうだったらしいですが――
今と昔では年貢の量自体違いますし……それをさせないが為の分割だったのかもしれませんし、
はっきりわからないですね。
……でも多分だめなんじゃないんでしょうか……そこまで貴人はバカではないと思いますから」
まぁ、そうだわな。
だけどちゃんとしたルールは決まってないってことかもしれんなあ。
あ、そーなると。
「それと巫女だけど、処女かどうかはともかく。村長の娘かどうかまで確認するのか? 貴人が」
「あ……そ、そういえば……」
「っ!」
オレの発言に意外だったのかリーア、フォルセくん、ヌルウたちも気づかなかったっ! って顔をしている。
「で、っでも貴人たちは巫女をよこせって……」
ヌルウがどもりながら言うが。
「確認するわけじゃないんだろ? たしか元々巫女ってのは湖の神とやらの生贄らしいけどさ」
「はぁ……そちらは一族会議ですので、巫女が村長の娘かどうかは確認されると思いますが。
でもそうですね。
言われてみれば……確かに、年貢がわりの巫女は確認されませんから
村長の娘でなくてもいいかもしれません」
目からウロコって感じのフォルセくん。
うーーん。前から思ってたが、どうもヤトの民ってのは純朴だなあ。
ルールの穴を突くってことや、裏を見るってことがほとんどないし。
ヤト以外他の部族もそうなのかな?
いやいや、ありえんな。もしかしたら年貢に関して別のルールがあるのかもしれない。
うーーん。
でも村長の娘かどうかなんて判断しようがないし。
貴人どもにしたって辺鄙な村の村長の娘かどうかなんて気にしないだろうし、案外いいのかもしれん。
まあいい。今まで出来てたことなら、これで最悪、年貢がわりはどうにでもなるか。
……もっとも、変態貴人どもに女の子を生贄にするのなんて絶対いやだがね。
「まぁ、そのあたりはとりあえずルルアには関係なさそうだから好しとしておくか。
あ、ヌルウ。他の村で年貢が危険そうなところがあれば今の話、こっそり村長に話してもいいから」
「あ、はい。わかりました。恐らくキギの村などでは感謝するでしょう」
今まで貴人が滅ぼした村がヤト内になく、どこかの村で払えず滅ぼされたりされたら
今と状況が変わる可能性が高いからな。
変に貴人どもに探られやすくしないほうがいいだろうな。
となると、フロの村を吸収したとしても貴人たちにはフロが無くなったと教えない方がいいかもしれん。
「む、ま。それは置いておこう。
フォルセくん。ルルアの方では受け入れるのはやぶさかではないが。どうする?」
「それは、……一度村に帰って考えてみます。」
「うむ。我がルルアでもそちら程でもないが水害の被害はまだ残っているしな。
住む場所程度ならともかく、食料も秋までは厳しいだろう。狩りでとれた肉はあるが。
確か60人ぐらいだったか? 一度に受け入れるのはすぐにはできそうもないしな。
まぁ今年の年貢の方はどちらにせよ、心配いらんからじっくり考えるといい」
「はい。ありがとうございます」
おおよそ10か月ぶりの新話アップです……
お待たせいたしました。
次話はもう少し早くアップする予定です。




